第12話 事件です(2)

 壮介がクローゼットの上の棚からホットプレートの箱をだした。先にビールを飲みはじめる。ホットプレートにのせたラードが溶けだして、主役が登場した。

「すごい。テレビで見るような肉だ」

 あずみのテンションがあがっている。

「はい、臨時収入があったので、奮発しました」

「それって、例のオブジェの。よかったの?とっておけばよかったのに」

「大丈夫ですよ。肉買ったくらいじゃ使い切りません」

「え?なになに?」

「相内さんが作ったオブジェ、水族館に売ったんだ。その金で肉を提供してくれたんだよ」

「すごい。学生なのに、もうプロのアーティストだ」

「そんな、ぜんぜんまだまだです。久保田さんがお世話してくれたおかげです」

「いや、実力だよ」

「じゃ、遠慮なく」

 あずみがホットプレートに手際よく肉をのせる。

「遅ればせながら、沙莉ちゃんの前途を祝して乾杯だね」

 あらためて乾杯した。ホットプレートの肉は見る間に色が変わって、あずみが手早くひっくり返す。

「はい、いま。食べて食べて」

 あずみの指示で、それぞれ肉をつまみあげてタレにつけ、口にいれる。歯触り、肉の甘み、こんなにうまい肉は食べたことがないと壮介は思った。相内さんもあずみも声がでないほど感激している。

「すごいね。おいしい」

「はい」

「野菜も用意するか」

 キッチンに立ってもやしを炒めた。皿にあけてテーブルにもどる。もやしをつまんで、タレにつけて食べる。シャキシャキして、たれの味がしてうまい。

「壮介くん、先肉食べなよ」

「そうですよ。なくなりますよ」

「えっ、とっといてくれないの?」

「なに甘えたこと言ってんの。わたしたち壮介くんの母親じゃないんだからね」

「妹だろ」

「兄と妹は、食べ物をとりあうライバルでしょう」

「くそっ、食ってやる」

 そういいながら、肉を食べると野菜が欲しくなる。これは、年齢によるものだろうか。ビールだけでご飯がないと寂しい。壮介は、ご飯をよそって食べた。肉をたいらげたあとは、コーヒーと紅茶をいれた。冷凍庫に常備されているアイスも振る舞った。

「いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」

 焼肉のあとのアイスは、口の中がさっぱりしてよい。コーヒーともよくあうと思う。

「相内さんは、なにか用があったんじゃないですか?」

「用がなくちゃきちゃいけないの?」

「なんで、あずみが答えるんだよ」

「女の子代表として」

「相内さんは、いつでもきていいことになってるんだよ。でも、用があるかもしれないから聞いたんだ」

「ちょっと、ショックなことがあって。顔が見たくなったというか、声が聞きたくなったというか」

「恋する乙女だね」

「ちゃかすな。ショックなことって、おれたちに話せること?」

 相内さんがうなづく。

「ガッコウの先輩が亡くなったんです」

「それは、知ってる先輩?」

「最近知り合ったというか、弟子というか」

「弟子?相内さん弟子いたんですか?」

「絵画科の院生で、ちょっと有名な先輩なんです。いろんなところに顔をだして作品をみて批評したりして。あ、でも、本人の実力がすごいので、けなされても誰も反論できないんです。それで、わたしのところにきてペンギンのオブジェをほめてくれて。自分も金属彫刻やってみたいから教えてほしいっていわれたんです。先生に頼んでほしいって言ったんですけど。先生のことあまり評価してなくて、わたしに教えろって言って。弟子っていうのは、先輩が勝手にそう言っただけなんですけど」

「ふーん、そういうことか。それは、ショックだね」

「それだけじゃなくて。別の知らない先輩が一緒に亡くなってて」

「え?それってどこの話?」

「ガッコウのアトリエ。同じ場所です」

「ふたり一緒ってことは、病気とかじゃなくて、事件事故で亡くなったってことですね。心中?」

「病気じゃないです。心中、じゃないと思います。ふたりとも男です。久保田さん、テレビも新聞も見ないようだし、知らないと思いますけど、けっこう話題になってます。密室だったって」

「密室?」

 あずみも知らなかったらしい。壮介が帰宅するかなりまえに旅行の準備をして前橋から出てきたのだろうから、無理もない。

「いつのことなの?」

「今朝、ふたりが亡くなっているのが発見されて、テレビのワイドショーでは夕方くらいから取り上げてたみたいです」

「密室って、どんな?」

 あずみは不謹慎にもその手のものが好きなのだ。

「ううん、ちょっとまって。まずは殺人事件なの?」

「まだ、はっきりわからなくて。警察は両面から捜査って、テレビで言ってました。ガッコウでは、いろんな噂があって、呪いとか」

「密室殺人?呪い?すごい!」

 あずみがますます目を輝かせる。

「さらにショックだね。今日泊ってくでしょ?」

「はい。あ、でも」

「えぇ?なに今のやりとり。もしかして沙莉ちゃん、よくここ泊りにくるの?」

「はい。もう二回かな」

 あずみが壮介を睨む。なにか口が動いているけど、罵りの言葉しか想像できないから、壮介は見なかったことにする。

「わたしと沙莉ちゃんでベッドに寝ましょう」

「いいんですか?一緒で」

「ちょっと狭いけどね。一人で部屋で寝るより安心できるでしょ?」

「えっと、ちょっと待って。知り合いの人が死んで、殺人事件かもしれなくて、事故かもしれないって言ってるってことは、もちろん犯人捕まってないんだよね」

「当たり前」

 相内さんも、うんうんとうなづいている。

「いま夏休みで、相内さんは大学に行かなくていいんだよね。近づかないで。大学に」

「は、はあ」

「はあ、じゃなくて。絶対に大学の敷地にはいらないこと。できれば太田にいないほうがいい。実家は?実家に帰りなよ」

「沙莉ちゃん、実家どこ?」

「高崎です」

「ああ、高崎!」

 あずみが、意味ありげに壮介を見る。

「その目やめろ」

「ここにいればいいんじゃない?」

 なんて恐ろしいことをのたまうんだ。壮介は、苦虫をよく咀嚼した。

「でも」

「そうだ。おれは仕事で昼間いないんだ」

「太田なら十分遠いから、心配しなくても大丈夫」

「迷惑かけられません」

 しおらしいことを言っているけど、本心でないことを壮介はお見通しだ。

「迷惑なの?」

 あずみに向かって、壮介は口をパクパクするしかなかった。言葉がない。あずみを味方につけるとは、こしゃくなと思ったけど、対抗策を持ち合わせなかった。仕方ない、合鍵をもってきて相内さんに渡した。

「明日昼間のうちに、必要なものをとってきてください。重たいもの、大きいものがあれば、水曜にでも一緒に行きます」

 相内さんが無言で見上げてくる。

「鍵は、しばらく預けます。合鍵は作らないこと」

「よかったね、沙莉ちゃん。さっそく合鍵ゲットだ。これからもよろしくね」

「はい、あずみさん。こちらこそです」

「あー。わたし、旅行やめて仕事にもどろうかな」

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