第9話 オブジェ制作中!(2)

 翌日は、休みなのに朝から水族館に出かけた。課長に依頼して、施設担当課の課長に電話で話を通してもらうためだ。アクリル業者のオフィスが太田にあると言うから、電車に乗って移動した。

 オフィスでは、物腰のやわらかな営業の人が対応にでてきた。

「国立水族館の久保田です。電話でお話いってると思うんですが、相談にのってほしい件がありまして。こちら、芸大生の相内さんです」

「お世話になります」

「はい。営業部の坂本です。名刺をどうぞ」

 壮介と相内さんは、名刺を受け取った。

「わたし、彫刻科の二年生なんですけど、課題でアクリルを使いたいんです」

「はい、美大生の方のお手伝いをした実績もあります。大丈夫ですよ」

 美大といったということは、芸大は初めてなんだろう。芸大ではアクリルを使った実技があると、相内さんはいっていた。芸大生は原料をまぜて樹脂を硬化させるところからやってしまうのかもしれない。なんでも作るらしいし。

「えっと、かなり大きいので、水槽みたいに厚い板を張り合わせないといけないと思うんです」

「強度は必要ですか?力はかかりますか」

「アクリルのでっかいオブジェで、自立させて、上に金属のこのくらいの高さの人形を置くんですけど」

「じゃあ、溶剤接着で大丈夫ですね」

「水槽なんかの強度が必要なやつだと違う方法になるんですか?」

 渡されたパンフレットをめくる。

「はい、アクリル板の隙間のところでアクリルを作る感じで接着します」

「ああ、なるほど。細かいことは、データとかやりとりするんでしょ?」

「はい、キャドデータをいただければ、そのように作成します」

「じゃ、そのへんはあとでやり取りしてもらって、単価的にはどんな感じですか」

「このパンフレットにあります。これで幅と高さをかけて一枚のアクリル板の値段になって、あと工賃と接着剤の実費です」

「水族館の紹介とかで安くならないですか」

「お安くしますよ」

「助かります。学生なんでね、勉強にお金かかると。せっかく学費無料になったのにね」

「そうですね。完成したら、写真を事例として使わせてもらうということで、二割引きでどうでしょう。まだ正確な数字は出ないかもしれませんが」

「ありがとうございます」

「ま、お金かかるからさ、よく考えて決めたらいいんじゃないですか。まずは、坂本さんに頼めば作ってもらえるし、写真使ってよければ安くしてもらえるってことで」

「はい、キャドデータ作って、金額を出して考えます」

「よろしくお願いします」

 坂本さんの営業スマイルがまぶしかった。

 資料をもらい、安くしてもらえるように依頼した。壮介の仕事は終わりだ。アクリル業者のオフィスを出る。

「相談にのっていただいて、ありがとうございました」

「よかったですね、目的のものが作れそうで」

「はい。このあとどうします?」

「せっかく雨の中でてきたんだから、昼メシ食って帰るかな」

「なにがいいですか」

「あ、ラーメンは?」

「はい。ラーメンにしましょう。いいお店があるんですか」

 駅前の通りを一本奥にはいったところにある店に相内さんを案内した。ピリカという店だ。昼休みの時間を過ぎているから店内にあまり客はいなかった。テーブル席に向かい合ってすわる。

「実家の近くに支店があってね、子供のころから好きなんですよね、ここのラーメン。あと餃子も。餃子はこの店のが一番うまいと思ってるくらい」

「それは楽しみです。おすすめはあるんですか」

「おれは、いつもピリカラーメンに餃子」

「わたしもそれにします」

「昨日も餃子食べましたね」

「食べたいからいいです」

 注文して待つあいだ、相内さんは店内に貼られたメニューをキョロキョロ見まわしている。

「味噌が自慢のお店だから、味噌味がうまいと思います。たしか醤油ラーメンもあるんだけど、頼んだことないんです」

「そうなんですね。お店の名前は、アイヌ語とかだったりするんですかね」

「きっとそうですね、知らないけど」

「子供のころから知ってるのに、気にしたことないんですか」

「お店の名前に興味がなかったのかな。相内さんは気になる?いま調べてもいいですよ」

「じゃあ、ちょっと調べてみます」

 バッグからケータイを取り出して操作する。すぐに壮介の方に画面を見せた。壮介も首を傾けながら顔を近づけて画面を見る。

「えーと、あ、やっぱりアイヌ語だ。グッドみたいな意味かな」

「みたいですね」

 ちょうど餃子が届いた。すぐにラーメンもきた。相内さんが割り箸をとって壮介にわたす。

「ありがと。餃子熱いから気をつけて。一口目で口の中やけどして味わからなくなるから」

「はい。あ、あふっ」

「言ってるそばから」

 餃子に当てた歯をそのまま離した。熱くて噛みきれなかったのだ。噛みきっていたら大惨事だった。箸でつかんでいる餃子に歯のあとが残っている。相内さんは小皿に餃子をのせた。ラーメンを食べているあいだに冷ます作戦らしい。

 壮介はラーメンをほぐして、箸でつまみあげ、ふーふーとよく冷ましてから麺をすすった。麺がのびないうちにどんどん食べる。相内さんも黙ってラーメンを食べている。

「うーん、うまい。久しぶりに食った」

「たしかに、スープがいいですね。餃子もおいしい」

「ニンニクたっぷりですけどね」

「今日はガッコいくのやめます」

 手のひらに向かって息を吐きかけて匂いを確認している。

「明日から本当に課題に取り組めますね」

「まえからやってますよー」

「完成したら見せてくれる約束、覚えてますか」

「もちろん。ぼちぼちやってきたので、大丈夫です。たぶん」

「たぶん?締め切りには間に合わせると豪語してたのに」

「締め切りには間に合いますよ。アクリルの加工ははじめてなので、ちょっと不安はありますけど」

「今日の坂本さんに聞いたら、いろいろ教えてくれるでしょ。使える人使っていいもの作ってください。おれみたいに」

「なんか、わたしが久保田さん利用してるみたいに言ってます?」

「いいんですよ、利用して」

「そんなつもりじゃありません」

 そっぽ向いてしまった。

「また何かあればうちにきていいですよ」

「いつでもじゃないんですか」

「えっと、まあ、いつでもです」

「ふん、断られてもいきますけど。おしかけますけど」

「そうですか」

 会計は、社会人の壮介がもった。昨日は麻婆豆腐を作ってもらったし、当たり前だ。まだ昼過ぎだったから相内さんを送る必要もなく、じゃあこれでと言ってラーメン屋の前でわかれた。梅雨でも毎日蒸し暑かったのが、今日は涼しい。ラーメンで熱くなった体を冷ますのに、ちょうどいい。

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