第2話 ペンギン担当の一日(2)

 飼育員室に案内して、自分の席にすわってもらった。横からパソコンを操作する。女の子の顔が近いことを意識してしまって、緊張せずにいられない。パソコン内のディレクトリを選択して、動画の再生がはじまる。ペンスケに泳ぐ練習をさせているときに撮影したものだ。

 プレイリストのファイルを送ってゆく。はじめは水に入りたがらないペンスケを壮介が追い込んで、無理に水にはいるように仕向けている。しばらくすると水に慣れてきて、水上にぷかぷか浮かぶペンスケが映し出される。壮介がドライスーツを着て一緒に潜るようになると、観覧スペースからの撮影になった。この頃になると、三脚撮影から別のスタッフに頼んで手持ち撮影してもらうようになった。

 エンペラーペンギンは水深五百メートル以上も潜水する能力があると考えられている。潜水するときの特徴は息を吐いてから潜るということだ。人間は息をめいっぱい吸ってから潜水して水中で少しづつ息を吐く。空気のはいった体が浮き上がろうとするのに抵抗して潜るから、潜るときに体力を使う。対してペンギンは肺の空気を抜いて潜るから、何もせずとも体が沈んでゆく。逆に水面に浮き上がるときには、フリッパーを使って泳ぐ。水平方向に泳ぐときもフリッパーを使う。

 五百メートルはとても無理だけど、観覧スペースは真下にもあり水槽は二階分をぶち抜いてある。海の中を泳ぐペンギンを観ることもできる。

 壮介は、パソコンの操作を女の子に任せて、となりのデスクを借りて最新の論文をチェックすることにした。女の子は、動画を停止してはスケッチしている。スケッチしたい絵はいっぱいあるようだ。

 論文のチェックが終わり、そろそろほかの仕事を始めなければならない時間だ。

「あの、そろそろ、今日のところは終わりにしてもらっていいですか」

「あ、すみません。つい熱中してしまって。ありがとうございました」

「これは、コピーして渡すとかできないんです。必要があれば、またきてください。年間パスもってますよね。わたくし、久保田といいます。水族館のスタッフに久保田をだせといってもらえればいいんで」

「久保田さんですね、ありがとうございます。そうします。わたし、芸大二年の相内沙莉です。ぜひ、またよろしくお願いします」

 やっぱり、印象的な目に注目してしまう。化粧はしていないことがわかった。壮介は、女の子、相内さんを飼育員室から送り出して、自分の仕事にもどった。また話ができるときが楽しみになった。

 芸大というのは、グンマ独立後に太田にできた国立の芸術大学のことだ。太田は、館林から電車で三十分くらい行った内陸にある。東京にあった日本の芸大は、海に没してしまった。

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