うどんの時間(男性口調バージョン)
*登場人物
*注意事項
性別変更や方言の使用による言い回しの変更はOKとしますが、それ以外の改変は禁止します
*以下、本文(縦表示を推奨します)
SE:ひとしきりの雨音、玄関のドアの開閉音
寿「ただいま」
笹生「(部屋の奥から呼びかけて)おかえりー。(部屋の奥からでてきて)お、ずいぶん濡れたな。折り畳み傘、持って行かなかったのか?」
寿「うん」
笹生「タオルで道作るから、その上を歩いて風呂場に行ってシャワー浴びろ。風邪引くぞ」
SE:シャワールームに入る音、長めにシャワーの音、シャワールームを出る音
寿「あれ……(離れたところへ呼びかけて)笹生さん、私/僕のパジャマは?」
笹生「(離れたところから呼びかけて)あ、パジャマはやめとけ。そこに着替え、出してやってるだろ」
寿「……(離れたところへ呼びかけて)笹生さん、この割烹着も着るの?」
笹生「(離れたところから呼びかけて)おう。それ着てキッチンに来い」
SE:ガサゴソ着替える音、室内を歩く音
寿「え、何これ……」
笹生「うどんを打つ準備」
寿「うどんって、家で作れるの?」
笹生「プロほどじゃないけどほどほどのはできるぞ。さあ、お前も一緒にやるんだ」
寿「普通、麵は買ってくるんじゃないの?」
笹生「麺から作ると楽しいぞ? ほらこれ見てみろ、このパスタメーカー、いいだろ。のばしとカットはこれを使うと楽なんだ。ちょっと細めになるけどな」
寿「……初めて見た……」
笹生「昔、衝動買いしたやつなんだ。でもこれ、中華麺もラザニアもうどんもできるんだ。いい買いもんだったよ」
寿「ふーん……うどんの麺って、すぐできるの?」
笹生「二時間くらいだな。そしたら晩飯にちょうどいいだろ?」
寿「そんなにかかるんだ……」
笹生「時間はかかるけど、忘れたいことがあるときは、うどんを打つのにぴったりだぞ」
寿「忘れたいことがあるの?」
笹生「大人にはいつも五つや六つは忘れたいことがあるもんだ。子どもにも一つや二つはあるだろ」
寿「あるけど……」
笹生「とにかく、やってみたらわかる」
寿「宿題の後じゃダメ?」
笹生「そんなの、生地を寝かしてる間でいいって。さあやるぞ」
SE:水を少量ずつ粉の上に注ぐ音の後、テーブルが軋む音を規則的に入れて
寿「これでいいの?」
笹生「そうそう、その調子」
寿「(ひとしきり捏ねている感じに間を置き、ちょっと疲れた風に)……結構……力がいるんだね」
笹生「だから嫌なこと忘れられるんだ。うん、なかなかうまい。……んー、そろそろ踏みに入るか。子どもの力だと踏んだほうが早い」
寿「え? 踏むの? 食べものなのに?」
笹生「直には踏まないぞ? ちゃんとビニール袋に二重に入れるし。それから寝かして、また少しこねて寝かして、のばして、切って茹でて完成だ」
寿「うどんって大変なんだね」
笹生「手を抜けば三十分くらいでもできるんだが、ゆっくり寝かしたほうがうまいんだ。プロはもっともっと時間かけてるぞ」
SE:雨音+何か適当なBGMを入れて時間経過を表現
笹生「さあ、やっとできた。食うぞ」
寿「うん」
SE:食卓の椅子をごとごとやって座る音
笹生「天ぷらも揚げたから、好きなの食え」
寿「うん、いただきます」
笹生「(前の台詞に不揃いに被せて)いただきます」
SE:うどんを啜る音
笹生「どうだ? うまいだろ?」
寿「おいしい! もちもちする!」
笹生「だろう?」
SE:しばらく二人でうどんを啜る音。片方の音が止まり、もう片方も止まる
笹生「どうした? もう食わないのか?」
寿「ううん……(迷いながら)あの、笹生さん」
笹生「……何だ?」
寿「(おずおずと)……酔った勢いで私/僕を引き取って、本当によかったの? 忘れたいことって、私/僕に関係してるんじゃないの?」
笹生「違う。今日、納品先からクレームが入って胸糞悪かったんだ。寿のことじゃない」
寿「でも……私/僕、こんなによくしてもらっていいのかって感じで……服も買ってくれるし、ちゃんとご飯食べさせてくれるし、勉強も見てくれるし」
笹生「子ども引き取るって決めたら当然のことだろ?」
寿「でもみんな、そんなことしてくれなかった。父さんも母さんも、親類も、みんな」
笹生「寿の父ちゃん母ちゃんの一周忌の席でその話を聞いたから、俺、つい親類みんなの前で『引き取る』って
寿「酔っぱらって適当に言ってたみたいだったし、後悔してるんじゃないかって……」
笹生「いくら酔ってても、後悔するようなことは言わないぞ? ああ、あいつらの顔、今思い出してもぶん殴りたくなるな」
寿「親類みんな笹生さんのこと悪く言ってたけど、私/僕、笹生さんが一番優しくて、一番いい人だと思う」
笹生「あいつらと比べれば誰だって聖人だ。でも、正直に言うと俺もそこまでいい人じゃないぞ」
寿「え?」
笹生「児童手当とか、市の里親支援金とかもらってるしな。それにどう言ったらいいかわからんけど、俺もろくな子ども時代送ってないんで、寿にいい環境を提供できたら、なんとなく俺も救われる気がするんだ。結局自分のためって感じだよな」
寿「でも、一緒に暮らそうって言ってくれたのは笹生さんだけだった。小さい時からずっと怒られたり叩かれたりしない日ってなかったから、本当に夢みたいで……朝起きたら、夢だったんじゃないかって心配になるんだ」
笹生「(心配そうに)カウンセリングに行ってみるか?」
寿「ううん、いい」
笹生「(間をおいて)まあとにかく、お前はびくびくしなくていいぞ。俺、寿を引き取ってよかったと思ってるんだ。いい友達ができてよかった」
寿「友達?」
笹生「年の離れた友達っていいもんだぞ? いろんな枠を取っ払ったら、最後は友達っていう関係に行き着くもんじゃないか?」
寿「でも……友達っていう感じじゃ……」
笹生「横並び社会のスクールガール/ボーイにはイメージしにくいか。友達が難しかったら、そうだな……兄貴と舎弟って感じでどうだ?」
寿「それならちょっとわかる気がする」
笹生「(間をおいてから、優しく)俺たち、ほどほどにやっていこうな。なんでもほどほどが一番いいんだ」
寿「うん」
笹生「じゃあ、もっと食え。麺がのびるぞ」
寿「うん!」
SE:うどんを啜る音を緩やかにフェイドアウトし、雨音のフェイドインを被せて、五秒ほど雨音だけにする
――終劇。
うどんの時間【フリー台本】 江山菰 @ladyfrankincense
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