うどんの時間【フリー台本】

江山菰

うどんの時間

*登場人物


寿ひさ:小学生、男女OK。素直だが翳のある、感情の出にくい話し方。女子に限り「すず」と読むのも可。


笹生ささお:若干変わり者の30歳前後の女性、あるいは女性言葉を使う男性。男性言葉に変更して男性が演じてもOK。


*注意事項

 性別変更や方言の使用による言い回しの変更はOKとしますが、それ以外の改変は禁止します


*以下、本文(縦表示を推奨します)


 SE:ひとしきりの雨音、玄関のドアの開閉音


寿「ただいま」


笹生「(部屋の奥から呼びかけて)おかえりー。(部屋の奥からでてきて)あら、ずぶ濡れね。折り畳み傘、持って行かなかったの?」


寿「うん」


笹生「タオルで道作るから、その上を歩いて風呂場に行ってシャワー浴びなさい。風邪引くわ」


 SE:シャワールームに入る音、長めにシャワーの音、シャワールームを出る音


寿「あれ……(離れたところへ呼びかけて)笹生さん、私/僕のパジャマは?」


笹生「(離れたところから呼びかけて)あ、パジャマはだめよ。そこに着替え、出してあげてるでしょ」


寿「……(離れたところへ呼びかけて)笹生さん、この割烹着も着るの?」


笹生「(離れたところから呼びかけて)そうよ。それ着てキッチンに来なさい」


 SE:ガサゴソ着替える音、室内を歩く音


寿「え、何これ……」


笹生「うどんを打つ準備だけど?」


寿「うどんって、家で作れるの?」


笹生「プロほどじゃないけどほどほどのはできるわ。さあ、あなたも一緒にやるのよ」


寿「普通、麵は買ってくるんじゃないの?」


笹生「麺から作ると楽しいのよ? ほら見て、このパスタメーカー、いいでしょ。のばしとカットはこれを使うと楽なの。ちょっと細めになっちゃうけど」


寿「……初めて見た……」


笹生「昔、衝動買いしたの。でもこれすごくいいのよー? 中華麺もラザニアもうどんもできるのよ? 買ってよかったわ」


寿「ふーん……うどんの麺って、すぐできるの?」


笹生「二時間くらいね。そしたら夜ご飯にちょうどいい時間でしょ」


寿「そんなにかかるんだ……」


笹生「時間はかかるけど、いいの。忘れたいことがあるときは、うどんを打つのにぴったりなの」


寿「忘れたいことがあるの?」


笹生「大人にはいつも五つや六つは忘れたいことがあるものよ。子どもにも一つや二つはあるでしょ」


寿「あるけど……」


笹生「とにかく、やってみたらわかるわ」


寿「宿題の後じゃダメ?」


笹生「そんなの、生地を寝かしてる間でいいわ。さあ始めるわよ」


 SE:水を少量ずつ粉の上に注ぐ音の後、テーブルが軋む音を規則的に入れて


寿「これでいいの?」


笹生「そうそう、その調子」


寿「(ひとしきり捏ねている感じに間を置き、ちょっと疲れた風に)……結構……力がいるんだね」


笹生「だから嫌なこと忘れられるのよ。うん、いい感じね。そろそろ踏みに入ろうかしら」


寿「え? 踏むの? 食べものなのに?」


笹生「直には踏まないわよ? ちゃんとビニール袋に二重に入れてから踏むの。それから寝かして、また少しこねて寝かして、のばして、切って茹でて出来上がり」


寿「うどんって大変なんだね」


笹生「手を抜けば三十分くらいでもできるけど、よく寝かすとおいしくなるのよ。プロはもっともっと時間かけてるわよ」


 SE:雨音+何か適当なBGMを入れて時間経過を表現


笹生「さあ、やっとできたわ。座って」


寿「うん」


 SE:食卓の椅子をごとごとやって座る音


笹生「天ぷらもたくさん揚げたから、好きなののっけてね」


寿「うん、いただきます」


笹生「(前の台詞に不揃いに被せて)いただきます」


   SE:うどんを啜る音


笹生「どう?」


寿「おいしい! もちもちする!」


笹生「でしょー」


   SE:しばらく二人でうどんを啜る音。片方の音が止まり、もう片方も止まる


笹生「どうしたの? もうお腹いっぱいなの?」


寿「ううん……(迷いながら)あの、笹生さん」


笹生「……どうかしたの?」


寿「(おずおずと)……酔った勢いで私/僕を引き取って、本当によかったの? 忘れたいことって、私/僕に関係してるんじゃないの?」


笹生「違うわよ。今日、納品先からクレームが入って胸糞悪かっただけ。寿のことじゃないわ」


寿「でも……私/僕、こんなによくしてもらっていいのかって感じで……服も買ってくれるし、ちゃんとご飯食べさせてくれるし、勉強も見てくれるし」


笹生「子ども引き取るって決めたら当然のことよ」


寿「でもみんな、そんなことしてくれなかった。父さんも母さんも、親類もみんな」


笹生「寿のご両親の一周忌の席でその話を聞いたから、私、つい親類みんなの前で『引き取る』って啖呵たんか切っちゃったのよねえ」


寿「酔っぱらって適当に言ってたみたいだったし、後悔してるんじゃないかって……」


笹生「いくら酔ってても、後悔するようなことは言わないわよ。ああ、あいつらの顔、今思い出してもぶん殴りたいわ」


寿「親類みんな笹生さんのこと悪く言ってたけど、私/僕、笹生さんが一番優しくて、一番いい人だと思う」


笹生「あいつらと比べれば誰だって聖人になれるわ。でも、正直に言うと私もそこまでいい人じゃないわよ」


寿「え?」


笹生「児童手当とか、市の里親支援金とかもらってるしね。それにどう言ったらいいかわからないけど、私もろくな子ども時代送ってなかったから、あなたにいい環境を提供できたら、なんとなく私も救われる気がするの。結局自分のためって部分が大きいのよ」


寿「でも、一緒に暮らそうって言ってくれたのは笹生さんだけだった。小さい時からずっと怒られたり叩かれたりしない日ってなかったから、本当に夢みたいで……朝起きたら、夢だったんじゃないかって心配になるんだ」


笹生「(心配そうに)カウンセリングに行ってみる?」


寿「ううん、いい」


笹生「(間をおいて)まあとにかく、びくびくしなくていいわ。私、寿を引き取ってよかったと思ってるから。いい友達ができてよかったなーって」


寿「友達?」


笹生「変? 年の離れた友達っていいものよ? いろんな枠を取っ払ったら、最後は友達っていう関係に行き着くものでしょ?」


寿「でも……友達っていう感じじゃ……」


笹生「横並び社会のスクールガール/ボーイにはイメージしにくいかもね。友達っていうのが難しかったら、そうね……先輩と後輩って感じでどう?」


寿「それならちょっとわかる気がする」


笹生「(間をおいてから、優しく)私たち、ほどほどにやっていきましょう。なんでもほどほどが一番いいのよ」


寿「うん」


笹生「じゃあ、もっと食べて。麺が伸びちゃう」


寿「うん!」


 SE:うどんを啜る音を緩やかにフェイドアウトし、雨音のフェイドインを被せて、五秒ほど雨音だけにする



             ――終劇。

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