たかしはそんなこと言わない! たかしはそんなことしない!

ちびまるフォイ

たかしにとっていい環境

生まれた男の子には予定通り「山田たかし」の名前がつけられた。

たかしが小学校に入ると、1時間目から5時間目まで授業は「たかし」だった。


「あなたは山田たかしですから、

 歴代のたかしと"らしさ"がぶれないようにしてくださいね」


「はい、先生。質問があります」


「なんですか」


「どうして教室にはぼく一人なんですか」


「山田たかしはあなたひとりだけだからです。

 あと、たかしはそんな質問しません。

 今のらしくない行動は成績から差っ引いておきますね」


山田たかしを誰よりも理解している先生から、

たかしとはかくあるべきという教育をみっちり叩き込まれた。


もともと飲み込みが早かったたかしは、たかしを早い段階で浸透させることができた。


1学期のたかし成績表が送られると両親はすごく嬉しそうにしていた。


「まあ、なんて良い成績なのかしら」

「満点じゃないか。自慢のたかしだな」


「これからも、たかしらしくいきます」


「そうね、そういう姿勢がたかしらしいわ」

「たまに悩むところもたかしらしいから、そこも忘れずにな」


「はい。お父さん、お母さん」


たかし2学期がはじまると、新しい授業が盛り込まれるようになった。


「今までは、たかし教科書を読んで学ぶだけでしたが

 これからは実践として他の生徒ともかかわるようにしていきます」


「ぼく以外にたかしがいるんですか?」


「いいえ、たかし以外の人です。かおり、マーク、Ms.グリーン。

 他人と関わる中でもたかしらしくいられることが、

 これからの社会で求められるたかしになるんですよ」


「がんばります。たかしらしくしてみせます」


他の生徒との関わり合いの授業がはじまった。

授業とは名ばかりで机を4つつなげて適当に話すだけの雑談タイムに近かった。


けれど、お互いに「らしさ」を意識しなければいけない相互監視だったため

終始なごやかな雰囲気だったがみんな目はギラついていた。


授業が終わった休み時間に同じ班だったマサトが声をかけてきた。


「今度の土曜日あいているか?」


-たかしはノリのいい人物なのでこういうときに断らない。


「あいてるよ。なにかあるの?」


「実は自分パーティがあるんだ。お前も来いよ、きっと楽しいぜ」


土曜日。たかしは招かれたパーティに行くと、仮面を渡された。


「これは?」


「自分らしさを捨てるための仮面さ。

 自分パーティでは押し付けられた"らしさ"を捨てて、

 本来の自分を解放する場所なんだよ」


パーティ会場ではみんな好き勝手に話したりしていた。

仮面をつけているので誰が誰かわからない。

小さい頃から求められている"らしさ"のタガを外しているようだ。


「本来の自分……」


たかしも仮面をつけてからパーティに参加した。

でも仮面をつけたところでたかしはたかし。

いつもどおりのたかしであり続けた。


「あなた、顔は見えないけどなんだかたかしっぽいわね。あはは」


「そ、そう……?」


早々に身バレしてしまったが、正解だとも言えなかった。

たかしのままパーティを終えたたかしは家に帰った。


「あらおかえり。今日はやけに遅かったわね」


「ちょっと寄り道しちゃって」


「この年頃のたかしは親に秘密をもつ時期だからね。

 いいわ。それ以上はお母さん聞かない。それがたかしらしいんだもの」


自分の部屋に戻ったたかしは天井を見つめて考えた。

自分パーティでも自分はたかしでありつづけたことを。


「なんでたかし以外の自分を出せなかったんだろ……」


自分にはたかし以外の人格がないのではと思い始めた。

それはまるでたかしの教科書が擬人化しているようなもの。

自分はなんのために生まれたのか。


たかしであり続けることで、本当の「山田たかし」は消えたのか。



「たかし……山田たかし!!」


先生に呼びかけられてビクッと体が反応した。


「授業中にぼーっとしないでください。たかしらしくもない!」


「す、すみません……」


「最近、たかし中間テストでも成績が落ちています。

 いったいどうしたんですか?」


「……すみません」


「謝りつづけるのもたかしらしくないですよ。

 たかしはもっと元気なはずです」


自分パーティから生まれたたかし自身への疑問はしだいに大きくなり、

なんの疑問も抱かずにたかしを続けていた頃よりもたかしの精度を落としていた。


その結果、学校で怒られた後に家でも怒られるようになった。


「たかし! この成績はいったいなんなの!?」


「……」


「どうしてたかしらしくできないの! 1学期はあんなにたかしらしかったじゃない!」


耳にタコができるほど聞かされた言葉にたかしはうんざりし、

たかしらしくなく親に対して反論した。


「どうして、たかしらしくいなくちゃいけないんだ!」


「たかしはそんなこと言わないわ! これはあなたのためなのよ!」


「らしくらしくって、俺は俺だ! たかしらしさを押し付けるな!!」


「そうやって自分らしさを手放した人がどうなるか知らないからそんなこと言うのよ!

 求められる"らしさ"から外れた人間は仕事も結婚も認められないのよ!」


「そんなことわからないじゃないか!」


「あなたはたかしらしくしていれば、みんなが幸せになる。

 あなたひとりが我慢すればいいだけなのよ。

 どうしてそんならしくないワガママを言うの!?」


「自分らしく生きるワガママくらい認めたっていいだろ!」


「この世界ではみんな"らしく"生きてるのよ!」


「もういい!」


たかしはついに我慢できなくなって家出をしてしまった。

真面目で努力家かたかしらしくない行動だった。


たかしらしさを捨てたたかしに行く宛てなどなく、

友達の家を訪ねたところで「たかしらしくない」とすぐに親にバレるだろう。


行く宛もなく歩けば道にはボロボロの人たちが座り込んでいた。

彼らは"ネームレス"と呼ばれ、自分らしさを手放して名前を剥奪された人たちだった。


名前もないので人として認められず、路上生活でしか生きられなくなっていた。


「なああんた……名前くれよ……。もう限界なんだ……。

 あんたの代わりに、あんたらしくなってやるから……名前くれよ……」


「ひ、ひぃっ!」


声をかけられたたかしは怖くて走って逃げた。

たかしが橋の下でうずくまっていると、雨に打たれながら誰かが近づいてきた。


「たかし! ここにいたのね!」


やってきたのは、たかしの母親だった。


たかしの母は子供の成績を自分の成果と思うほど極めて教育熱心な人。

子供がらしくない家出をしたら失望するだけで、わざわざ探すようなことはしない。

そんなことたかしの母らしくなかった。


「どうして……」


「ごめんね、ごめんね……お母さん、ずっと母親らしくしようと思っていたけどもう限界……」


「え……?」


「たかしの母は教育熱心であるのが"らしい"のに、

 あなたに反論されて心ではずっとらしくあることに違和感あったのよ」


らしくなく抱きしめられたたかしはただ驚いていた。


「これからはあなたらしく生きなさい。たかしらしくしなくていい。

 あなたが自分らしく生きることが、私自身の思いよ」


「お母さん……!」


たかしは今まで感じていた悩みが晴れて体が軽くなった気がした。

らしくなく、母親と一緒に手をつないで家に帰った。


家につくと、玄関には知らない女の人が立っていた。


「おかえりなさい、たかし。

 さあ、早くたかしの宿題をすませてご飯にしましょう。

 それに、知らない人についていっちゃダメじゃない」


新しいたかしの母は、母親らしくネームレスの不審な女を家から追い出した。

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