侘び鳴き Ⅱ

 長子が誕生した記念すべき月になろうかという頃に産声を上げたのは、また男児であった。ここまで立て続けに息子が生まれるというのは珍しいだろう。周囲の者も驚いているが、広大なイヴォルカを治めるには、息子は何人いても足りないぐらいである。

 出産は恙なく終わったし、生まれた赤子は劈く泣き声やしっかりとした手足が将来有望な子であった。本当に喜ばしいことである。

「よくやった」

 どうにか半身を起こした妻の、ほっそりとした腕に抱かれた赤子の瞳の色はまだ分からない。だが、ぽやぽやとした髪はロスティヴォロドの亡き父と同じ、砂のごとき金色をしていた。

 五番目の息子には、勇敢で偉大であった祖父に匹敵する勇士になれとの願いを込めた名を付けた。時が過ぎるごとに、健やかな赤子は髪色だけでなく祖父の面差しをも濃く継いでいると明らかになった。五番目の息子は、生まれて三月経った現在では、亡父とロスティヴォロドを足して二で割ったような顔をしている。

 それでも五番目のあの子の瞳の色はお前と同じだと、男は閨の中で腕の中の女に囁く。

「私が産んだ子なのだから、当然であろう」

 寒いとのあえかな抵抗をねじ伏せ露わにした素肌は、甘く熟れていた。

 すぐに温かくするからと囁いて組み伏せたからには、その通りにしなくては申し訳ない。最初の子を産む前と比すれば重量感を増した乳房を揉みしだく。もともと体型の割に豊かなふくらみは、今ではロスティヴォロドの掌から零れ落ちんばかりになっていた。

 シグディースは五回目の出産もまた恙なく切り抜けたが、以前よりは回復に時を要した。出産後初めての情事だから、あまり激しくしては身体に障るだろう。むっちりと脂が乗った太腿の奥へはしばらく触れぬことにして、薄紅の頂への刺激に集中する。吸い、舐り、爪を立て、歯で挟んでいると、頂はたちまち硬くなっていった。

 たわわな胸を寄せて、二つの桜桃を共に舐ると、上気した肢体はびくりと跳ねる。相変わらず弱い下腹の按摩の次に、シグディースはこの愛撫を好んでいた。十年近い歳月を共にする過程で、そのように仕込んだのだ。

「ロスティヴォロド」

 切なげに自分を呼ぶ妻の言外の願いは、何となく理解できる。だが男は気付かぬ振りをした。雪白の丘の上の果実を食み続けていると、滑らかな喉はのけ反り、艶めかしい吐息が漏れてきて。もっと妻の声が聴きたくて幽かに歯を立てると、組み伏せた肢体は一層大きく痙攣した。

 潤んだ瞳で自分をねめつける妻の、思わず吸い付きたくなる太腿は、じっとりと濡れている。もうそろそろよいかと舌を射しこんだ苑は熱く潤んでいた。

「違う、」

 洞やその側の珠に舌を這わせると、抗議の声は甘く蕩けていって。腰に来る喘ぎが木霊する最中。舌や指で胎内を掻き乱していると、しなやかな身体は繰り返しのけ反り、麗しい面は涙に濡れた。

「頼むから」

 幾度目かの高みに妻を登らせた後、滅多に聴けぬ哀願にほだされたわけではないが、既に限界が近づいていたものをほぐれた壺に挿入する。己に抱きかかえられる姿勢で咥えこむこととなった彼女は、ごく自然にロスティヴォロドの背に腕を回し、胸板に乳房を押し付けてきた。

 久方ぶりに潜り込んだ亀裂は柔らかに熟れ、強請るように己に絡みつき、締め付けてくる。慣れない男などがこれを味わったら、ひとたまりもないのではないだろうか。

 花のごとき双眸の恐らくは無意識の誘いに応じ、細い背を寝台に押し付ける。そうして最奥を穿ちやすい体勢になると、ふと床に放られた短剣が目に入った。この、自分の物を咥えこんで上からも下からも唾液を滴らせ、獣の善がり声を迸らせる女は、まだ復讐を諦めていないのだ。五人の子を生しても、なお。

 悶える妻の華の顔は、息をのむほど艶めかしくて美しい。頭の出来はともかく、これだけの美貌に恵まれ、また具合が良い女なのだ。もしもシチェルニフ攻略の前夜に考えていたように、シグディースを性奴として西南の帝国に売り払っていたら。さすれば彼女は良い買い手に巡り合って、存外よい暮らしをしていたのかもしれない。少なくとも、家族の仇に組み敷かれ子を産むよりは。

 もしくは、あの日彼女の父母に弟を屠ったのが、自分ではなく異母兄ヴィシェマールだったら。さすれば彼女はロスティヴォロドの兄を仇と付け狙い、人生を共にしたのだろうか。

 ロスティヴォロドがどこぞの男に殺されでもしたら。さすればシグディースは喜んで家族の恨みを晴らしてくれた男の妻となり、その男に股を開いて子を産むのだろうか。自分がリューリヤを過去の者としたように、いつかシグディースに過去の者として、憎悪すら向けられなくなる日が来るのだろうか。

 脳裏に過ったのは、最悪の可能性だった。思わず、打ち付けていた腰の動きを止めてしまうぐらいには。しかしシグディースならば――男は力こそ全て、強ければそれでよいと断言する彼女なら、決してありえぬ未来ではない。シグディースは四男が生まれた時もそんなことを言っていたではないか。

「……ロスティヴォロド?」

 怪訝そうに眉を寄せる妻の体内からまだ萎えていないものを抜き、蠱惑的な唇の合間に押し込む。喉を圧迫され苦痛に歪んだ面はやはり美しかった。これだけ見目麗しければ、二十も後半に差し掛かっていようが、多くの子がいようが、欲しがる男は幾らでもいるだろう。そんな男にいつか彼女を奪われる以上に、この妻に忘れ去られてしまうのは耐えがたい。ならばいっそ、その身に自分を深く刻みこんでしまいたかった。

 普段はつんと澄ました女の泣き顔ほどそそるものはない。生理的な涙をいっぱいに溜めた青い瞳と視線がかちあった途端、欲望は爆発した。寝台に手を突いて生臭い液体に噎せ、咳き込む彼女の臀部に手を添え、吐き出したばかりだというのに鎌首を擡げたものを押し込む。

 肉に肉を叩きつける音と淫靡な水音の合間に、嗚咽が混じることはなかった。ロスティヴォロドが熱狂から覚めるまで一晩中、互いのきょうだいの亡骸が転がる部屋で交わったあの時よりも手荒に犯しても。

「……すまない」

 湯だっていた頭も冷め、確認したシグディースの有様は酷いの一言に尽きた。

 触れれば折れんばかりの手首には強く握られた証が、蛇のごとく這い回っている。身体には吸い痕だけでなく、歯型までもがあちこちに散らばっていた。透き通る白い肌は、太腿どころか胸や腹部にまで汚い体液が飛び散っていた。

 シグディースは出産してからまだ三月しか経っていないというのに、どうしてこんな真似をしたのか。性の交わりを覚えて間もない若造でもあるまいに、自制できなかったのか。などとロスティヴォロドが自分を責めたところで、惨状が元に戻るはずもなく。

「よい」

「だが、」

「そなたと媾って子を産むことこそ妃の務めぞ。遠慮などせずともよい」

 ――そなた、「溜って」おったのだろう? ならばほれ、気が済むまで抱くがよいわ。

 嫣然と微笑みながら見事な曲線美を描く脚を開き、花弁を自ら広げる妻の姿は、若かりし頃を想起させた。思えば、ロスティヴォロドがシグディースに心を奪われたのは、あの瞬間だったのかもしれない。

「ん? なんなら手伝ってやってもよいのだぞ?」

 嫋やかな手が、鮮やかな紅の唇が、だらりと垂れた肉の茎に近づく。つ、と淡い紅色の舌が赤黒いものを舐める様は、例えようもなく淫猥だった。ロスティヴォロドに跨ってそそり立ったものを咥えこみ、腰を振る妻の姿も。

「そなたが何を考えているのかは知らぬが、今更そなたに力ずくで身体を暴かれたところで、私に傷つく心が残っているわけがなかろうが」

 きゅうきゅうと子種を搾り取る妻はロスティヴォロドを嘲笑っているのに、双眸は拭い去れぬ悲しみによって翳っていた。妻の愁いを帯びた瞳を見ると、いつもアスコルが死に際に遺した言葉を思い出してしまう。あの、呪いとやらを。

 シグディースはアスコルに何かを言われたところで、それに左右されるどころか、聞き入れもしないだろう。だからロスティヴォロドは、あれは一向に意図を介しえないが自分に向けられたものだろうと、長年考えていた。けれども、推測は間違ったのかもしれない。だとしたら、シグディースはどのようにアスコルに呪われたのか。問い質したところで、妻が応えてくれるはずはなかった。

 生温かな体液をロスティヴォロドが放つと同時に、シグディースの身体もくずおれた。繋がったまま己の身体の上に倒れ伏した妻を抱きしめる。この女を奪われたくなければ、挑んでくる敵を全て切り伏せればよい。ただだけなのに、本当に馬鹿な真似をしてしまった。

「……大変申し上げにくいことなのですが、いま少しお控えなさってくださいませ。いえ、わたくしも老いたりとも妻を持つ身ですので、お気持ちは理解できるのですが」

 手早く衣服を纏った後、女奴隷が呼んできた医師の忠告に夫婦揃って耳を傾けていると、子供たちまでもがわらわらと集って来た。

「親父とお袋が来ねえと、メシ食えねえんだけど」

 乳児の五男を除く子供たちは既に食堂に集まっていたらしい。しかし、家長であるロスティヴォロドが席に着かなければ食事を始めない決まりがあるため、待ちくたびれていたのだとか。

「左様であるな。私も腹が減った」

 どろどろに乱れた寝台を子供たちの視界に入れたくないのか。シグディースはらしくなく慌てて立ち上がろうとしたが、途中で崩れ落ちてしまった。当然と言えば当然なのだが、足腰が立たないらしい。

「い、いきなり何をするか!」

「こうした方が早いだろうが」

 横抱きにするとシグディースはじたばたともがいたのだが、その程度の抵抗は腕に少し力を籠めるだけでも封じられる。

 傍目には仲睦まじいと映るかもしれない自分たちの様子を、長男は他の子供たちよりも少し遠くから眺めていた。長男はそろそろそういう年頃なので、父母が何をやっていたのか察して、近づき難さを感じているのだろう。

 子供たちに囲まれた自分。それは、幼き日に思い描いていた幸福そのものであった。抱えた妻の愛が手に入らないという一点を除いては。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る