種蒔き Ⅲ
己の胸の肉が武骨な指の間からはみ出ている様を眺めていると、なぜだかあらぬ気分になってくる。それはあまりに認めがたく、羞恥を誘う感情だった。
「お前、細いけど胸は大き目なのがいいな。得した気分になる」
ロスティヴォロドは得意げな顔でシグディースの乳房を揉みしだいている。自分にぶら下がっている物でもないのに。
腹立たしい顔面に一発めり込ませたいのに、今のシグディースにはそんなこともできなかった。なぜなら両腕は起こした上半身の後ろで、脚は跟が腿に付くぐらい折り曲げられ大きく開かされた格好で縛められているから。
シグディースは国を滅ぼされようとも、誇り高きイヴォリの娘だ。情事の最中にロスティヴォロドの命を狙うなどと、下劣な真似はしない。散々訴えたのにロスティヴォロドは、腕力に任せてシグディースを屈辱的な体勢を取らせたまま拘束した。
せめて唯一自由になる舌でもって言葉の刃を放ちたい。けれども二つの桜桃の実を、下腹部や内腿を指や舌でくすぐられていると、変に上ずった声が漏れそうになるのだ。
その声を目の前の男に聴かれたくない。なによりその声を実際に音に出すのは、ロスティヴォロドに殺された家族に対する、重大な裏切りであるかのような気がする。つまりシグディースは、細い喉を震わせる感覚をどうにか押し殺すので精いっぱい。とても罵詈雑言を発するどころではなかった。
「なあ。お前、どうして声出そうとしねえんだよ?」
「――っ、は?」
「声出してもらえねえと、お前がどこをどんな風に触ったら感じるのか良く分かんねえし」
だがそんな細やかな抵抗すらも、ロスティヴォロドは許さないらしい。無理やりに曝け出された繊細な花弁。その中で守られていた紅い芽を触れられるのは初めてではない。けれども滲む蜜を絡めた指で摘ままれた途端、シグディースは雷に打たれた。
「声出さねえと、巡り巡ってお前の損になると思うぞ。どうせヤるなら気持ちいい方がいいだろ?」
今までにない感覚の嵐に投げ込まれ、翻弄される娘には、男の問いかけに答える余力などありはしない。それを分かっているはずなのに――あるいは最初から答えなど求めていないのか、男は語り続ける。
「もしもお前が喘ぐのは家族への裏切りだとか思ってるなら、それは違うと俺は思うけどな」
滴るまでとはゆかずとも十分に潤った隘路に、節くれだった指が挿しこまれる。最初にそうされた時に感じたのは、呼吸すら難しくなるほどの圧迫感だった。だのに、もはやその違和感の欠片すら覚えないとは。三本の指で中を掻きまわされているのに。
「大体お前の家族だって、お前が辛気臭い顔してるよりは幸せそうにしてる方が喜ぶに決まってんだろ?」
何かを探しているかのごとく入り口付近で彷徨っていた指がある一点を突く。すると上気した肢体は、生きたまま鉄板に置かれた魚よりも跳ねた。
「お前は仇討ちもしようとしてるし、十分に親孝行で家族思いの、立派な女だ。だからいいじゃねえか人生楽しく過ごそうとしたって」
これが目の前で家族を殺した男に、体を弄ばされている最中に囁かれた文句でなければ、シグディースだって少しは心動かされたのかもしれない。けれども自分たちの過去と現在の状況を鑑みると、詭弁でしかなかった。
既に操は穢されたが、私はお前などには屈しない。
怒りと認めがたい感覚のために露に濡れた矢車菊の双眸で、己の上に乗った男をねめつける。すると呆れが入り混じった苦笑が耳朶をくすぐった。低い声だけでなく、熱い吐息と舌の先端も。
「――ったく。お前、俺より五歳も年下だってのに、そこらのジジババ共よりも頭固いんだからな」
ちょっと待ってろよと頬に唇が落とされるのと同時に、柔肌を覆っていた引き締まった肉体が離れていく。
「おい。あれを持ってこさせろ」
ロスティヴォロドはシグディースを翻弄するのをやめ、開け放たれた扉の側で控えていた配下に命じた。
ロスティヴォロドの従士に閨事の一部始終を見張られているのは、そうさせてくれなければシグディースの許には行かせないと、従士たちが言い張って譲らなかったからだという。従士たちは主の安全を考慮して条件を提示したのだ。事実、シグディースに扉の向こうから注がれる視線には、侮蔑や警戒はともかく好色さは混じっていない。俺の女の体を他のに見せるのは嫌なんだがとか、ロスティヴォロドはぼやいていたが。
湯だっていた頭が冷めてきて初めて思い至ったのだが、ロスティヴォロドはまだ上しか服を脱いでいなかった。逞しい首には、三年前に彼がシグディースから奪った琥珀はかけられていない。そういえば数日前に急に訪れてきた時も、彼はあの首飾りをしてはいなかった。いざ兄から大公位を奪わんという戦闘の最中でも身に着けていた、恐らくは気に入っていた品だろうに。というかそもそも、ロスティヴォロドはなぜあの首飾りを奪ったのだろうか。
長く不仲だった親族との争いに勝利した父が、戦利品の中から特に選んでシグディースにくれた首飾り。あの思い出の品は、イヴォルカの深い森の恵みが蕩けた最高級の蜜が凝ったかのような一粒も、それを囲む透かし彫りの金細工も大変見事だった。
船を操って到来したイヴォリの民が最初に降り立った地であるという、最北のサリュヴィスク。その海岸に打ち上げられた琥珀の中には、シャロミーヤ帝国に運ばれ細工され、再びイヴォルカまで戻ってくるものもある。その一つがあの琥珀だったのかもしれない。
貴金属の細工においても、西南の帝国はイヴォルカの遙か先を行っている。石を使った巨大な神の家の建造方法や、目にも綾な織物を仕立てる技術同様に。だがいかな貴重で高価な舶来の装飾品とはいえ、庶子であれども大公の子であり、トラスィニという領地まで所持していたロスティヴォロドが、奪うほどに欲するだろうか。シグディースもあの首飾りを気に入っていたが、世に二つとないほどの品ではないと断言できた。
シグディースは敗者で、ロスティヴォロドは勝者だ。彼が自分から何を奪おうが、それが家族の命でさえなければ、シグディースは彼を詰りはしない。なぜならそれが勝者の権利で、敗北の代償なのだから。
急にシグディースの姉とロスティヴォロドの長兄の婚約を破棄し、戦を申し込んできた故イシュクヴァルト大公のやり方には、現在でも納得していない。しかしあの戦の結末は、きちんと準備期間を置いて、正々堂々戦った末に突き付けられたものだ。
結局のところ自分たち元シチェルニフの公一家は、グリンスクの大公家より弱かった。そして、自分たちの実力を理解せず、愚かにも戦の誘いに応じたから負けた。それは全て、イヴォリ人の価値観においては憐憫ではなく嘲笑に価する愚行である。
ゆえにシグディースは、あの首飾りを返せなどとロスティヴォロドに詰め寄って、恥と愚かしさを塗り重ねるつもりは毛頭ない。それでも、少しだけとはいえ気にはなった。というか本当のところは、もう二度と自分の手元には戻ってこない品とそれと共に過ごした年月を懐かしむことで、不安から目を逸らしたかったのだ。畏まった女奴隷は、既に怪しげな壺を持ってきている。
ロスティヴォロドが手短に礼を述べて受け取った壺は小さく、蓋がされていたから、中身は定かではない。だがロスティヴォロドは躊躇いなく指を突っ込んだし、ふわりと漂う甘い香りからして、蓄えられているのは毒物ではないのだろう。だからといってそれが自分の体、しかもはしたなくも潤んだ肉の洞や紅い芽という、最も繊細で敏感な部分に塗りたくられたという恐怖は薄れはしないが。
「これでお前も少しは素直になれるといいんだけどな」
誰より憎むべき男の笑みは、何度見ても鼠を追い詰めた猫めいている。怯える獲物をどう甚振ってやろうかと考えている顔だ。ここまでくると、シグディースにだって彼が自分に何をしたのか察せられた。
世の中には摂取させたり体に塗ると、女の淫欲を昂らせる薬があるという。つまりロスティヴォロドはシグディースに媚薬を使ったのだ。屈辱的かつ抵抗を封じるのにはぴったりの体勢を自分に強いた点を踏まえても、最初からそのつもりだったのだろう。
「……卑怯であろう」
まだそれらしい変化は起きていないが、そのうちシグディースのそこは劫火で炙られたかのごとく疼くのだろう。そして意思とは関係なく、目の前の腹立たしい男を求めてしまうのかもしれない。
仇である男に浅ましく強請る自分。その様を想像するだけでも、雷さながらの怒りが頭頂から爪先までを貫いた。しかし血を滾らせ腸を煮えくり返らせる激情すらも、次に起きた異常に比べれば、無きに等しいものだった。
「まあまあ、いいじゃねえか。人生楽しんだ者勝ちだぞ」
邪魔になるからこれは外そうな。歌うように囁かれるやいなや腕の拘束が解かれ、肩を押されて体を倒された。そうして再びシグディースに覆いかぶさってくるのかと思われたロスティヴォロドは、未だ縛られたままの脚の間に顔を埋めて――
ひくつく珠を吸われ、舌先でくすぐられた瞬間。憤怒によるものよりももっと激しく、しかし甘い閃光が全身を駆け巡った。とめどなく降り注ぐ、しかもどんどん勢いを増してゆく紫電が恐ろしい。
「やめ、」
真っ白に、あるいは真っ赤に焼き尽くされた頭を振り絞っても、意味を成す言葉などただの一回も紡げなかった。ついに秘裂へと潜り込んだ弾力のある肉の先に、ある部位をくすぐられた途端。シグディースは言葉を失い、この世で最も下劣な獣に成り下がったから。
決して認めたくはないが、そこは指で刺激されても下腹が疼く箇所ではあった。人体で最も柔軟かつ器用な器官に苛められると、耐えがたい愉悦が生じて当然ではある。
敷布を濡らすほど滴った、塗りたくられたものとは違う蜜を啜る音がいやに大きいのは、わざとだろう。けれども喉からは苦痛の呻きにしては甲高い叫びが次々に迸ってくるから、抗議などできるはずがなかった。
一体自分のどこから、男に媚びるような――
「じゃあ、挿れるぞ」
ひくひくと疼く隘路を、指よりも舌よりも長く大きい物で塞がれる。その途端に生じた願いも、背筋を駆けのぼる感覚も全部まやかし。本当のシグディースは、いつしか自由になっていた脚を家族の仇の背に回して、もっともっととせがんだりしない。くちづけに応えて、自分の体液の味がする舌と己の舌を絡ませたりしない。そう信じていたかった。
胎内でもう何度目になるか分からない熱が弾け、萎えたものがずるずると引き抜かれる。
「お疲れさま」
額に押し当てられた接吻は、朦朧としていた意識を喜びで鮮明にした。薬の効果は切れた。屈辱の時はもう終わったのだ。
「ところでお前さあ、叫びすぎて喉痛めてねえか?」
ことが済んだのだからさっさと出ていけばいいのに、ロスティヴォロドはらしくなくシグディースを気遣ってきた。シグディースの喉を傷めつけた真の原因は彼なのに。
「お前、折角落ち着いてて艶がある綺麗な声してるのに、掠れたりしたら勿体ないからな」
まるでシグディースが熱を出した幼子で、自分は母親であるかのごとく辺りを窺う男は、やがて蝋燭の炎を浴びてつるりと光る陶器を見出した。そうして再び指を入れて、中身をたっぷりと掬い出す。
「ほら、口開けろ」
娘は悪夢の再来を阻止すべく紅唇を引き結んだが、空いた手で下腹の臍の下、内側からも散々擦られた箇所を撫でられると、みるみる力が抜けていって。雪に埋もれた七竈を連想させる唇を割った指はねっとりと甘かった。
「気づいたか?」
口内にじんわり広がる濃厚な甘味に、娘は裂けんばかりに双眸を瞠る。自分に塗りたくられたのは媚薬でもなんでもない、ただの蜂蜜だった。つまり目の前の男に貫かれてはしたなく悶えたのは、紛れもないシグディースの一部だったのだ。そう悟った瞬間、深い深い、僅かに紫を帯びた青の瞳からは涙が零れ落ちた。シグディースはとうとう家族を裏切ってしまったのだ。
「……さっさと、消えろ」
熱い滴で頬を濡らしながら、わざとらしくゆっくりと服を着る男の体に拳を振り下ろす。
「じゃあな。気が向いたらまた来るからよ」
憎悪すべき男は鼻歌でも歌いそうな上機嫌で去ってゆく。その彼の後頭部目がけて投げつけた枕は、主とは対照的に疲労困憊といった様子の従士の一人によって掴まれた。
投げ返された枕は、舞い散る薄紅の花弁によって生来の肌の白さを際立たせる娘の顔面に直撃する。ふぎゃ、と短い悲鳴を発し、シグディースはどろどろに乱れた寝台に倒れ伏した。
たちまち長く取り上げられていた眠りに落ちながらも、娘はある可能性に思いを馳せた。気が向いたらまた来るということは、シグディースがあの男に飽きられれば、彼の足と同時に復讐の機会は遠のいてしまうののだろうかと。だが幸いにもシグディースの不安は現実にはならなかった。
もうすぐ徴税がはじまろうかという秋の日。
「お前ももう気づいてるだろ? 準備は終わったから、さっさと結婚するぞ」
珍しく明るい間に訪れてきたロスティヴォロドは、一月ほど前から始まり、最近勢いを増してきた不調のため惰眠を貪っていたシグディースを抱きしめた。そうして、下腹を優しく撫でながら甘く優しく囁いたのである。
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