麦刈り Ⅳ
死を選べばシグディースは、これ以上の屈辱を舐めさせられることなく、清い身のまま家族の許に旅立てる。だが家族の恨みは晴らせない。
生を選べば、その先に続くのはいばらの道だ。周囲には命惜しさに仇に股を開いたあばずれと罵られるに決まっている。ついでに、今日どころか何年も、もしかしたら何十年も憎い男に身を穢され続けるのだろう。どちらにせよ難しい決断だ。とても選べない。
どうしてこの男は、こんな滅茶苦茶な質問をしてくるのだろう。そんなにシグディースを、自分たちにたてついた男の娘を甚振るのが愉しいのだろうか。瀬戸際で進むべき道が分かたれなどしなければ。さすれば、たとえ行き着く先はごうごうと吠える風に荒らされた灰色の海に臨む崖だとしても、まだ安らかに歩み続けられたものを。
「いいか? これから俺が三つ数える間に決めろよ。じゃねえと、俺や今この部屋に居る奴らだけじゃなく、俺の従士全員にマワさせてから殺すからな」
笑いながら突き付けられたのは、考え得る限り最悪の結末だった。しかし人生を左右する重大な決断を、そんな短時間で下せるはずがない。怒りに燃える蒼い瞳でねめつけると、男は嬉しそうな顔をした。本当に悪趣味な奴だ。
ロスティヴォロドは優しげな笑みを保ったまま、シグディースの耳元に唇を寄せてきた。この男、つくづく一体何を考えているのだろう。
「――俺の女になった方が、お前の目的も果たしやすいんじゃねえの?」
そうして憎むべき男は、小虫の羽ばたきにすら掻き消されそうな、けれどもシグディースの心にははっきりと届いた声で囁いたのである。確かに彼の言う通りだ。ロスティヴォロドと寝所を共にすれば、その分彼と逢う機会も多くなる。
はっとして裂けんばかりに眦を開くと、見つめる男はふと口元をほころばせた。それまでの彼のどの笑顔とも違って、哀しげに。しかしその表情は、数瞬の後には儚くも消え去って。
「じゃあ数えるぞ。一、二、」
三、と節くれだった指が折られる寸前。シグディースは既にぼろぼろになっていた上衣を一気に引き裂き、雪白の肌を露わにした。
「早く、しろ」
そうして震えを堪えていても、シグディースに圧し掛かった男は行為を再開しようとはしない。焦れて閉ざしていた目を開けると、真っ先に茫然とした顔が飛び込んできた。
「……なんだ。そなたもしや、自分で言っておきながら
――だとしたら、いい笑い者だぞ。
眼差しで信じがたいと物語る男の誇りを僅かにでも削ぎたくて、自分でもこれは下品だと認める軽口を叩く。
「んなわけねえだろうが」
邪魔だと吐き捨て鎖帷子を脱ぎ捨てる寸前、ロスティヴォロドは心の底から嬉しそうな、けれども哀愁を帯びた、この上なく複雑な面持ちをしていた。
「お前はこれで本当に後悔しないのか?」
「くどい。無駄口を叩く暇があるのなら、私を抱けばよかろう」
「……後でやっぱ嫌だとか泣き喚かれても止めてやんねえからな」
その言葉を合図に、もはや衣服としての体を成していなかった粗末な上着が取り払われた。血を啜ってどす黒く変色していた脚衣も。
「安心しろ。できるだけ優しくしてやるからな」
「そなたの優しさなど当てにならぬわ」
形良い耳を柔らかで温かな感触がくすぐる。どういうつもりだと驚いていると、滑った物が項に触れた。そしてもう一度、先ほどの穏やかな熱が。これは唇だと、今度は理解できた。だが、ロスティヴォロドがなぜこんな無駄な真似をしているのかは分からない。シグディースの首を舐めるだけでなく、吸ったり噛んだりしている理由も。シグディースの肌は蜂蜜ではないから、舐めた所で甘くはなかろうに。
ただ、堅い掌や指先が自分の体を掠め弄るたびに、触れられた場所からぬくもりがじんわりと広がっていくのが不思議だった。ぬくもりだけでなく、未知のこそばゆさも。
穴に棒を入れるだけなのだから、さっさとそうすればよかろうに。
あまりのじれったさに耐えかね、己に覆いかぶさる男をせかそうとしても、非難は音にはならなかった。胸元にまで降りていた舌が、震えるふくらみの頂を転がしだしたのだ。
そこに舌で触れられるのはもちろん初めてだったが、薄紅の先端を吸われると幽かにだが項の際とはまた違う衝撃が奔った。全身から力が抜けてしまったから、まだ乳離れできていないのかなどと雑言を吐くこともできない。
シグディースの身体がふやけてしまったのをいいことに、ロスティヴォロドはますます好き放題やり始めた。節くれだった指は胸だけでなく、下腹部や脇腹、脚の付け根といった敏感な場所を這い回っている。舌で嬲られ甘く噛まれて紅く腫れた二つの芽と、脇腹の特に鋭敏な箇所を同時に刺激されると、触れられてもいない下腹がじくじく疼いた。
とろ火で炙られているかのごとき感覚はただただ恐ろしい。一瞬一瞬ならばともかく、連続でこんなむず痒さを味わっていると、そのうち頭が満足に働かなくなるのではないか。だから一刻も早く終わってほしいのに、ロスティヴォロドがシグディースの穴に彼の棒をねじ込む気配は一向にない。
舌と指が太腿まで降りるに至って、娘はついに観念した。
もしかしなくともこの男は、シグディースの全身を撫でまわして嘗め回すまで、この新手の拷問を続けるつもりなのだろう。だったら満足するまでやればいい、と。
けれどもなけなしの覚悟すらも、すらと伸びた脚の間に潜む亀裂を二本の指に押し広げられる苦痛の前には無意味だった。
「我慢しろよ、元お姫様。ここもある程度慣らしてた方がいいんだからな」
そんなことを言われても、内臓を圧迫される違和感は凄まじく、握り締めた掌に食い込んだ爪はややして紅く彩られた。
このままこの拳を、片手で自分の脚衣の紐を緩めだした男の顔面にめり込ませたら。さすればこの苦痛から解放されるのだろうか。だったら、やってみる価値はある。
シグディースはいつしか、十を越えるロスティヴォロドの配下に囲まれているという現状をすっかり忘却していた。涙が滲む目で目標を――自分とは対照的に余裕そのものの面を見据えた娘は、決意も虚しく目的を果たせられなかった。
「体に変な力を入れるなよ。あと、悲鳴は出したかったら好きなだけ出せ」
内側を掻きまわしていた物が抜かれ、束の間の安楽を与えられた直後。脚を折り曲げられ開かされて、指などよりももっと凶悪なもので一気に穿たれたために。
隘路を無理やりに押し広げられる苦痛は溶岩で、一瞬で脳裏を焼き尽くした。容赦なく最奥を抉られるたびに、衝撃のあまり歯列で挟んでしまった舌から流れる鮮血と、獣じみた絶叫が口内から迸る。身体を丸めて痛みをやり過ごしたいが、腹をがっちりと掴まれている以上、そんな体勢はとれはしない。
「お前さあ、顔と体とあと感度には文句ねえから、もうちっと色っぽい声出せねえか? 解体される動物じゃあるまいし」
「いや、それは無理なんじゃないすかね。だってこの女、処女だったんでしょう?」
「それもそうだな。ま、この先に期待するとするか」
いつか絶対にこの男を殺してやる。
苛まれる娘は突かれ、揺さぶられるたびに覚悟を新たにした。そんなたわいのないことしか、現在のシグディースには――生きるために家族の仇である男の一部を咥えこんだ娘にはできなかったのだ。
どれほど揺さぶられていたのだろう。生温かなものが放たれると、程なくして胎内を埋め尽くしていた物が引き抜かれた。
「おー、よしよし。よく頑張ったな」
乱雑に髪を掻き乱す手を跳ね除けたくとも、泥さながらの疲労がへばりついた身では、もう指一本動かせそうにない。
「痛かっただろ? でも、一回中に出したから
荒い息を吐いてぐったりと横たわっていた娘は、響きだけならば優しい言葉が暗示する意図を察して硬直した。
「な、だから言っただろ? お前は本当にそれでいいのかって」
今度は男の膝に乗る格好で突き上げられる最中、耳を舐られながら囁かれた言葉には確かな愉悦が滲んでいて。
「うーわー、ロスティヴォロド様の悪魔」
「優しくしてやる、なんてどの口が言ったんですかねえ?」
再び胎内で欲望が放たれても、シグディースは解放されなかった。繋がったまま、今度は獣の雌のごとく四つん這いにされる。もっともシグディースには己の体の重みを支える力など残っていないから、ロスティヴォロドがまろい臀部に手を添えて持ち上げていたのだが。
ぐちゃぐちゃと掻きまわされる場所から溢れた体液が、太腿を伝って黒ずんだ血で汚れた床に滴り落ちる。雌犬の真似を強いられている自分は、傍目にはとびきり惰弱で情けなく映っているのだろう。だが破瓜の血はともかく涙だけは――真の敗北の徴だけは流したくなかった。
恥辱の時間が終わる頃には、普段は瑞々しい矢車菊そのものの双眸は、萎れ生気を失っていた。こんな状態では家族の仇の息の根を止めるなど、夢のまた夢もいい所である。
もはや己の所有物となった大公邸において、武装する必要などありはしない。ゆえに鎖帷子を除く装束を手早く纏った男は、一度袖を通した上着を脱ぎ、白い肌を澱んだ液体で汚す娘に被せたのだろう。
白地に赤い糸で所々伝統的な刺繍が施された上衣は、元々は清潔だったかもしれない。しかし戦闘の最中に服を着替える余裕などあるはずがなく、今しがた肌を合わせた男が纏っていた衣服は、彼の汗や体の臭いを濃密に漂わせていた。
この服を着ていると、まだロスティヴォロドに抱かれているようで、気分が落ち着かない。星の金色の髪が張りついた、秀いた額にそっと押し当てられた唇も、疲れ切った娘の心を騒めかせた。
「見張りも付けといてやるから、少しここにいろよ。死体の処理とか色々やらなきゃならねえことがあるからな」
男物の上着は腿の半ばまでを覆ってくれたが、暴かれたばかりの肢体の全てを隠してはくれない。けれども娘は、半裸で出ていった男を呼び止めはしなかった。蛇のごとく忍び寄る倦怠感についに根負けし、荒々しい足音が止まぬうちに、甘く安らかな眠りへと落ちてしまったために。
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