断罪された悪役令嬢は、嫌っていたヒゲ熊騎士に与えられました。

尾張のらねこ

断罪された悪役令嬢は、嫌っていたヒゲ熊騎士に与えられました。



視界が広がった瞬間、瞬きする以外にできることはなかった。

一瞬意識が飛んでいたらしい。何者かに、床にうつ伏せに身体を押し付けられて。


右腕を後ろに回されて、関節がぎしりと痛む。


「かふっ……!?」


床に押し付けられた胸が肺を圧迫し、息が詰まった。


なぜ、自分がいきなり暴力を振るわれているのか全く理解できない。



「往生際が悪いな、エリザベート!」


傲慢に吠える別の男の声が聞こえる。よく通るイケボではある。こっちはそれどころではないけど。目には涙が浮かんでいて、景色もぼやける。

間違いなく私の方を見てはいるんだろうけど……いや、誰だよエリザベート。


ぐっと、背後から髪を頭上から掴まれて、顔を無理やり上げさせられた。

ぶちぶちと、数十本単位で髪が引きちぎられたのだろう、痛みでまた涙があふれる。



「なに……を?」


「お前の悪事は、すべて白日のもとにさらされたということだ。王都から追放だ。二度と立ち入ることは許さん」


追放? 王都? どうでもいいから髪から手を放してほしい。痛みでまともに思考できない。

なんか偉そうに喋ってるけど馬鹿じゃないの!


「貴族籍剥奪も考えたが……特別だ! 相手を斡旋するから、婚姻を彼と結ぶのであれば平民落ちは許してやろう! 貴様が最も嫌う、騎士カルフとな!!!」



……はい? カルフって、誰?





警官に拘束される凶悪犯のように床に押さえつけられ続ける。なんか痣になったところから熱が出てきそうなくらい待った。

圧迫しすぎて容疑者殺して殺人罪とかで訴えられてた警官がいた気がするんだけど。大丈夫なのかこれ。

うめいていたら背後の男はすこしだけゆるめてくれた。感謝はしないがありがとう。


涙だけはなんとかおさまったので、視界はクリアになった。

ほえー、キラキラしいわ、いまいる部屋。調度品もなんか高級そう。押し付けられてた床も、凝った絨毯敷いてあるし。世界遺産のなんちゃら宮殿とか、あんな感じ。




さらに待つことしばし、ガタイのいいおっさんが部屋にやってきた。


短く刈った黒髪に黒目で東洋顔、肌は浅黒い。まわりが西欧人のメンバーに突然日本人のラガーマンを混ぜたような違和感がすごい。

ヒゲ面でむさいが、背が高くて胸板がすごい。重量挙げか体操選手かという見事な逆三角形で筋肉の付き方が素晴らしい。


大きな熊っぽいかな。顔の輪郭がやっぱり黒いヒゲで埋まってて、年齢がよくわからないけど三十半ばくらい……?


「騎士カルフ、お呼びにより参上しました!」


腕太い! なにあの上腕二頭筋と三頭筋! たぶん背筋もすごい。

やばい。あの腕に抱きついたままひょいっと事も無げに持ち上げられたりしたらたぶん濡れる。


それまで部屋にいたのは細マッチョとガリばっかりだったからイケメンでも喜べなかったのに。



騎士カルフさんが、ちらっとこっちを見てわずかに眉をひそめた。そりゃ、年若い女性が男に組み敷かれてたら何かと思うよね。まっとうな感性をもってそうな人が来てよかった。

ついでにできれば止めるように言ってやってください。立場が下っぽいから無理かもしれないけど。


続けて、なんかいかにも聖職者っぽい痩せたお爺ちゃんも部屋に入ってくる。呼ばれたのかな?




「ここにいる、エリザベート=ラング伯爵令嬢を娶れ。王命である」


「……は?」


「王命である」


「ははっ。承知いたしました。……なにゆえに?」


「説明はあとでよかろう。手続きを先に済ます」


いやよくないだろ。

そう思っても立場が弱いこちらとしては、口は出せない。騎士カルフさんも文句を言わない。なんだかよくわからないうちに、書類がさくさくと処理されていく。



……文字が読めない。なんか騎士カルフが先にサインしたっぽい書類を渡されたけど、婚姻届?

ごわごわざらざらするけど羊皮紙かなこれ。やたら飾りのついた服装といい、なんか変なの。


書類を前に困っていると、サインを拒否していると思われたのか、親指に赤インクをつけられて書類に押し付けられていた。いや拇印でいいのそれ!?


しゃしゃって書かれた格好いいサインと拇印が縦に並ぶ。違和感すごいんだけどいいのかな。


聖職者(仮)のお爺ちゃんが、前に立って指先を大きく揺らしながらなんかモニョモニョ言ってる。

うわ、なんか天井から光が降ってきた!



「ここに、騎士カルフと、エリザベート=ラング伯爵令嬢との婚姻が成立した!」


え、このヒゲ熊騎士の人、もう私の旦那さまなの?

というか、実家にも連絡せずに勝手にしちゃってもいいものなの?

あれ? わたし王都追放だよね。旦那さまも一緒に追放?





29歳のOL。社畜。死因不明だけど過労死とかそのあたりが有力。ここ五年くらいは彼氏なし、オトコなし。

異世界に転生? いや憑依かな。いま伯爵令嬢らしいんだけど、産まれてからの記憶、まったくなし。

せめて記憶はなくても、常識くらいは欲しかった。貴族令嬢なのに読み書きできないとかありえない。会話はできるんだけど。

せめて記憶喪失みたいな扱いで、常識くらいはなんかきっかけがあったら徐々に戻ってくれたりするといいと思う。不便すぎるので。



憑依先が、なんかとんでもなく性格悪い悪女っていうか……悪役令嬢?らしい。で、冤罪とかじゃなく実際に色々していた。記憶ないけど。証拠もポロポロ出てるし捏造じゃなさそうなんだよなあ。

とはいえ、ただの貴族令嬢にそれほどの悪事ができるわけもないと思うんだけど。まあ犯罪っていうほどのものでもなく、軽めのいやがらせだよね。女性によくあるやつ。相手が貴族だから問題になってるだけで。


断罪してる国王様?とかの話を聞く限りではエリザベート、性格はきつくて最悪なんだけど、私の視点から見るとやってることは結構可愛くて笑いをこらえるのが大変だった。さすがにここで吹き出したりしたらまずい。自分(仮)のしたことやぞ!



で、断罪されたと。


それで、国王様の慈悲で、それまでエリザベートが蛇蝎のごとく嫌っていたヒゲ面の独身騎士と婚姻を結び社交界から離れてまっとうに生活することで罰となす、と。



ありがとうございます!!!

ありがとうございます!!!



いやもう、自分のしたことじゃないというか記憶もないんで反省もできないし、真摯に贖罪しろとか言われても困る。絶対バレる。

ギロチンとか一生出られない修道院とかに送られたら最悪だし、性奴隷とか娼館送りも避けたい。死ぬくらいなら娼婦のほうがマシかも知れないけど、この世界の娼婦が向こうの先進国並み待遇とも思えない。いつまで五体満足でいられるかわからない。性病も怖い。やりたくない。



マッチョさんと結婚して養ってもらえるなら大歓迎です!


家事は……家電とか水道とかないだろうからわからないけど、騎士様の奥様なら自分でやらなくてもいいかもしれないし、即戦力でなくてもいいなら覚えることもでき……できる、と思うよ?


話を聞いてる限りじゃ、実家の伯爵家にも居場所なさそうだしね……。

は? 実家とは縁切りなの? それ確定?

つまり私本人は平民並みで、騎士爵夫人でギリギリ貴族扱いなわけね。


平民もいいのかもしれないけどパソコンもないし読み書きもできなかったら、極貧生活の果てに結局オンナを売る未来しか見えないよね。せちがらい。



結婚でどうかよろしくお願いします!!


もらえる以上の愛はお返しする所存。



そもそも、以前のエリザベートがなんで嫌ってたのか知らないけど、部屋に入ってきたときの反応とか、澄んだ瞳とか顔つきとか見る感じ、悪い人じゃないと思うんだよね騎士カルフ。

すさんだ感じはしないし。


マフィアとかヤクザじゃなくて、自衛官とか警察官とか、そういった守る側の暴力行使する人の雰囲気。

この世界の騎士がどんな立場なのかわからないけど、たぶんまっとうな人なんだと思う。上には逆らえないけどできるだけ平民を守りたい系というか。


声は低くて太いけどイケボだし。


まあ身体動かす仕事だと思うので、たしかに汗臭くはある。でも酷い匂いじゃないから私的には大丈夫。

エリザベートが、単にむさいマッチョが嫌いだったとか、そんなオチじゃないのかな……。

というか、そうであってほしい。カルフの変態性癖がバレててとかだったら泣く。


ちょっと疑ったけど、エリザベートが実はツンデレとか、嫌ってるふりをして今の状況に持ち込みたかった(計算通り)とか、そういうのではないみたい。騎士カルフさんの困惑っぷりがすごいからね。

愛想よくしてるわけでもないのに、信じられないものを見るような目つきで見られてる。どれだけ塩対応だったのエリザベート。


たぶん、エリザベートにとっては生理的にダメとかいうあれ、だったんだろうね。特に十代の娘さんなら、むさいヒゲがとか大男とかマッチョ絶対ダメって層はいるからね……仕方ないね。


私で言えば、腹黒眼鏡だな。そう、いまこの部屋にいる一番偉い王様の横にいるお前のことだよ!

人を陥れて殺したり踏みにじるインテリヤクザの目つきだよあれ。私のことを虫けら以下だと思ってるキモいその目でこっち見るな! 絶対指揮官に選んじゃダメな、ここぞってときに一番愚かな選択肢選んで自滅しそうな気配あるんで寄ってこないでね、虫けらさん。



旧エリザベートが騎士カルフを嫌っていても、私は気にしない。そもそも記憶が欠片もないし感性も別みたい。むしろこの場で一番好感度が高いまである。


だって、ちゃんと女子として丁寧に接してくれてる。

私を床に押し付ける騎士とか、それを黙認するような王様とか、以下略とか、いくらイケメンの細マッチョでも金輪際関わりたくないね!



ここは封建的世界なのかな。

王様、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵みたいな。


騎士ってことはカルフってば下っ端? 単純な腕力なら誰よりも強そうではあるんだけど。

でも一応貴族扱いなら、全人口から見たら上位数%の勝ち組だよね。しかも貴族貴族した社交とか免除で田舎に隠遁。ありがたい……。



ここは定番なら、RPGゲームの世界とか、乙女ゲームの世界とかか。

悪役令嬢がいるなら、乙女ゲーム?

やったことないんでわからないわ……。

大魔王サマ復活とか世界滅亡回避系じゃないことを祈っておこう。たぶん、私にできることはなにもない。


ネット小説に出るような乙女ゲームなら、もうこれエリザベートはシナリオから退場だからね。


ナレ死とか、その系。まあ死んではいないけど。ナレ婚?

変態の後妻とか妾とかでないぶん、まともというか、一応実家に配慮とかしてもらえてるのかもしれない。

偉そうな(たぶん本当に偉い)王様、ありがとう。




この世界の礼儀やマナーがわからない。


部屋から退出するときにお辞儀をしたら不思議そうに見られた。

いやカーテシーとか、言葉は知っててもどうやるのか知らないし。無理。


身体に刻まれた常識の記憶さんが戻ってくれることを期待したい。エリザベートの人格や記憶はどうでもいいや。



身支度をする部屋を貸してもらった。顔に痣があるとメイドだか侍女だかの格好の女性から言われたけど……回復魔法とかないの? 濡らしたハンカチでも当てとく?


いやそれよりも、さ。

かなりしっかりした鏡があったんだけど……。



なにこの超絶かわいらしい金髪碧眼の美少女……美女……? いや、背伸びした感じの化粧があれだけど、顔立ちはまだ幼い感じが残ってる。やっぱり美少女じゃない?

髪もつやつやのさらっさらで、肌はもちもちすべすべで、いかにも磨き上げてきましたっていう。


ふわっふわの北欧系の妖精さんみたいなのいたよ。


そしてちっこい。ロリですよ。でもスタイル結構いいぞ。さすが白人系。

胸は……うん、日本の私と同じくらいかな。

ごめんすこし盛った。たぶんいまのほうが一回りは大きい……。


腰が細いのはたぶんコルセットなんだろうから当てにはならないけど、あまり苦しくないからもともと細いんじゃないのこれ?


こんなんチートやん……。



これで悪女とか、頭おかしい。貴族令嬢でこの容姿なら悪いことなんてしなくても一生安泰でしょこれ。なにがあったのさ。

見た目だけならどう考えても悪役令嬢じゃなくて、ぽわぽわ王女さま枠だよ。


確かに目つきはきついけど、頬をぐにぐに揉みながら微笑んだら柔らかい表情もできた。いける。


鏡のなかに天使がいる……。いや待て、それは私だ。




エリザベートさん、歳は15歳(この国では成人済み)らしいんだけどさ。

あのヒゲ熊騎士さん28歳(意外と若かった)と、このロリ美少女の組み合わせ、犯罪的。



騎士カルフ、これ大勝利じゃない? こんな嫁を嫌がらせでもタダでもらえるとか。

美少女の中身は、どっちも外れだけど……。でもこの見た目なら性格なんてどうでもいいと思っても許されると思う。中年以上ならたぶんそう思う人いっぱいいる。傾国だよ。絶対溺れる。


娼婦なら処女を散らせる権利が背の高さまでの金貨とかでもおかしくないよね。

やばい、そこだけ王様に与えられるとかだったらどうしよう。


……まあ、そのときは割り切ろう。我慢我慢。犬に噛まれると思って。

対価が有料になるよう交渉して、半分を騎士カルフに貰って生活費に当てて、残りを孤児院とか教会に寄付して媚び売れば、悪評も多少マシになるかもしれない。


向こうの世界でだって、処女を1万円で買いますとかはないわーと思っても、1000万円だの一億円だの言われたら拒否できる人少ないだろうし。

どのみちいつかはなくなるんだよ。



もう夫婦にもなっちゃってるから、この世界でヒゲ熊騎士さんとあれやこれやして、授かった子供を産んで育てて生きる人生ってことだよね。

さすがに白い結婚とかはないだろうし。


大丈夫かな。初夜とか夜の営みとか夫婦生活とかあるのに。


なにしろあのがっしり熊さん×ロリ美少女なわけで。

15歳ならまだ多少背は伸びるかもしれないけど、ここから女子バレーボール選手並みになるとはとても思えないし。



アレが入らなかったらどうしよう。夫婦の危機だよ!

身体に比べて小さいかもしれないけど、逆に大きいかもしれないし。というか大きい可能性のほうが……。

どう頑張っても入らなくて継嗣ができなくて離縁とかも嫌だなぁ。


……素直にそれと騎士カルフに相談すればいいか。向こうだって、大きすぎたら入るかどうかわからないって認識はあるだろう。無理やりするようなタイプには見えない。小さければ問題ないんだし。


できればぴったりサイズくらいを期待しておきたいけど。



どうしよう。

ちょっと緊張してきた。

さすがに初夜で裂けて出血死とかはしたくない。恥ずか死すぎる。



助けて性の女神様!

いるかどうか知らないけど!


もし騎士カルフのアレが大きすぎたら、『大きいアレでも無事に挿入できる』スキルとかください!



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断罪された悪役令嬢は、嫌っていたヒゲ熊騎士に与えられました。 尾張のらねこ @owarinoraneko

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