最終話 傘の日
~ 六月十一日(金) 傘の日 ~
※
都合よく、強引に理屈をつけること
天才。
この世には稀に。
俺のような天才が出現する。
すえは博士か大臣か。
そんな俺が持つ、他の誰にも真似ることなどできぬたぐいまれなる能力とは。
「屁理屈っ!!!」
「そう何度も褒めるな。さすがに照れ臭いぜ」
……昨日は。
素敵な結末とか叫んで感動してたくせに。
一晩過ごして冷静になると。
誰もが、なんかおかしいんじゃねえかと首をひねりだす。
「ちょっ……、あのね? もっぺん説明してくんないかな?」
「なんだよ。夏木はこの素晴らしい屁理屈が不服なのか? だったらやめっか?」
「いやいや! いいの! 逆転三点シュートとかいらんの! でもなんか意味分かんなくて……」
体育祭明けの放課後は。
みんな揃ってお祭りムード。
それぞれ、一緒に戦った仲間となんとなくつるんで。
打ち上げ会に出かける算段がそこかしこ。
思えば、昔の俺は。
こういう雰囲気が大っ嫌いだった。
だって、どこのグループにも誘われねえから。
自分へのご褒美に、百円ケーキを二つ買って。
凜々花と一緒に食べることしかできなかったから。
そんな俺と、恐らく似たような体験をして来たこいつ。
今日は、慣れない打ち上げ会に参加するに当たり。
「お、お使い物はどのタイミングで渡せばいいのかな……」
「人数が多い時は玄関先がベストだな」
何を血迷ったか、人数分の菓子折と称して。
コンビニ袋満載のお菓子を抱えているんだが。
お前、覚えてるか?
今日の目的地、ケーキバイキング。
それじゃ、登山に行く時に。
サービスエリアで遭難するようなもんだ。
……なんで車って見つけにくいんだろうな。
「ちょっと保坂ちゃん! 早く教えなさいよ!」
「お前だけだぞ? 理解してねえの」
「そんなこと無いわよ! みんなも分かってないわよね!」
きけ子の剣幕に。
俺たち以外の四人は、揃って苦笑い。
「ちょっとどういう事よ! 優太だって意味分からないって言ってたじゃない!」
「いや、意味は分かってるんだ。納得できねえってだけで」
「佐倉ちゃんは!?」
「うんうん! ほんとに分かってないのは菊花ちゃんだけだって思うよ?」
「うそ!?」
うそじゃねえ。
お前だけだ。
俺の華麗な屁理屈を理解できてねえのは。
……窓の外。
急に降り出した雨が小気味いいテンポで窓を叩く。
俺は、カバンから折り畳み傘を出しながら。
これ以上、どう丁寧に説明すればこいつに伝わるのか。
もう一度、ゆっくり考えてみることにした。
佐倉さんが約束したのは。
自分たちが負けたら、秋乃とアイドルのパートナーを辞めるってこと。
これは、佐倉さんが一位になったから。
約束は不履行だ。
そして、どうして佐倉さんたちが一位になったのか。
それは、二人三脚のルールに基づいている。
転んだ場合。
転んだ位置まで戻って走り直し。
つまり、まさかとは思うが。
バカな男子がヘッドスライディングなんかした場合は、跳んだ場所から走り直しになるってことだ。
……でも。
俺が約束したのは、最初に俺たちのチームがゴールラインを越えること。
これは成し遂げたわけだから。
秋乃との仲もこれまで通り。
「うそようそうそ! 王子くんはあたしの味方よね!?」
「あっは! 仮に理解してないとしても、夏木ちゃんの側につく気はないね!」
「酷い!」
「ほら、ぎゃーぎゃー騒いでねえで。とっとと行くぞ?」
「なんでそんなに意地悪なのよ! あたし、一番の功労者のはずなのに!」
そう。
最後のピースは、きけ子が埋めた。
きけ子が約束したのは。
もし自分より先に秋乃がテープを切れなかったら、口きかなくするってこと。
「安心しろよ。お前にも分かるように、もう一度ゆっくり話してやっから」
「優しい言い回しがむかつく!」
「厄介だなてめえは。カップしかねえ時のティーバッグか」
「あたし猫舌だから、最後にんがくなるのよねー」
「にんがくなるよな」
「うん。……あれ? 何の話だったっけ?」
「早く帰る準備しろって話だろ」
ああそうかと。
机に散らばってるものを鞄に押し込むきけ子を。
みんなは笑ってるけど。
その背中を見つめる瞳は。
優しさと、感謝に満ちていた。
スポーツマンとしての矜持。
こいつは、それをあっさりと折って。
秋乃との友情を取ってくれたんだ。
「しっかし、長距離で負けて短距離で負けて二人三脚で負けて……。次は絶対勝つからね?」
「うん……。でも、ルール的には、夏木さんの勝ち……」
「あたしが秋乃ちゃんより先にゴールしなきゃ負けなのよん! そもそも、約束だってそう言ったし!」
「そう、ね? でも、口をきかなくならなくて良かった……」
「確かに!」
あっけらかんと。
楽しそうに笑うきけ子が。
わざとゴール前でスピードを落としたことは。
みんな、分かっている。
真剣勝負だったから。
ちょっとした違和感が。
お互いに、手に取るようにわかったんだ。
丸裸な心と心。
ぶつかり合って溶け合って。
だから、今。
お腹の底から笑い合える。
そう、二人は。
本当の友達に…………。
「よっし準備オッケ! 行くよ! 秋乃ちゃん!」
「う、うん……。きく、夏木さん」
そうね。
さすがはフルアーマー人見知り。
秋乃が、名前で呼ぶまでは。
あと、半年くらいかかるかな。
「じゃあ、いざ行かん! ケーキバイキング! 傘ねえけど!」
「あっは! ボクもないや!」
「あたしは持ってるけど……」
「俺も持ってないぞ?」
「え……? それ、困った……」
困り顔をこっちに向けた秋乃が。
俺の持つ折り畳みをじっと見つめる。
……相合傘。
男にとって。
憧れのシチュエーション。
ドキドキするほどのチャンスだが。
ここはさすがに空気を読んで。
涙を呑もう。
「ほれ。夏木と使え」
「う……、うん!」
この一ヶ月。
何の進展もないまま過ごしたけど。
やっぱり。
意識はしているようで。
心の下唇をぎゅっと噛み締めながら。
秋乃みてえに、笑顔の仮面を張り付けて。
折り畳み傘を手渡してやったら…………。
「じゃ。ピンクは立哉君が使って……、ね?」
「うはははははははははははは!!! お前のと交換してどうすんだ!!!」
訳の分からんトレード。
ひとしきり笑った後。
秋乃はどこか嬉しそうに先陣を切る。
「……おお。最初のチーム分け」
「ほんとだな」
そして俺たちは。
六人が三つの傘。
仲良く二人三脚で。
打ち上げ会場へ向かったのだった。
……そう。
相合傘じゃない。
これは二人三脚。
これは二人三脚。
「てめえ! もっとこっちに寄せろ、傘!」
「女もんってちいせえのな」
断じて違うから。
相合傘じゃねえから。
携帯こっち向けんじゃねえよ、仲良し四姉妹。
――スポーツには。
いくつもの意味があって。
そんな中でも。
学生にとっての運動系部活とは。
頂点という言葉を旗印に。
皆で切磋琢磨することによって。
健全な精神と身体を。
そしてかけがえのない友人を作るための物なんだと思う。
でも、そんな世界だからこそ。
時には、身を引き裂くほどの葛藤が生まれることがある。
例えば、レギュラー争い。
例えば、期待に応えきれない苦悩。
いくら身体を苛め抜いても。
苦しいトレーニングに耐えても。
そんな努力が。
主たる目的の、友情を破壊することに繋がることもあるだろう。
……そんな時には。
どちらを取るのが、スポーツとしての正解なのか。
必死にもがいて勝利のために友情を捨てることなのか。
友情のために大人しく身を引くべきなのか。
そんな苦悩を与える神よ。
俺は。
今はこう思う。
一番頑張った人に。
一番苦しんだ人に。
勝利を。
友情を。
約束できないのならば。
これからも。
この、屁理屈の天才を頼ってくれ。
そうすれば。
お前が一番見たいって願ってる。
こんな幸せな景色を。
見せてやることができるからな。
秋乃は立哉を笑わせたい 第13笑
=気になるあの子と、
スポ根してみよう!=
おしまい♪
秋乃は立哉を笑わせたい 第13笑 如月 仁成 @hitomi_aki
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