二話

 それから一週間が経ち、俺たちは定期集会のために〈秋桜〉本部に向かった。

 俺たちが〈秋桜〉にいるのは今日で最後である。隊長は、決行日を明日に決めたのだ。

 十五番隊がこうして揃って本部に向かうことは稀だ。烏はだいたい十五番隊の家に来ないし、白鷺も、帰って来ても一泊だけして仕事に戻ってしまうことが多く、タイミングが合わない。

 本部に到着してすぐ、すっかり仲良しになった三番隊のメンバーが、俺たちに声をかけてきた。

「よう、珍しいな、全員いるなんて」

 三番隊の隊長、〈山吹〉と、副隊長の〈黄金〉だ。

「お久しぶりです~」

 白鷺がのんびりと言った。黄金が「おう!」と大きな声で挨拶を返した。

「もしかして、戦闘服の調整に来たのか? 確か白鷺と烏がまだだっただろう」

 山吹はあえて作戦とは全く関係のない話を振ってきた。隊長はそれに乗って答える。

「ううん、たまたま全員揃ったから、全員で行こっか~って話になったの。でも確かに、ついでに二人の服の調整もやってもらったらちょうどいいかも」

 この二年の間に、十五番隊は戦闘服を新調してもらったのだ。全員、夜闇に溶ける黒色が基調で、十五番隊の象徴である龍のバッジやワッペンをどこかしらにつけた、統一感のあるものだ。形状はそれぞれの戦闘スタイルに合わせている。

 俺は袴をアレンジしたようなものだ。黒基調だが、帯は俺の目の色と同じ暗い青色。刀は抜きやすいように、腰の両側に一本ずつ差している。背中にはコードネームである狐の模様と、帯の端に十五番隊の印である龍の模様が描かれている。狐は刀の本数に合わせて二匹いる。絵が描けない俺に代わって隊長がデザインしてくれたものだが、さすがは隊長、俺の思っていた以上にカッコよくしてくれた。

 隊長は──なんというか、全身真っ黒という感じだ。いや、みんなそうなのだが、隊長の場合は服と鱗の色が同化して、余計に真っ黒という印象が強い。形状は以前と変わらないただの戦闘服だが、二ヶ所ほど変更されている。一つは、首元にある余り布。これを引き上げると首から口元を覆い隠すマスクになる。マスクをした隊長はもはや闇そのものでちょっと不気味だ。もう一つは、隊長のバッジのみアレンジされていること。龍の背後に狼がいるデザインになっているのだ。隊長は何も言わなかったが、深い意味が込められているのには違いない。

 黒狐と涼子は魔術師が好んで着るローブのようなものだ。涼子はタイトな戦闘用スーツを着て、その上にローブを羽織っている。手には魔方陣が描かれた手袋をはめている。この魔方陣は召喚術をスムーズに発動するためのものらしい。

 涼子には五体の使い魔がいるらしい。俺が以前見た「メーロズ」、炎を纏った鳥の「ホウオウ」、青い猫のような「ケイシー」、角の生えた白い馬「キリン」、それから唐突に俗っぽくなるのだが……「スライムくん」。スライムくんは、肉塊に目玉が大量に付いたかなり気味の悪い外見の怪物だ。およそ「スライム」とは程遠い見た目なのだが、涼子はあろうことかそのスライムくんをいとおしそうに撫でながら「この子はとてもいい子なの」などと言っていた。

 黒狐のは裾に暗い金色のラインがあり、そこに神界の文字が刺繍されている。曰く、黒狐が持つ特殊な能力「万物召喚」を表す言葉らしい。ダメ元で何だソレ、と訊くと、あっさり答えてくれた。

「ふつう、召喚つったら魔物しかできねえけど、俺の場合は武器とか『命のないモノ』を召喚できるんだよ。条件付きだがな。便利だろ」

 確かに、そう言えば黒狐はどこからともなく色んな武器を出しては使っていたような。どうやら、神族にはそれぞれそういう特殊な能力があるらしい。

「ちなみに龍神は『青史記録』。手を使わずして文字を書く能力だな。まあ、要するに魔力のみで〈龍王の書〉を書く能力だ」

 クソ几帳面なアイツらしい能力だわ、と黒狐は呟く。几帳面……なのだろうか。俺にはあまりわからない。

 白鷺と烏はまだデザインすら決めていない。これから決めるらしいが、白鷺はともかく、烏がやけに渋るのだ。「僕は戦うの嫌いなので」と、「特殊戦闘班十五番隊」にあるまじき発言を繰り返している。「烏くんはねぇ、自分の利にならないことは絶対にやらないんだよ」と隊長が言っていたが、それ以上に本気で戦闘を嫌っているような感じがした。

 それは今も同様で、烏は本当に嫌そうな顔で隊長を睨みつけている。

「……僕のことはお気になさらず」

「だーめ。烏くんこれからずっと十五番隊のお家にいるんでしょ? 任務もちゃんとやってもらうよ」

 あくまで俺たちの脱出作戦が外に漏れないよう、隊長はうまくカモフラージュして言った。烏は憮然としていたが、すぐにいつもの冷笑を浮かべた。

「尊き王の血族の仰せなら、仕方がありませんね」

 強烈な嫌味に、隊長は口を一文字に結んで目を平らにする。俺は思わず烏を睨んだ。

「お前な」

 そんな俺を遮って、白鷺が烏の両肩にポンと手を置いた。烏はぎくりとして、身を強ばらせた。

「隊長をいじめちゃダメだよ~?」

 白鷺は微笑んでいるが、その瞳には有無を言わせぬ鋭いものが。

「そうだ、烏、お前辞めたって? 警察」

 山吹が口を挟んだ。烏は何とも言えない顔をして、「まあ、はい」と曖昧に返す。

「え!? なんで!? 嘘だろ!?」

 黄金がまたもや大声で驚く。他隊にまで驚かれることなのか、と俺は別のところに驚いた。

「なんで辞めたんだ?」

「色々ありまして」

 烏は言葉を濁す。山吹はそれ以上のことには触れず、「ま、お前ならそのうちまた復帰してそうだな」と肩をすくめて笑った。

「じゃ、烏くん、そろそろ技術班のところ行こっか」

 白鷺が言って、烏の返事を聞く前に歩き出した。烏はため息をついて、渋々といった風に続いて行ってしまった。

「あれ、黒狐さんと涼子ちゃんは?」

 隊長がきょろきょろと辺りを見回した。俺も探してみると、いつの間にか二人は向こうの方で十番隊と話をしている。

「あそこにいるけど」

「そっか、ならいいや」

 すると、どこからか「山吹隊長」と声がした。声の方を見ると、三番隊の隊員、〈似紫にせむらさき〉がいた。

「〈瓶覗かめのぞき〉くんが、お話があるとかで山吹隊長を探していまして」

「おお、そうだった。約束していたのに、うっかり忘れていた」 

 山吹はおおらかに笑い、俺たちに軽く挨拶をして、黄金と似紫と共に去っていった。残された俺と隊長は、とりあえず空いているベンチに座った。すると、向こうから十四番隊のヤナギがやってきた。

「よう。久しぶりだな」

「あ、ヤナギさん。あれ? アヤメちゃんはいないの?」

 隊長は周りを見渡す。確かに、ヤナギはよくアヤメといるのを見かけるが、今日はアヤメの姿がない。落胆のような安堵のような……。

「アヤメはちょっと前から〈桜〉への潜入任務でいないぞ」

「ええっ!? アヤメちゃんは大学に行ってるんじゃ……」

 隊長が目を丸くする。

「はは、お前ホント世間知らずだな。大学は去年に卒業しちまってるぞ。もう院含めて六年も通ったんだからな」

「そうなんだ……でも、潜入任務って危険じゃないの?」

「お前が言うか? まあ、危険は危険だが、これが十四番隊の任務だからな」

「そっか……順調にやってるといいね」

 隊長は不安げに言った。不穏なものを覚え、心がズシリと重くなる。無事ならいいのだが、下手すると隊長みたいに酷いことをされかねない。

 ヤナギが去ったあと、隊長が長いため息をついて、俺の方を向いて言った。

「最後くらい、アヤメちゃんとお話したかったね」

 俺への慰めなのか単に自分がそう思っているだけかは知らないが、余計に心が沈む一言である。

「まあ……二度と会えなくなるわけじゃないし……その」

 俺も短くため息をついた。

「未だに告白すらできてない俺……意気地無しすぎていっそ諦めたほうがいい気がする……」

 これを隊長にボヤいてしまうあたりが、男としてダメな気がしなくもない。隊長はへにゃりと悲しげに笑って、うつむいた。

「なんかその、ゴメンね?」

「ん? ああ、別に仕方ないだろ。隊長と離れたらそれこそ俺が殺されそうだし――」

「いや、そうじゃなくて……」

 隊長はモゴモゴと言い淀み、

「――実はさ、気づいてたんだよね。アヤメちゃん、僕のこと好きなのかなって」

 一拍、いや十拍くらいの間。

「うっそ……!? んん!? えぇええ!? ちょい待ち!! お前が!? お前も気づいてたの!?」

「ほ、ホントにゴメンね、邪魔してたつもりは無いんだけど……!」

 隊長はあわあわと手を振るが、邪魔だとかそんなことより何より隊長がキチンと気づいていたというところが驚きだ。

「え……? いつから……?」

「……ほら、あの……王宮から〈秋桜〉に帰ったとき? あのとき、十四番隊とちょっとだけお喋りしたでしょ?」

「俺とおんなじタイミングじゃねえか!」

なんたる奇跡――いや、悲劇と言うべきか。隊長はますます焦ったように「もっと早く言えば良かった……?」と尋ねてきたが、そんな問いに答えられる余裕もなく。俺は項垂れ、手のひらで顔を覆った。

「もう俺諦める……縁なんて無かったんだ……こんな剣道バカでうるさくてカッコよくもない奴が女の子とお付き合いできるわけなかったんだ……十年前からわかってたのに……」

「イ、イツキくん……!?」

「想いを伝える甲斐性もなけりゃデートで上手くリードできない奴なんか付き合って何が楽しいんだっての……そうだ俺みたいな彼女いない歴イコール年齢で当然童貞で話もつまらないし落ち着きもない男なんか……」

「なんか童貞って聞こえたんやが」

 隊長とは別の声が振ってきて、俺は思わず飛び上がった。

「うわぁあっ!?」

 俺の叫びに、隊長がギクリとする。黒狐がニマニマと嫌な笑みを浮かべて立っていた。涼子が後ろからついてくる。

「何があったんだ、え?」

「うるせぇ! あっち行けよォ!」

「えっ、酷くね?」

「今のイツキくんに話しかけちゃダメ!」

 隊長がボカボカと黒狐の胸を殴る。黒狐は「痛ぇよ」と言いながら隊長の頭を小突いた。

「一体何があったんだよ」

「黒狐さんは知らなくていーの! 早くあっち行って!」

「余計に気になるじゃねぇか、おい」

 そのとき、放送アナウンスの音が鳴り響いた。ホールが一瞬で静まり返る。

『十五番隊隊長、今すぐ会長室へ来い。繰り返す、十五番隊隊長……』

 アナウンスの声は、冷淡で、どこか緊張感を帯びていた。思わず俺たちは顔を見合わせた。まさか、脱走計画がバレたのだろうか。隊長は一変して険しい表情を浮かべていた。

「……僕だけ、呼ばれた」

「隊長……」

 俺はぐっと力を込めて隊長を見つめた。隊長は困ったように眉に皺を寄せていたが、くるりと俺たちに背を向けた。

「隊長!」

 強い口調で涼子が引き留めた。隊長は振り返って、うっすらと笑みを浮かべた。

「大丈夫。きっと次の任務の打ち合わせか何かだよ」

「んなわけねえだろ。絶対何かあるぞ。俺も行く。副隊長の俺なら一緒に行ってもおかしくねえだろ」

 黒狐が隊長の隣に出るが、隊長はそれを制して、また厳しい顔になって言った。

「呼ばれたのは僕だよ? 本当にただの打ち合わせとかだったらどう言い訳するの? ……僕たちの計画は、絶対に知られてはいけないんだよ」

 隊長は小声で言う。黒狐はしばらく黙っていたが、一つため息をつき、ポケットから携帯電話を取り出した。

「俺と電話を繋いでおけ。何かあったらすぐに行く」

 隊長は頷き、自分の携帯電話――二年前に新しくしたものだ――を操作して電話を繋ぎ、ポケットにしまった。そして、再びきびすを返すと、ホールの先に消えていった。

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黒龍の詩 うたかた あひる @ryuuounosyo

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