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 それからの隊長はなんだか忙しそうだった。会長から定期的にかかってくる電話を警戒しつつ、やたらと色んなところに電話をかけていた。その電話相手の中にはアヤメも含まれているようだった。隠語だか暗号だかで喋っているから内容はよくわからない。「何話したの」と聞くと、「デートの約束じゃないから安心して!」なんて返されるのだから、たまったものじゃない。

 そうして二ヶ月ほどが経ち、周囲の景色が寒色に染まり始めた頃。突然、三番隊と十四番隊のメンバーが十五番隊の家に訪問してきた。

「へぇ、十五の家ってこんな感じか」

「お邪魔しまーす!」

 ヤナギとアヤメだ。全く心の準備ができていなかったので俺は冷や汗をかきまくった。

「懐かしい場所だな」

「そうっすね!」

 三番隊の隊長、〈山吹やまぶき〉と、副隊長の〈黄金こがね〉だ。戦闘班なので、俺たちとはよく任務で一緒になる。

「懐かしい?」

 俺が首を傾げると、山吹は頷いた。

「ああ。昔、山中戦闘の訓練のためにここを使っていたんだ。俺たちが訓練のためにこの家に来たら、フーマとウルフが入り込んでたのを見つけたのが十五番隊の始まりだな」

「そういえばそんな話も聞いたな……」

 今は亡きウルフが話していたことだ。

「それよりフーマ。早いこと話を終わらせてしまおう」

「あ、はーい」

 隊長は人数分のお茶を用意し、それからウルフの席――テーブルの真ん中の席に座った。このときいた十五番隊のメンバーは、烏と白鷺を除いた四人。

「十五番隊のみんなに、僕が電話かけたりして何してたかまだ話せてないから、今から色々喋るね」

 隊長はそう前置きして、ついに二ヶ月の成果を話し始めた。


 第一回十五番隊会議の直後、隊長のところに一本の電話がかかってきた。十四番隊副隊長、ヤナギからだった。

 「嫌な話をするんだが、どうか切らないで聞いてくれ」

 開口一番にそう言って、ヤナギは「何故会長は隊長を見捨てたか」について話したそうだ。

 黒狐や隊長が予想した通り、会長は怪しいところから多額の金を得ていたらしい。ヤナギがそれを知ったのは偶然の出来事からだった。

 隊長が王宮を襲撃したあの事件から数日後、ヤナギは〈秋桜〉本部で仕事をしていた。会計係と話しているとき、ふと明細書のようなものが目に入った。

 「オウキュウ」からの振込、その金額は、十億。

 あり得ないことだ。……オウキュウ、つまり王宮から振り込まれることは。

 王宮と金銭のやり取りをする際、そもそも「王宮」なんて名前は使わない。さらに〈秋桜〉は裏組織、表向きの名前を使うわけにはいかないのだ。「王宮」なんて名前で振込などしないはず。

 ヤナギはそれが気にかかって、十四番隊の独自ルートで色々と探ってみたらしい。すると「オウキュウ」はある一人の男だということがわかった。そしてその男から、「〈桜〉にフーマを連れ去らせろ」という命が下りていたことも判明した。

 そんなとき、さらにヤナギのところへ個人的な依頼が持ち込まれた。その依頼を持ち込んだのが、三番隊隊長の山吹だ。

 依頼内容は、「会長がなぜ〈龍〉を見捨てたか調べて欲しい」というものだった。

 驚いたヤナギは、山吹に「『オウキュウ』からの振込」の話をした。山吹はさして驚かず、「ならそれが答えだな」と苦笑していた。

 山吹がなぜこんな依頼をしたか。それは涼子と似たような理由からだった。

 隊長が連れ去られたあの日、山吹は会長の態度に違和感を覚えたそうだ。隊長をわざと一人で戦わせ、マザーに殺させようとしているかのように見えたらしい。結果はさておき、山吹の中には会長への猜疑心が生まれた。

 しかしそれを誰に相談するでもなく、しばらくずっと悶々としていたらしい。それを見かねた副隊長の黄金が山吹を問い詰め、山吹はやっとその猜疑心を他人と共有することができた。

 十四番隊にこっそり依頼をしようと提案したのは、黄金だった。


 隊長はすでに予想していたことだったので、電話の内容には全く驚かなかった。むしろ確信を得られて嬉しいくらいだった。

 隊長はそのまま三番隊に連絡、事の次第を全て話して、なんと〈秋桜〉脱出の協力を得られることになった。


 「と言っても、俺たちのできることは限られている。せいぜい頭数の水増しくらいにしかならんだろうが、できる限り協力してやるから、雑用でもなんでも申し付けてくれ」

 山吹は言って、苦笑いした。

「つかぬことをお訊きしますが、三番隊も〈秋桜〉抜けようとか思ってたり……?」

 俺が尋ねると、山吹は首を横に振った。

「いや、そうじゃない。俺たちは〈秋桜〉に残り、烏や白鷺とともに〈秋桜〉の中に革命を起こそうと思う」

「……革命?」

「ああ。簡単に言うと、今の会長を会長の座から追放し、龍神などという危険な人物に頼らなくとも運営ができるよう、〈秋桜〉を改良するんだ」

 へぇ、と俺は感嘆する。

「ん? それ、俺たちがわざわざ〈秋桜〉を抜けたりしないで、協力したほうが早いんじゃね?」

 黒狐が言ったが、隊長が「だめ」と言った。

「それじゃ龍神の目的はわからないままだよ。龍神の目的はあくまでも僕なんだから、〈秋桜〉で何かするなら、僕は龍神の目を逸らすためにも絶対抜けなきゃだし……。そこはみんなを信じて任せちゃったほうがいいよ。僕たちは人王に会いに行かなきゃ」

「まあ、そうだな」

 黒狐は頷いて引き下がる。

「烏くんは〈秋桜〉を潰したいって言ってたけど、あれは要するに、烏くんは警察だから、〈秋桜〉のメンバーだと色々不都合なだけなんだよね。だから潰しちゃおーって話。烏くんは半魔だから、どうしても〈秋桜〉に頼らざるを得なかったんだけど、今の烏くんは警察の中でもすでに半魔だって知られてて、その上でお仕事してるから、もうわざわざ〈秋桜〉に頼らなくてもいいんだって」

「へー。それ、よく警察が認めてんな。だって人食い魔ってことだろ……?」

 実際烏が人を食ってるところは見たことがないのだが。

「烏は優秀だからそれでチャラにしてんだってさ。警察は深刻な人手不足に悩まされてるからな。一応、人を殺さなくて済むよう、病院だとかに手配してもらってるらしいぞ」

 黒狐が俺の疑問に答える。隊長が頷いて続けた。

「烏くんは〈秋桜〉を抜けて暗殺者に追われるのが嫌だったんだよ。なら〈秋桜〉自体を一新して、追われないようにすれば烏くんも納得でしょ? だから三番隊と十四番隊の人と一緒に行動することになったの」

「あー、なるほど。その革命が成功して、〈秋桜〉が新しくなったら、俺たちが新しくなった〈秋桜〉に戻ることも可能になるのか」

「そうだね、そうなればいいなぁ」

 隊長が頷く。そこで山吹が不意に立ち上がって言った。

「十五番隊隊長。三番隊は、十五番隊とよく同じ戦場で共闘してきた。その中で十五番隊は特に、一番危険な仕事を引き受け、なおかつ我々を仲間として助けてくれたことも多くあった。三番隊はそうした恩に応え、五十人全員が協力に同意した。今後は慎重に他隊にも探りを入れ、協力者を増やしていこうと思う」

 山吹が鞄の中から、紙を取り出した。そこにはその五十人のものと思われる名前がズラリと書き並べられていた。

「それは……」

「五十名全員のサインだ。俺たちの決意を表したものだと思って受け取っていただきたい」

 山吹の差し出した紙束を、隊長は手を震わせながら受け取った。

「そんな……ここまで……こんなに良くしてくれて、本当にありがとう……」

 まじまじと署名を眺める隊長の目に、じわっと涙が浮かんだ。俺は思わず隊長の背を軽く叩いて微苦笑した。そう、周りは敵ばかりだったこれまでとは違う。これからは、横を見れば味方がたくさんついている。

「生きててよかった」

 俺にしか聞こえない小さな声で隊長が言った。


 十四番隊は〈秋桜〉の情報を集めることにしたらしい。それこそ、龍神と会長の繫がりを突き止めたときのように、俺たちのような普通の会員じゃ絶対に調べられないようなことを探るのだ。好奇心旺盛な気質の十四番隊らしい決断である。

「それとなく情報を集めるのに長けた俺たちだが、もちろん限度はある。これ以上は危険だと判断したら、すぐに手を引かせてもらうことになるが……」

 ヤナギは申し訳無さそうに言った。隊長はそれに対して軽く首を振る。

「僕たちの動きが向こうにバレるようなことさえなければ大丈夫だよ。こちらこそ、協力してくれてありがとう」

「まずは私とヤナギだけで動くね。他のメンバーは快く協力してくれるかわからないから、様子を見て少しずつ引き込む形になるよ」

 アヤメがそう言って、隊長に向かってにっこり笑った。……妙にグサリと来る。隊長は当然、俺の傷心にもアヤメの気持ちにも気づいていないようだった。

 

 「りょーこちゃーん」

 隊長がキョロキョロと辺りを見回す。

「どこかに隠れてるのかなぁ」

「まだ制限時間内だからなぁ」

 黒狐が顎を掻きながら言った。

 そのとき、まるで大きな傘をさされたように、フッと雨が止んだ。上を見た直後、バケツをひっくり返したような大量の水が斜面上方から流れてきた。

 俺は足元を掬われてスッ転び、ぎゃっと短い悲鳴を上げた。目に水が入って地味に痛い。

「うみゃぁ!?」

 隊長の間抜けな悲鳴が聞こえ、バシャバシャと水を叩く音が続いた。俺は頭を降って水を飛ばし、「隊長!?」と呼びかける。

「俺の眼鏡どこだ!? 誰か!!」

 黒狐のやかましい怒鳴り声がすぐそばで響く。

「うるせえ! ロスに探してもらえよ!」

 俺は叫び返しながらごしごしと袖で目を拭って目を開けた。

 地面に転がった隊長のそばに、涼子が立っていた。唖然とする俺に涼子は片目を瞑った。

「フフ……私の勝ちでいいかしら」

「ひどい! 涼子ちゃんわざと僕の嫌いなことしてるでしょ!!」

 隊長がその場でジタバタと暴れた。

「戦いはいかに相手の嫌がるところを突けるかにかかってるのよ」

「おい、何がどうなってんだ」

 黒狐が目を糸よりも細くしている。足元でロスが眼鏡を咥えて黒狐を見上げていた。

「眼鏡あんぞー」

「んあ? お、サンキュー」

 黒狐は眼鏡をかけ、涼子たちの方に向き直り、ポンと手を打った。

「ああ、なるほど。こりゃ隊長への特攻技だなぁ」

「……今のが?」

 正直隊長なら頑張れば目を瞑ってでも戦える気がする。今のはいわゆるまぐれなのでは。

「いやー」

 黒狐がぽくぽくと手を叩きながら二人に近づいた。

「条件が良かったとは言え、こんなシンプルなので負けるとはなぁ。隊長の数少ない弱点を思いっきり突く」

「あのー、弱点?」

「黒狐さん!」

 隊長が制止するように叫んだが、黒狐の口は止まらなかった。

「隊長、かなづちなんだよな〜」

「……へ?」

「いやぁ、水が嫌いっつーか、頭から水被ると何もできんようになるんだな〜」

 黒狐はニヤニヤ笑っている。俺は硬直していた。

 隊長が? かなづち?

 隊長は〈秋桜〉の中でも最強クラスの戦闘能力を持っている。その隊長が、かなづち……?

「いや、隊長よく川とか池とかに出掛けてるよな……?」

「泳いでねえんだよ。釣りしてるだけでな」

 黒狐が少し馬鹿にしたように言った。隊長は犬みたいにぶるぶると頭を振って水を撒き散らし、黒狐に八つ当たりの頭突きを繰り出した。

「広めないで! もう! なんで隠してたのに黒狐さんまで知ってるの!?」

「そりゃあ、まあ、そういう秘密を言っちゃいけない相手に言ったお前が悪い」

「……ハッ……!? まさか涼子ちゃん……」

「私は誰にも言ってないわよ?」

「えっ……ああっ! 烏くん!?」

「これに懲りたら烏にだけは弱み晒すのやめておけな」

 黒狐は隊長にタオルを差し出した。隊長はむくれながらそれを受け取って、ごしごしと頭を拭いた。しかし雨のせいであまり水気はとれていない。隊長はぶるっと震えてからくしゃみをした。

「あー、そろそろ帰るか」

 俺は今にも風邪を引いてしまいそうな隊長を見て言った。隊長は鼻をすすりながらニヘラと笑った。

 一年。

 俺は家の方向へ足を向けながら思う。

 一年も何も無い。そんなはずはないのだ。

 俺たちはちゃんと準備をして、警戒も緩めずこうして訓練をしている。それでも不安は拭えないのだ。

 だけど、抜け目のない龍神のことだ。今だって何かしているはずで、だけど俺たちには龍神が何をしているのか知る術が無い。

 だからこそ、俺たちがそれを知る頃には、何もかもが手遅れになってしまっているのではないか――。


 そんな俺の不安は、さらに一年してから当たってしまうことになるのだった。

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