俺の婚約発表

 貴族は今アルカン侯爵家嫡男の婚約で話題は持ちきりだ。のらりくらりと婚約話を断っていた俺を射止めた女性はいったい誰だとうわさが飛び交っている。その噂を要約すると「容姿姉様似」だろうとのことだった。



 残念ながらと言っていいかはわからないが姉様に似ているわけではない。別のタイプの美しい人だ。




 そして、今宵は俺が婚約発表してから初めての社交の場だ。姉様は体調不良ということで欠席、ジョエルは出席するが一人、阿呆の王子はリディアーヌ嬢を連れ立っての出席だと聞いている。


 婚約者として深緋のドレスを贈った。ネックレスは俺の瞳の色であるアメジストをあしらったものを贈った。「リディアーヌ様と婚約したみたいだわ!」と相変わらずの喜び方をされたがはたから見れば微笑ましい婚約者同士に見えているだろう。


 麗しの婚約者殿を迎えにバルバストル邸に向かう。先日と同様にまた殿下を待った。



「お待たせいたしましたわ。本日はよろしくお願いします」


 俺が送ったドレスは想像以上に彼女に似合っていた。手を取り彼女を馬車へとエスコートする。


「ティナ、よくお似合いです。本日も美しい」


「まあ、お上手ですこと」


「私は貴方に嘘をつきませんよ」


 殿下は信じてくれていないが俺は美しいと思わない者のことを美しいとは言わない。エリアーヌ様の方が美しいですわと言われて苦笑いをするしかなかった。





♢♢♢




 今日は王宮で行われている社交パーティーだ。相変わらずふかふかとした絨毯の上を歩いていく。殿下の歩みに合わせて俺たちは入場した。ほう、というため息が聞こえてきた。男性陣は彼女の美しさに釘付けになっている。睨んでいる令嬢はおそらくアルカン家とつながりを持ちたかった家の者たちだろう。


 俺たちは一瞬のうちにこの場を支配したと言ってよいだろう。



 シャンパンを使用人から貰って殿下と乾杯をする。今のところ王太子であるエクトル王子が入場するまでは社交をおこなってはいけないというのが暗黙の了解だ。


 だから俺たちに話しかけたくても非常識に当たるため誰も話しかけられない。



 ジョエルが入場し、文字通りバカップルたちが入場してきた。ようやく社交開始だと鼻息を荒くして何人かが代わる代わる俺たちに近づいてきた。殿下は伯爵家の令嬢だと思われているため舐めた態度をとる人もいたがお手本以上のカーテシーを見て皆引きさがっていった。



 すると俺のもとに一人の令嬢が近づいてきた。幼馴染のバルバラだ。


「驚いたわ、アンベール。貴方に婚約者だなんて」


「俺だって人並みに婚約くらいする」


 バルバラは扇を広げて口元に近づけた。ふわりと微笑む。紹介してくれという意味だろう。


「紹介するよ。俺の婚約者、ティナだ」


「お初にお目にかかります。ティナ・マルヤ・バルバストルでございます。実家は辺境伯を賜っております」


 そういって殿下は今日何回目かわからないカーテシーを行った。


「私はバルバラ・エリゼ・アルナルティですわ。父は侯爵位を賜っていてアンベールとは幼いころから親しくしていただいています」


 別に俺の幼馴染だという情報を付け加える必要はないだろうと思ったが怒らせると面倒なので黙っておく。


「あら。そうなのですね。これから仲良くしていただけると嬉しいですわ。これからのアンベール様のことは知っていけても過去のアンベール様のことはわかりませんもの」


 殿下も扇を広げた。


「それはもちろん。幼馴染ゆえのお話も秘密もお教えいたしますわ」


 二人は笑いあった。もう打ち解けたのだろうか。さすがにそんな訳はなさそうだということくらい女音痴の俺でもわかる。


 俺の焦りを察したのか否かジョエルが俺に声をかけてきた。



「すまない、麗しのご令嬢方。アンベール卿をお借りしてもよいだろうか」



 王子様スマイルを浮かべて俺のことをあの気まずい空間から連れ出してくれた。二人の女性は優美なカーテシーを行い、またそのあと互いに微笑みあっていた。いったいどれくらい楽しい歓談をしているのだろう。俺は白目をむきそうになりながらジョエルについていった。


「とりあえずティナ嬢には一人で動いてもらおう」


 ジョエルは俺を専用の休憩室に招いてメイドにシャンパンを運ばせた。大人の男二人でシャンパングラスを打ち付けあう。


 喉を気泡が行進していく。さすがに王宮で用意されるものなだけあり最高級のものである。ふかふかのソファに身を預けて彼の話を聞いた。



「殿下はこれから公爵令嬢、侯爵令嬢には凄まれ、伯爵家以下の令嬢からは陰口を言われるだろう」


 あまりにストレートな物言いに俺は少し戸惑った。


「まあ彼女は王女だし、そのこともわかったうえで協力すると言っている」


「それでも……」


「何かほかに策があるならば教えてくれ。俺だってできれば平和的に解決したい」



 ジョエルはそれにと続ける。



「何を犠牲にしても姉君を守りたいと思っていたが違うのか?」



 俺はその言葉にハッとした。確かに姉様を守れるのなら自分自身、周りも利用していいと思っていたはずなのに。いつから考え方が変わったのだろうか。良識が身についたんだろうか。いや、もともと良識的なはずだが姉様のことになると少し周りを気にしないという自覚はある。



「せいぜいティナ嬢を利用しようじゃないか」



 ジョエルは不敵に笑った。




♢♢♢




 ホールの隅に令嬢たちが固まっていた。耳をすまして会話の内容を聞かなければ仲睦まじい薔薇たちの集まりに見える。しかしながら薔薇にはとげがある。とげに気を付けなければけがをしてしまう。けがを恐れるなら近づかず触らないのが一番である。


 それを心得ている男性陣は見て見ぬふりを貫いていた。



「初めまして。麗しのバルバストル嬢」


「初めまして」



 今日の注目を集めた令嬢は柔らかな笑みを崩さない。他の令嬢からは攻撃的なものを感じる。



「まさかあのアルカン卿が婚約なさるなんて。しかも社交界で一切名の知れていない貴方を選ばれるなんてずいぶんと……ねえ」


「私よほどアルカン嬢と似ている方が婚約者になられたと思っていたんですが、そうでもなさそうですね」



 令嬢たちは口々に婚約者について言及していく。彼女は淑やかに、しかしホールに通り抜ける声で発言する。



「彼は名声や容姿、富にしか興味のない方は好まないとおっしゃっておりました」



 ほかの花々は凍りついた。表面上のアンベールしか知らないお前たちには一生婚約など取り付けられないとほとんどストレートに彼女は言い切った。



「ご実家の名を借りて、私と楽しくお話してくださるのは嬉しいことですが。花はいつか枯れてしまいますのよ」




 ホールに飾られた花瓶を見つめて悲しそうに瞳を伏せた。少しだけしおれているそれらはパーティーが始まってからの時間を教えてくれる。まもなく見栄えが悪いと召使いたちが交換しにくることだろう。



 気が付けばもう誰も今日一番の大輪に近づかなかった。



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俺は断じてシスコンじゃない~は?姉様に婚約者?~ 桃月りぃべ @sy911ym33

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