第7話
遺跡の敷地内はやはり広くて、しかしほとんどの建物が崩れ落ちていた。真ん中の奥にまだ辛うじて建っている建物があるが、それも所々崩れている場所があった。
森の中でひっそりと佇む様に、自然に還って行きそうな存在感だった。
「へえー、装飾とかもしっかりしていて、昔はここも賑わっていたって感じですねー」
ユーリーはあっちこっちへと行きながら、遺跡の隅々まで興味深そうに見つめている。考古学者である彼女からしたら、ここは宝の山みたいなものなのだろう。
しかし僕の目的はそれでは無い。石碑、つまりは異界文字だ。何か元の世界に帰れる手掛かりがあるかも知れないと、文字が書かれてる場所がないかを探す。
「あ!!ウィルさん!!こっちに文字が書いてありますよ!!」
すると、先にあちこち調査していたユーリーから、そんな声が聞こえた。僕は彼女の元へ足早に向かう。
ユーリーが居たのは、先程の、建物の入り口の様な場所だった。
「異界文字?」
「いや、これはアムリ語ですけど、何やらこの地域の歴史について書いてあるっぽいですね」
石碑を見てみると、異界文字では無かった。少々残念だったが、好奇心はあった。こう言う歴史モノは嫌いではなかったし、異界者のことについても何か書かれているかも知れない。
「えぇっと、読みますね。"この遺跡はこの大陸を救った英雄、剣士様を祀る神聖な場所です"」
___剣士様は最初にこの場所に降臨され、その強大な魔力と剣術を以って、他の3人の"救済者達"と共に私達の宿敵、魔物を次々と倒していきました。そして魔王を倒し世界を救った後、剣士様はここに帰って来て最後の別れを告げると、何処かへ去って行ってしまいました。そして私達は、剣士様がいつでも帰って来れる様にと、この遺跡を造ったのです。
内容は、こんな様なものだった。まさに神様級の扱いだ。それにここは異界者の中でも、剣士様と呼ばれる"救済者達"を祀った遺跡らしい。と言う事は、この遺跡は500年も前から存在する事になる。
「・・・まさか、救済者達の遺跡だったとは・・・」
「ええ、最初から当たりを引いた様ですね」
建物の入口でこのような文字が書いてあるという事は、この中にも何かがあることは明確だ。おそらく異界文字もこの中にあるのだろう。
「なにかお宝とか、あったりしないかなあ」
万が一にもそんな期待が湧いてきた。
「こんなに荒れているんですから、何もないと思いますよ?」
確かにユーリーの言う通りなのだが夢がないものである。少しくらいそういう妄想をしたっていいだろうに。口には出さないが、そう思いながら建物の中に入って行った。
ここに、僕と同じ日本人が遺したものがあると思うと、なんだか不思議な気持ちになった。
「ユーリー、足元気を付けて」
建物の中は埃っぽくて薄暗く、足元には落ちてきたであろう屋根の残骸が散乱していてかなり歩き辛かった。抜けた天井からの光の差し込みで何とか建物内は見通せる。建物自体の中はそんなに広くなく、すぐに周れる程度だった。そして建物内の中央の奥、少し床の段が高くなっているのが見えた。そこに石碑のようなものがうっすらと見える。
間違いない。あれが異界文字だ。
文字は見えなかったが僕にはハッキリと分かった。
悪い足場を何とか超えて石碑の前までたどり着く。
「・・・異界文字ですね」
一言、ポツンとユーリーは言葉を漏らした。
「・・・うん」
僕も短くそう頷く。石碑に書いてあったのは紛れもなく異界文字、”日本語”だった。長い文章であり、大きな石碑に、事細かな文が書かれている。
謎の感動があった。元の世界に戻れるという希望が出来ただろうからか、いや、違う。短くはあるがこの4日間の旅路で苦労したことが報われたような気がしたからだ。旅の目的を今、一つ達成して喜んでいる自分がいるのだろう。不思議な感覚だった。まだ異界文字を読んでいないと言うのに、妙に達成感を感じる自分がいた。
「ウィルさん?さっそく読んでみませんか?」
対してユーリーは、早く解読したくてたまらないと言ったような表情をしている。そうだ。目的地に着いた余韻に浸るのもいいが、本題はこの石碑だ。短く「うん、そうだね」と彼女に言うと、日本語が書いてある石碑へと目を落とす。
__私は怒りを感じた。聞けばこの世界の人間たちは魔物に蹂躙されているようだ。魔族は進行してきていて、私がお世話になったこの村も征服されるまで時間の問題だった。
そしてここの住民が魔物に襲われた日、私はさらに怒りに燃えた。素性を知らない私を向かい入れてくれた村の住民が殺されていくのを見て、私は復讐を誓ったのだ。
その後は怒りに任せ、ただひたすらに魔物を殺した。幸い私には膨大な魔力なるものを持っており、戦闘力に困ることは無かった。一緒に旅をした他の3人にしばしば止められることもあった。しかし私の怒りは収まらなかった。魔王を倒すまであの村人達の無念は晴らせまいと、ただひたすらに剣を振った。魔物の中には必死に命乞いをする者もいた。聞けば家族がいるだの、恋人がいるだの。しかし私は敵を切り続けた。魔王を倒せばあの人たちの無念が晴らせるだろうと。そう信じて。
しかし魔王を倒したとき、私の心は晴れやかでは無かった。代わりにあったのは何とも言えぬ喪失感と、屠った敵への罪悪感だった。敵を取ったのに、復讐を達成したのに。
・・・そこからは地獄だった。人間たちには様々な祝福を受けたが、どれもこれも皮肉のようにしか聞こえなかった。「おまえがたくさん殺した」「おまえが魔物を滅ぼした」。もちろん、人間たちにはそんな感情は一つも無かったのであろうが、私にはそう言われているように感じた。思い出すのは、怯え切った魔物の目と、その断末魔だけだった。
その内、私は人と接するのを避けていくようになった。あてもなくただ旅を続けていると、ふと、この世界に来た最初の村を訪れたくなった。ここなら私の心も休まると思っていたのだ。訪れてみるとなにやら立派な建物を作っているようだった。村人はいたのだが、私の知っている人間はほとんど居なかった。しかし、あの惨状を生き抜いた数少ない顔見知りから、英雄が帰ってきたと、私を精一杯もてなしてくれた。聞けばこの建物は英雄である私を祀る為に建てるらしい。気分が悪くなった。村人たちにはこの石碑に英雄の言葉を刻んでくれと言われた。英雄としての言葉を。私はこの石碑に文字を書いた後、また旅に出るつもりだ。この村は居心地が悪すぎる。それと同時に理解した。もう私の居場所は無くなったのだと。
もし、この文字が読める人がいたら私から忠告しよう。復讐に駆られた人間は、いつかは身を亡ぼすのだと。私のように。
「・・・これで、全文だよ」
「・・・・・・」
空気は重かった。二人とも絶句してしまった。このシーア大陸を救ったとされる救済者達の一人。その人物がこの石碑に遺したものは、自身の英雄譚などでは無かった。恐らくその剣士様とやらは日本人だったのだろう。どの時代の人間かは、この文体では分からなかったが、綺麗な日本語だったのだ。
「ほ、本当にそう書いてあったんですか?」
震える声でユーリーがそう尋ねてきた。僕の言葉を、アムリ語で必死に紙に書き写していたが、信じられないといった表情をしていた。
「残念だけど、僕はそのまま読んだよ」
漫画やゲームなどとは程遠い、虚しさだけが残るような、それがこの救済者の物語だった。
「・・・はあ・・・」
ユーリーは依然とショックを受けている。あれだけ熱心にあこがれて研究していた異界者の真実に直面して、参っているのだろう。しかし、僕には引っかかるところがあった。
「・・・この異界者は、なんでこの世界に来たんだろうね」
「・・・え?」
僕の突飛な発言にユーリーはキョトンとしている。
「僕は事故で目覚めたらこの世界にいたけど、この異界者はどうやってこの世界に来たんだろう?すぐに戻りたいとは思わなかったのかな?」
恐らく同じ日本人。この剣士様とやらには家族はいなかったのだろうか?恋人や友人もいなかったのだろうか?僕が考えていたのはそんな事ばかりだった。この石碑には剣士様がこの世界で何をしたのかしか書かれていない。この人は多分、自分を一番最初に救ってくれた村人の無念を晴らすためだけに、この世界に残って戦い続けたのだろう。そこまでの覚悟が自分にできるかと問われれば、首を縦には振れなかった。
「・・・この時代には魔物が沢山いました。戦わなければ生きていけない時代だったのでしょう」
「・・・そっか、じゃあ僕は幸運な方だったんだね」
魔物が滅んだという現在のシーア大陸。この剣士様が僕だったらと考えると今の自分の立場は恵まれたものだったのかもしれない。そう思うと、今までずっと理不尽だと思ってきた神様に、僕は少しだけ感謝した。
転生者、X 浅井誠 @kingkongman
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