求める頭痛

シィータソルト

第1話

「ぐっ……はぁ、はぁ……」

また、いつもの頭痛か。死にたくなる。鋭利なものをぶっ刺されて、中の臓器を鈍器でかち割られるのではないかと思うくらいの右目からこめかみを伝い、後頭部にまで広がる激痛に視界が歪む。さらには視界が赤く見えたり、黒く見えたりと世界が正しく認識できない。もう二度と動物として生まれ変わりたくねぇと思いながら今日も頭の中で起こる痛さに悩まされる。

頭を抱えるとは比喩表現でも使われるが140㎝の小柄で髪型や体格、口調から男とよく間違われる考哲科は、実際に頭を抱えてしまう。髪型は無理もない。昔からの馴染みの床屋のおじさんと仲が良いからという理由で切って貰っているし、哲科が楽だという理由で男の髪型を注文するからである。   

統計的には背丈の高い人とか男性ホルモン値が高い人がなりやすいなんていうのもあるらしいが哲科は男性ホルモン値が高いのが当てはまるのではないかと思われる。そう、頭痛が酷くなると男性並みに性欲が激しくなるのである。自身の性愛対象が同性なのかそもそも恋愛に興味あるのかがわからないけども、とにかく女性が欲しくなるのである。

起きている最中も眠りに入る前も、頭痛に悩まされながら脳内に女性の姿が浮びあがりキスをされるという妄想が繰り広げられる。キスをされた瞬間は何故か、少しだが頭痛が治まるのである。また、匂いを嗅ぐというシーンも思い浮かぶのだが、女性の良い匂いを嗅いだ時も頭痛が治まる。その妄想が浮かんでいても、寝込む、最悪のたうち回る、徘徊するなどしていないと正気を保っていられない。傍から見たら精神を崩壊してしまった人かのようだが、精神疾患ではないのだ。だが、酷くなれば精神疾患を併発する人もいると看護師の卵に言われた。その看護師の卵とは、後ろの席の将来看護師を目指す三森看奈子である。予防薬や頓服薬は存在するのだが、いかんせん、哲科は薬が嫌いだから病院には精密検査だけ受けて薬の一切を断っている。医者は困り果てていたが。ただ、脳には一切の異常がなかった為、一次性頭痛だということである。

 その後ろの席の看奈子とのなれそめはこのような感じだ。

「はぁ…はぁ…」

 晴れやかな入学式で周りは浮かれ気分な中、机に突っ伏していた哲科。

「くっ、今日も頭痛か。周りの浮かれている連中が癇に障る」

「あらあら、入学式なのに、周りに挨拶もしないで眠っている人が目の前に居るわ。友達は作らないぼっちで1年過ごす気?」

突っ伏したまま、変わった奴だ、やれやれと思いながら後ろに振り返り返事をする哲科。

「こんな奴に話しかけてくれてありがとうよ。頭痛が酷くて話しかけるのが億劫になっているのさ」

「まぁ、頭痛……それはお大事に。私は三森看奈子。家が代々看護師だから、私も看護師を目指して医学を学んでいるの。どんな感じで頭痛が襲ってくる?」

「右目に鋭利なものをぶっ刺されて、中の臓器を鈍器でかち割られるのではないかと思うくらいで、それがこめかみを伝い、後頭部にまで広がる激痛を食らわしてきやがる。視界が歪むし、さらには視界が赤く見えたり、黒く見えたりと世界が正しく認識できない……そんな感じだ」

「まぁ……医者だから断定できないけど、その痛み方だと群発頭痛ぽい、わね」

「群発頭痛? なんだそりゃ。片頭痛はよく聞くけど」

「頭痛の王様、世界三大疼痛、自殺頭痛などの異名を持つ頭痛ね。最悪の痛みを襲う頭痛と言ったところかしら」

「わかる、死にたい」

「今、頭痛が襲っているのね、頓服は服用している?」

「薬嫌いだから、薬飲まない。市販のも買わない。親がうるさいから精密検査だけは受けて異常なしではあった」

「えぇ!? よく耐えられているわね……」

「今すぐ飛び降りたい……」

「初日からこのクラスから自殺者が出てしまうの……!?

無理もないわね。精神疾患を併発する人もいるみたいだし」

死にそうな顔をしていた哲科だが、鼻をひくつかせる。

「んぁ……何か、あんたの匂い嗅いでいたら痛み引いたな……なんでだ?」

「まぁ……私の匂い、そんなに良い匂い?」

「甘い……匂いがする」

「匂いね……私にできることがあったら何でも言って。よろしくね、えと、名前は?」

「考哲科だ」

「哲科ね。私のことも看奈子で良いわ」

「こんな奴とよろしくしなくていい、ほっとけ。つまらない学生生活になるぞ」

「構わないわ。辛い患者が目の前に居るのなら放っておけない。それが看護師を目指す私の使命よ」

「今は普通科の学生なんだから、学生生活を謳歌しろよ」

「それでもよ」

「変な奴」

「たった一度の青春ですもの、楽しみましょう。私、あなたと仲良くなりたい」

「本当、変な奴だ。じゃあ……よろしく」

「よろしくね! 哲科!」

手を握り合ってから、また頭痛について話始める看奈子。

「お医者さんも言ってた通り、哲科の頭痛は、片頭痛か痛、もしくは両方の傾向を持っているのよね」

「あぁ、そのようだ。医者の問診でも同じことを言われた」

「他に困っている症状はない?」

「ぐっ……」

これは初対面に言っていいことなのだろうか。だが、看護師を目指していると言っていたし、もしかしたら病気と関連があるかもしれない。

「頭痛が酷いと、性欲が強くなって困る……」

「性欲? 誰かに恋愛感情でも?」

「いや、わかんないんだけど、周りの女子が魅力的に見えるんだ」

「男子ではなく、同性の女子?」

「あぁ、何か、男みたく女が欲しくなるんだよ。これも病気の症状?」

「さぁ、群発頭痛で性欲が強くなるって聞いたことないわね。片頭痛患者は性欲が強いっていうのは調査結果で見たことあるけど……もしかして、それ? 哲科、片頭痛の気もあるし」

「そっかー。でも性欲強くても頭痛治ってはくれないよな~」

「キスすれば、痛みは軽減するわよ」

「マジかよ。する相手いないけど」

「私に……する?」

「いや、いいよ。恋人いるだろ?」

「いないけど」

「え、マジで!? モテそうなのに!?」

「だってタイプじゃないもの……」

「どういう奴がタイプなんだ?」

「私のこと強く想ってくれる人?」

「いそうじゃん。言い寄ってくる奴らの中に」

哲科に話しかける前に男子に言い寄られていた看奈子。中学生の頃からの知り合いの男子も高校入ってからの初対面の男子も皆、看奈子に夢中であった。

「皆、チャラそうにしか見えないんだもの」

「そうなのか……」

哲科は男を見る目がないので皆同じように見えたのだ。

「私ならキスしてもいいのかよ、看奈子」

「何か、情熱的に想ってくれそう」

「恋愛、関心持ったことないんだけど、友達だっていないし」

「え、今まで作ってないの?」

「ほとんど、不登校みたいなもんだよ、だから、お前のこと変な奴って言ったんだよ」

「じゃあ、私、友達1号じゃん。やったね。出席日数が留年にならない程度に休みなさいね」

「そうだよな、今までは義務教育だから免れたけど。とは言っても、中学生の時の担任にも欠席多いって言われたけどな。事情は説明したら納得してもらえたけど。一応、高校の担任にも面談の時にでも説明しとくけど」

「そうね、他の先生にも言っておかないとね。単位に響くからね」

「はぁ、こんな奴、社会に出たら役に立たないだろうな」

「そんなこと言わないでよ。病気でも懸命に生きている方が多くいるのだから」

「生きていたくないんだよ」

「何とかして、その気持ち変えてあげたい」

涙目で見つめながら訴えてくるのに狼狽える哲科。ただ、学校には一応行っている。出席日数のことでとやかく大人達に言われるのが嫌だからだ。と言っても、結局、通常授業は机に突っ伏しているし、体育は全部見学している。担任にもやる気ないなら帰れとも言われているが、結局のところ、突っ伏しているのを貫いている。耳から聞いていても結局授業内容は入ってこないのだが、出席日数の為に、ただただそこに存在している。一体何しに来ているんだかという状況だが、哲科にとって、これが精一杯の学生生活であった。青春なんてありやしない。部活ももちろん入っていない。文化部ですら、活動できる気がしないからだ。それを見越して、後ろの席の看奈子はノートのコピーを哲科に上げている。休んだ日には、自分が降車している最寄り駅と学校の駅の間にある哲科の最寄りに寄ってまで届けている。出席日数の為とはいえ、どうしても動けない時、哲科は休みを取っている。取らざるを得ないくらい動けないからである。そのコピーにしっかり目を通せる時が来るのだろうか。


そして、現在、梅雨のじめじめ、低気圧が襲う6月。頭痛持ちには辛い時期である。そんな中、哲科は休みがちになっていた。無理もない。低気圧が頭痛を起こす。学校に行く気力もなく放課後、看奈子がお見舞いに来てくれた。

「ほら、今日の宿題持ってきたわよ」

「すまない」

ベッドの上で横たわっていると看奈子の甘い色香が漂ってくる。看奈子の匂いを嗅いでいると不思議と痛みが和らいでくるのは相変わらずであった。

「看奈子は良い匂いだな。何か香水でもつけているのか?」

「いいえ。特に何もつけていないけど?」

「そうか。じゃあ、シャンプーとか石鹸の匂いが良い匂いなのだな。高級の良いのを使っているんだな」

「いいえ、どちらも市販の安いものだけど……?」

「……??? じゃあ、看奈子自体が良い匂いってことだな?」

「そう、なるのかしら? 初対面でも私の匂いのこと言ってたわよね」

「男共に言い寄られているんじゃないか? 好きだって」

「まぁね」

「やっぱりな。私が突っ伏している間、男子との声が聴こえるからな」

「嫉妬でもしてる~?」

「いや? 何故だよ」

「私の看奈子が取られるなんて思ってるんじゃないの~?」

「どうなんだろ? 性欲強くても独占欲も強いのかな?」

「思ってくれたら良いのに。でも私は性欲処理道具じゃないのよ?」

「それはそうだけど、誰にも手を出していないよ」

「他の娘にも欲情しているのだから、心は浮気しまくっているのよね。哲科には、体だけではなく心の浮気があることも覚えて貰わないと」

「そう言われても、私もこの情動に困っているんだ。いっそのことホルモン治療でもしたいくらいだよ」

「犯罪をしているわけではないし、無理矢理していたら将来、体に副作用が出たら大変だわ」

「じゃあ、どうやって耐えたら良いんだよ。その為の医学だろ……」

「副作用はまだ医学の課題だからね。無理矢理、人工的に適応させようとさせていることには変わりないから。哲科の性欲が私だけに向いてくれればいいのに」

「だから、何で私ならいいんだよ」

「前も言ったけど強く想ってくれそうだから」

「こちらこそ、前も言ったけど他人に関心が薄いんだが。本当お前は変なの健在だな。6月になっても友人続けてくれてるし」

「私が簡単に哲科を見捨てると思った? するわけないでしょ。仲良くなりたいし、あなたを頭痛から救いたい」

「死ねば楽になれるよ」

「また、そんなこと言って……死なないでよ?」

「さぁ、どうだか。いつ終わってもいいよ。この命」

「勉強は調子良い時で良いけど、とにかく、頭痛が少しでも落ち着く時間が増えることを祈るわ」

「看奈子の匂いのおかげで今は和らいでいるわ」

「良かったわ。でも不思議ね。石鹸もシャンプーも特別なものは使っていないのにね。遺伝子的に相性が良いのね。私もこの部屋入って、哲科の匂い好きだし」

「部屋に匂いなんてあるんだな。自分じゃ、自分の匂いなんてわからないや。ましてや今まで他人から匂いのことなんて言われたことないし」

「何かして欲しいことある?」

看奈子が覗き込んでくる。唇が魅惑的に見える。哲科は顔が赤くなり、壁際を向いた。

「何もしなくていい! 帰れ!!」

「えっ何々、急に顔を赤くしちゃって~。風邪ひいた?

肩を抑え込んで、おでこをくっつけてくる看奈子。より強い甘い匂いが哲科の鼻孔をくすぐる。軽減するはずの頭痛が少し強く出てきた。

「何だ、急に頭が……」

「大丈夫!?」

「ちょっと、離れてくれ」

「わかった」

離れて貰って、程よい匂いの強さだと頭痛は軽減した。頭痛が酷くなったのは何だったのだろう。パーソナルスペースで言う、友人距離なら程よく頭痛は軽減し、恋人距離だと頭痛が酷くなる……というより、心拍数が上がり血圧が上がって結果頭痛が酷くなる。哲科は少し、看奈子を意識するようになった。だけど、それは頭痛のせいなのかはわからない。



6月の中旬、哲科は何とか晴れている日に登校できたが、昼休みに頭痛が悪化し、ある場所へ向かった。

「はぁ、もう限界だ、ここから飛び降りれば楽になれる。このうるさくて煩わしい頭痛から解放されるんだ……」

それは屋上であった。もう我慢ができない。人生これからもこの頭痛に苛まれるのだろう。一寸先は闇だ。もうこの瞬間ですら闇ばかりで希望が見えない。未来ある若者とかよく比喩されるが皆が希望を持って生きているわけではない。学校の柵は頭痛で運動は中々しないが、運動神経の良い哲科にとっては背丈の低かろうと乗り越えることができる。

「待ちなさい」

「おわっ、看奈子!?」

むんずと、首根っこをあっさり掴まれて猫のようにぶらんとなる哲科。160㎝ある看奈子は上まで登りきりそうだった140㎝の軽い哲科に手が届きあっさり持ち上げることが可能であった。

「待ちなさい、何、フェンス上って飛び降り自殺しようとしているのよ。させないわよ」

「何って……自殺だけど? 見てわかんない?」

「引き止める為に会話しているのよ……」

「あ、そう。確かに手と足が止まって意識が看奈子の方に向かったわ」

「次の授業、私、サボるから私と話ししない?どうせ、後死ぬだけなのだから私と会話していても良いでしょう?」

「あ、自殺は止めないのね」

「さぁ、どうしましょうかね。国によって死生観というのは様々だけど。ここ日本では自殺はダメという特徴でも自殺者は多いわね」

「知ってる。だから私もその一人に加わろうかなと思ったんだ。若者の死因1位は自殺だし」

「統計が1位だからって死因をそれにこだわらなくても良いじゃない。私が引き止めてあげる。哲科。性欲に悩まされていたでしょ?私が受け入れてあげる。おいで」

「え? いやいや。看奈子には好きな人にして欲しいよ。私なんかに体を気安く渡すなよ。初めては自分が好きになった人としろよ」

「それが哲科だって言ったら?」

「え? は? 何、言ってんだよ。私のどこ好きになる要素があるんだよ。頭痛くて寝込んでばかりいる奴だぞ? 看奈子こそ頭大丈夫か?」

「私は大丈夫よ。病気だってその人の一部。否定しないわ。それに障害を負っている人だって生きている。どの国も人の特徴を否定していたりしないわ」

「この群発頭痛って名前教わってから色々調べたけど、拳銃がある国では拳銃で自分を撃ち殺してしまうらしいな。私も拳銃持っているならとっくに撃ち殺しているかもしんない。それくらいしんどい。生きていたくない。でも、お前が私を楽にしてくれるのか」

「ほら、私の匂いを嗅ぎなさい」

哲科の顔を自分の方に向かせて、胸元に顔を引き寄せた。コアラのように強く抱きつく哲科。

「はぁ、はぁ……!!」

息が荒くなり、いつもなら軽くなる頭痛が強く襲う。同時に鼓動も荒ぶる。目の前の女を欲しいという欲情が哲科の思考回路に広がる。コアラのように抱きついていた体制から降りてフェンスに看奈子を押し付ける哲科。

「随分、大胆な壁ドンね。男前」

「一応、私は生物学上は女なんだが」

「屋上の誰も見ていない所で背徳的……やっぱり、強く想ってくれるのね……」

「そういいつつ、誘ってきたのお前じゃないか看奈子」

「わかってるわよ、哲科ちゃん」

「ふん、普段呼び捨てのくせにこういう時だけ女の敬称をつける」

「そうよ。だって私は今のままの女性の哲科が好きなんだもの。男性にも女らしい女性にもなったらだめよ」

「お前、同性愛者だったのか?」

「えー。違うと思う。哲科だから好きになったんだと思うな。哲科が女だったから女を好きになったということになっただけ」

「そうか。私は恋愛感情とかよくわからないんだけどな」

「なら、私が恋の病にもかからせてあげる。それにその痛みどれくらい取ってあげられるかわからないけど、私が取ってあげる」

「おいおい、私が薬嫌いだってこと知っているだろ? 無理矢理薬を飲ませたり、注射したりするんじゃないだろうな?」

「いいえ。しないわ。するのはこれよ」

体調不良にならないよう常につけているマスクをずらすと、ぷるんと潤み膨らんでいる唇が現れる。

「まさか、口紅塗っている?」

「そうね。キス専用の口紅ですって。それに。セックスコーヒーというのも手作りで作ってきちゃった。一緒に飲みましょう。哲科はこれを飲まなくてももう十分私で興奮してくれているかしら。ってか、頭痛酷いのに興奮させたらダメよね。海外で、自殺しようとした人にキスをして阻止したニュース見たことあるの。私も試すわ」

そう言って、自分だけセックスコーヒーを飲み、ほぅと息をつく。6月の梅雨の下で少し冷える中飲む温かい飲み物は格別だ。さらにセックスコーヒーの中に入っている成分、マカ、はちみつ、シナモン、ココナッツミルク、カカオ、ガラナが看奈子の体をポカポカ通り越して、ドクドクと少し強く脈を打つように変化させていく。だけど、看奈子は、セックスコーヒーを飲む前から、ドクドクと強く脈を打っていた。哲科とこれからキスをするよう自分が誘っているんだということを想うと、落ち着かないのだ。

一方、哲科はズキズキと頭が痛む。同時に心臓もドキドキと早い脈拍が打たれている。ミナコガホシイ……ミナコガホシイ……そればかりが頭を支配する。何故こんなにも求めてしまうのだろう。理屈ではない何かが働いているのだろうか。とにかく、看奈子に壁際まで追い詰める。そして、つま先立ちをして唇を奪った。軽く重ねると頭痛も少し軽くなる。

「そのコーヒーとリップには何が入っているんだ? その匂いも私を興奮させる」

「マカ、はちみつ、シナモン、ココナッツミルク、カカオ、ガラナね。滋養強壮の効果があるものばかり。だから体が熱くなってくるわね。それが恋をしている時のドキドキと錯覚できるわけ。あと、リップにはマスカットの匂い。化学物質で言えばオスモフェリンが入っているわね」

「オスモ……フェリン?」

「女性の排卵期に作り出される物質。 研究では、男性がオスモフェリンを嗅ぐと唾液中テストステロン値が上昇することという結果がでているそうよ。哲科の場合、このリップを嗅がなくてももうとっくにテストステロン値が高くなってて私が欲しくて堪らなかったかしら?」

「あぁ、看奈子が欲しくて堪らなくなっていたよ。私にもそのコーヒーくれよ」

「いいわよ。頭、痛くならないかしら」

「飲んでみたいんだ。コーヒーはよく、頭痛抑える為に飲んでるし大丈夫だろ」

コーヒーの入った水筒のコップを受け取ると一気に飲み干す哲科。

「ちょっと、火傷してない?」

「大丈夫だ。熱いの平気。それより、このコーヒー凄いな。頭も心臓もドクドクと脈打つ。看奈子が欲しく……なる……」

「いくらでも、求めて、いいよ?」

哲科の首に腕を回す看奈子。哲科はつま先立ちをして、何度も看奈子の唇に吸い付く。ゼロ距離になっている間は、頭痛を忘れてセイを渇望していた。それは、りっしんべんに。頭の中は群発頭痛の激痛など忘れて看奈子の唇を求めることしか考えていなかった。2人はしばらく、情熱的なキスを続けているのであった。


昼休み後の5限目が始まってから、宣言通り授業をサボっていた。

「いくら、キスで頭痛が治まるからって、将来が不安だよ。」

「あなたの頭が痛くなるたびに、この頓服(キス)してあげるわ」

「ったく楽になりたいのに」

「あなたに関わった人が皆、悲しむわ。働けなかったとしても生活保障が充実した社会ならば大丈夫。生きていけるわ。調子の良い時、私と出かけましょう。気晴らしになるわ」

「人混み嫌いなんだが」

「それは困ったわね。なら公園とかならどうかしら。近くに大きい公園あるじゃない」

「そうだな、大きな木の下で日向ぼっこしていたいかも」

「良いじゃない。公園なら人混みにならないわ。休みの日、私と大きな木の下でのんびりしましょう」

哲科は天然の薬を求めていたのかもしれない。今なら、もはや恋人みたいな、友人の看奈子が助けてくれる。これからも辛くなったら唇を繋げて、頭痛を和らげる。哲科が生きていたくないと思っても、救いたいという看護師の卵が心からの頓服を与えれば、たちどころに治まってしまう。ただし、副作用としては、その頓服を与えた看護師に惚れてしまうことだ。

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求める頭痛 シィータソルト @Shixi_taSolt

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