第44話
私の3つ目の魔法――”魔法使いを作る”魔法は、自身の血肉を対象に与えることで、対象者を強制的に魔法使いに作り変える魔法だった。
分類的には、大魔法と呼ばれる秘技に相当する―――らしい。
簡単に言えば、ヴァスガロン様の肉体の再構成の魔法とほぼ同等レベルの魔法だ。
その血脈にだけ固有に存在する魔法、さらに、魔法の粋を極めたものだけが、その魔法に開眼することができる…と、いう話だ。
それがどこまで本当なのかはわからない。だけど少なくとも、私はこの魔法と、残り2つの魔法を、簡単な修行をするだけで、息を吐くように自然に扱うことができるようになった。
元々魔法なんて使えず村で暮らしていた私が、この魔法により作り変えられて半端者の魔法使いになったように、オーベルも今では、半端者とはいえ魔法を使える魔法使いになっているはずである。
基本となる3つの魔法以外の魔法は、その血の資質から生じる。私には、オーベル本来の血脈がどんな魔法を使うことができるかまではわからない。しかし、実質的に”親”である私の素養は確実に継承していることから、魅了、沼渡り、そして、この”魔法使いを作る”魔法は確実に発動できるはずだ。
本人の魔力操作精度はまだまだ未熟だろうし、魔力の総量も低いために、魔法そのものを使いこなすことはできないだろうが、それでも、魔法使いであることに変わりはない。傷が急速に治り、赤い瞳を持ち、人間離れした膂力を持つだろう。人間を遥かに超える寿命も得ただろう。もう簡単には、オーベルは殺されなくなっただろう。
ああ、そうだ。
よくよく考えれば、もうオーベルを殺すこともできない。
私と同等の再生能力があるはずだ。
やっちまった…。
やってしまったぞ、私…。
オーベルの命を助けようと焦ったばかりに、致命的な問題点を忘れていた…。
これでは、これでは、ライフォテールの誰も、ミシェルの結婚に反対しない…。いや、グレイドーン様は反対するだろうが、少なくとも、元よりフレジリアとヴァスガロン様は賛成の構えだった。最大の懸念が消えた今、もはや両者の賛成は変わらないだろう。
…もう、駄目だ。
もう、何の手立てもない。
ミシェルは、行ってしまう。私の側から、旅立ってしまう。
「うぅ…うぅぅ…ヤダぁ……ミシェル……いかないで…」
壁に頭を叩きつけるのを止め、私は泣く。
まるで、子供のように。
父と母と生き別れた、あの時のように。
「ノノ――…」
ミシェルは困った顔を私に向ける。
「ノノ、落ち着いて。これで私の願いは全部叶ったの」
「……うぅ……」
「ノノとも”家族”になれたわ」
「………?」
どういうこと…?
「だって、オーベルはノノの”血を分けた弟”になったってことでしょう? なら、私がオーベルと結婚したら、ノノは私のお義姉様だわ」
「え…?」
そう、か…? そうなのか…?
そういうこと、なのか…???
それでいいのか…?
「ミシェル・ライフォテールではなく、ミシェル・ノト―リアスになる、ということだもの。ね? ノノは嫌かしら?」
「………。嫌じゃないです…」
「なら、ノノも賛成ね!」
いや、賛成はしてないけど!
賛成はしていないけれど、うぅ、うぅぅぅぅぅ!
でも、”それでもいいな”と、一瞬でも、僅かでも、微かでも、そう思ったのは、事実だ…。
「で、でも、肝心のオーベルの返事はどうなのよ…。オーベルが断るのなら、この話はなかったことになるでしょう…?」
「それなら、オーベルが頷くまで頑張るわ」
「………。本気で濡闇ノ国へは、戻らない気なのね、ミシェル」
「ええ」
ミシェルは部屋に備え付けられた窓の外を見る。
曇天ではない空。
快晴の空。
深く青い、どこまでも青く広がる空。
「私、こんなに綺麗な空を見たのは初めて。私はここに住みたいの」
「……」
彼女がそう決めたのなら、拒否権はない。
彼女は絶対に、何があっても、この地に住むだろう。
「それに、綺麗な虫も沢山いそうだもの。絶対に飽きないわ」
「虫かぁ…」
そこが決め手かぁ…。濡闇ノ国も虫は豊富だと思うけどなぁ…。まぁ、綺麗な虫よりも危険な虫ばかかりだしなぁ…。
「だから」
ミシェルは私に振り向いた。
「ノノも、一緒に暮らしましょう」
「………」
私は―――…
「大きな紅いカーテンを、繕ってもらわなくっちゃ」
「…はは」
そういえば、そんな約束もしていた。
そして、それはつまり―――裁縫師として、私を雇ってもらえるってことでいいのだろうか?
それなら、満更でもないかもしれない。死ぬ気で頑張らなきゃならないかもしれないが…。
私はこれまで作った数々の”雑巾”を脳裏に浮かべながら、微笑むミシェルを見つめた。
とても幸せそうな、彼女の顔を見た。
門から出てきたあのバカを助け、あれよこれよと門を直し、あのバカの為にここまで来てやって、命を失いかけたバカに血を分け与えて、救った。
その全てが、ミシェルの笑顔で、報われた気がする。
どうも、私が本当に望んだ結果とは、少しだけ違うのだけれど、しかし、私はミシェルと家族になれるのならば、満更でもない。
最初に彼女に請われた願いが、叶ったのだから。
「でも」
「…―――ノノ?」
「私は魔法の塔に住みたいな」
「―――」
「私は、濡闇ノ国の魔法の塔で、ミシェルと一緒に暮らしたい」
「―――」
「暮らしたいなぁ」
ならば、私の願いだって、叶えさせてくれ。
最初に一緒に塔に住みたいって言われて、本当に―――
―――本当に本当に、私は嬉しかったんだから。
濡闇ノ国。
膨大な魔力を含んだ雨と霧に包まれた、何でもかんでもすぐカビる場所。
泥濘んだ大地と水溜りだらけの湿地の中に、墓石のように高い塔が並び立つ場所。
この世界の掃き溜めのような場所。
だけど、それでも、そこが私の故郷なんだ。
私が居たい場所なんだ。
捨て難き思い出が眠る場所なんだ。
「ノノ! ミシェル!」
ノックもせずに、この事態を引き起こした奴が帰ってくる。
「オーベル!」
ミシェルはパァッと太陽のように明るい笑みを浮かべ、もの凄い速さで部屋の中を駆け、オーベルに抱きついた。
「―――」
床に転がったままの私は、ただその様を見ているしかなかった。
ああ、もう、やっぱり腹が立つぞ。胸がズキズキする。
精神衛生上、良くない。良くないぞ。うん。
「ノノ、君は床に転がって何してるの?」
そして、何故かオーベルと一緒に部屋へやってきたヴァスガロン様が、怪訝そうに私を見下ろして言った。
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