第37話

 迷路のような王城の中を、オーベルを抱えて進むのは、面倒になって来たので、私は窓を破って階下へと飛び降りることにした。

「の、ノノ!? やめろ! 怪我するぞ!?」

「うるさい黙ってろ」

 どのくらいの高さだろうか?

 よくわからないが、上層から中層までの高さはないだろう。ならば、大した問題じゃない。足を折るくらいで済むはずだ。オーベルを取り落とすことだけ注意すればいい。

 私は斧を振って窓を破ると、そのまま城の階下へと飛び降りる。

 着地時に恐ろしい痛みが両足を襲ったが、食いしばって耐え、オーベルを一旦下ろす。

「の、ノノ…大丈夫か…?」

 痛みを堪えていると、ごちゃごちゃした感情が一瞬どこかへ消え、頭の中が鮮明になってくる。

 先程、羽鎧虫で飛んで居た時、王城はどうなっていた? 外からは軍幕など見えなかった。ならば城内か。しかし、指揮所があるとすれば、どこだ?

 ある程度兵士達を待機させることができ、机を並べ、会議もできる場所―――

「指揮所は一階? 謁見の間でもあるのかしら?」

「正面門を入ってすぐに大広間がある。祭事に使うんだ」

「なら、そこで間違いなさそうね」

「正面から行っても兵士達に遮られると思う。だから城内から行くべきだと思ったんだが…」

「城の中も兵士で一杯だったじゃない。逃げながら進むなんて面倒だわ」

「ノノ…」

 オーベルが私を見た。何が言いたい?

「ありがとう」

「何故礼を言うの?」

「ノノは逃げる必要なんてないだろ。立ち塞がる兵士は、全て薙ぎ払って進めるはずだ。だけど、そうしなかっただろ?」

「………興が乗らなかっただけよ」

 ひょっとしたら、私が薙ぎ払う誰かは、オーベルの友人かもしれない。そう思ったら、下手に攻撃できなかっただけだ。こいつが悲しげに目を伏せる顔を、見たくなかっただけだ。それに、きっとミシェルも、しょげたオーベルを見たら悲しむ。

 つまり、私の軽率な行動でオーベルもミシェルも悲しませる可能性がある。それなら、私が足を折ったほうがマシだ。

「足も治ったわ。行くわよ。謁見の間はどっち?」

「ここからなら一度正面門へ回ったほうが近いが…――」

 言いながら、オーベルは何か思いついたようだ。

「ノノ、ひょっとして高く跳ぶことも出来るのか?」

「高く跳ぶって、どれくらい?」

 おそらくジャンプしてオーベルを飛び越えるくらいなら容易にできるが…?

「そ、そうだな…。ええっと、あの窓まで飛びつけるか?」

 オーベルが指差すのは、ここから私二人分の高さの位置にある窓だった。

 城の広間に光を取り込むために設けられた、開けることを想定していない採光窓のようだ。

「もし飛びつけるのなら、あの窓から入って近道を作れる。ほら、あそこに小さい扉が見えるだろ? 城から出るための脱出路の一つなんだ。普段は施錠されているんだけど、内側から鍵を開けられば―――広間まですぐだ。」

「なるほどね」

 近道は良い。最高だ。

 私は窓ではなく、扉に近づいた。

「の、ノノ!?」

 そして、勢いよく斧を叩きつける。

 鉄製の扉はその一撃で大きく拉げ、次の一撃で斧が鉄扉に突き刺さった。

 そのまま、2~3打を繰り返すと、扉の形は崩れ、哀れな姿になった。蝶番も壊れたようだったので、扉の裂け目に手を入れ、無理やり扉を引き抜く。大きな音を立てて、鉄扉は地面に倒れた。

「………」

「何呆けているの? 行くわよ」

「え、あ、ああ…」

 窓から入って鍵を開けるまでもない。


 再び城内に踏み込んだ私達は、通路を抜ける。

 だが、その途中で、私は―――


「オーベル、城に魔法使いは何人いる?」

「なんだ、急に?」

「素早く答えて」

「12人くらいだ。ダグニム魔術師団と呼ばれる精鋭で、ノノが塔で縛り上げた魔術師もその一人だ」

「なら、あと11人いるのかしら?」

「…サリヴァが――俺を逃してくれた魔術師が、追っ手から上手く逃げて、城に戻れているのなら、そのはずだ」

「城が包囲されている今なら、魔術師達はどこにいると思う?」

「包囲している軍を魔術で攻撃する為に城門や城壁に配置されているはずだ」

「ならコレは、貴方の知らないもう一人ね」

「…?」

 オーベルには見えていない。

 濃い魔力が城内を満たし始めた。

 これは、探査の魔法だ。ミシェルがゲジを潰すのにも同じようなものを使っていた。

 魔力に触れれば、居場所がバレる。

「大広間までは、あとどれくらい?」

「もうすぐだ。あの曲がり角を折れれば出られる」

「なら、出来るだけ勢いよく出ましょうか」

「え?」

「宰相とご対面よ」

「ノノ―――…うわ!?」

 私はオーベルを再び抱え上げる。そして、全力で通路を疾走した。

 敵が放った探査の魔法に触れ、漂う魔力が震える。逆に魔力の波から動揺が伝わってきた。

 オーベルが言った通り、通路を折れるために、私は壁を蹴った。

 壁を蹴った勢いを殺さず、床ではなく、壁を走る。

 加速する身体はそのままに、目の前に立ち塞がる扉に向けて、斧を振り上げる。

 破砕音。

 そして、光と風。

 私達は広間へと躍り出る。

「何だ!?」

 鋭い声が耳に届いた。

 埃が舞う中、私はオーベルを床に降ろして、背中を押した。

「何者だ!?」

「兄様!」

 オーベルが問いかけに応える。広間の壇上に立つ男は、豪奢な剣に手をかけ、オーベルを睨んだ。頭には王冠が乗っている。絵本に描かれていそうな、いかにもな王様だ。濡闇ノ国の王様とは全く違う。

「オーベル…!? 貴様! いよいよ我の首を取りに来たか!?」

「いいえ――私が取りに来たのは…」

 オーベルは視線を大広間に巡らせる。

 大広間には、作戦立案や、兵士達からの報告を処理するために、文官達も大勢いた。兵士達もそれなりの数がいるようだが、多くは城壁外の反乱軍への対処に駆り出されているようだ。戦力は薄い。

「宰相! 貴様、よくも…!」

 オーベルが睨みつける先には、豊かな白髭と白髪の男がいた。

「これはこれは、反逆者オーベル。兄の冠を奪わんとする痴れ者が、わざわざ乗り込んでくるとは」

「兄様を誑かす道化が!」

「王よ、耳を貸してはなりませんぞ。それよりも、反乱の首謀者がここにいるのです。手早く始末を。もう間もなく外の反乱軍にも魔法砲撃を行います」

 宰相は冷静を取り繕い、王に処断を促す。

「待て、レドウィグ。オーベル、何故だ。何故こんな事をした?」

「俺は何もしていません。全ては宰相の企みです」

「世迷い言を。貴様が反乱の首魁であったことは、生き残ったサリヴァが証明したわ」

「な――!? サリヴァは生きているのか…!?」

「そうだ、サリヴァが貴様に斬られたと証言したのだ!」


 あー…。

 この茶番をどれだけ続ければいい?

 まるで戦記小説の1シーン。まさに、ありがちな展開。

 このまま続けてもいいのかもしれないが、いま宰相が言った魔法砲撃というのが気になる。万が一にも、ミシェルが巻き込まれる可能性がある。ミシェルのことを思えば、早急に諸悪を断つのが肝要だった。

 その為には―――…


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