第36話
城壁に沿ってぐるっと進み始めたミシェルは、既に4台の攻城兵器を破壊していた。背が高いので簡単に見つかる為、見つけ次第
ミシェルらしくなく丁寧に壊して回っているおかげで、攻城兵器による城への攻撃は、すでに沈黙していた。
そして、城門を破ろうとしていた兵士たちも、ミシェルが近づくことで、その約半分が肉塊と化していた。反乱軍は半壊状態となり、既に多くの逃亡者も出ている。
これには、城門から弓を番え、城を攻める逆賊を撃ち払っていた弓兵達も、迎撃用の魔術を編んでいた魔術師達も、あんぐりと口を開け、呆然とする他無かった。
「………」
しかし、ミシェルの顔は楽しげではなかった。
城壁に沿って兵士たちを肉塊に変える作業は、一旦止めざる得ない事態となったからだ。
「そこにいるのはわかっているわ。もう姿隠しはお止めになったら?」
「………マジですか。結構気を使って魔法を使ったつもりだったんですけど、これを見破るなんて…化け物ですね」
ふわり、と、戦場の風景の一部が解けた。
肉塊となり、地面に伏すばかりの兵士達を挟んで、少し離れた位置に、魔法使いらしい風体の人間が現れる。ギリギリ、ミシェルの伸ばせる魔力の範囲の外に立っていた。
「突然人を化け物呼ばわりするなんて、失礼な人だわ」
「そう言う他ないですよ。見て下さいよ、これ…。まったく容赦がない…」
魔術師が両手を広げ、周囲の様子を示す。
そこには赤い地獄が広がっている。まるで、血の沼だ。
「………」
ミシェルは何も言わず、現れた何者かへと素早く駆け寄ると同時に、魔力の腕を伸ばした。
掴まれれば捩じ切られる強力な魔力の塊だ。
現れた魔法使いは、とっさに防御の魔法を張る。
ミシェルの赤い魔力は、青い光として顕現した魔力の防壁に阻まれる。
「危ない…! 危ない…! 名乗りもせずいきなり攻撃ですか!?」
「貴方、草原の国の人とは違うわね?」
「うへぇ…、どうしてわかるんです…?」
「その魔法、お祖父様が使っていたのを見たわ。それに”詠唱”もしなかったわね? 草原の国の魔法使いは、”詠唱”しないと魔法を使えない人達だって、オーベルから聞いたわ」
「………随分と王子と親しいみたいじゃないですか、ミシェル・ライフォテール」
自身の名前を知っていることで、目の前の魔法使いが草原の国の人でないことが確定した。ミシェルは眉を顰める。
「ひょっとして、貴方なの? オーベルを濡闇ノ国へ送り込んだのは」
「ええ、ええ、そうですよ…!」
ミシェルの魔力の腕を、防壁が押し返す。
ミシェルは一旦、腕を自身に戻した。
「私はサリヴァ、サリヴァ・レイムスと申します」
「貴方はオーベルを助けたのではないの? 何故オーベルの家を攻撃しているの?」
「そりゃ、王子を反乱軍の首魁に仕立て上げるためですよ。そうすれば私達が疑われることもなくなりますからね。反乱を”失敗”させた後、犯人として処刑するために塔に放り込んでおいたんです」
「話がよくわからないわ。ちゃんと説明していただける?」
「”私達”は、濡闇ノ国から来たんですよ、この国をボロボロにするために」
「………どうしてそんなことをするの?」
「ミシェルお嬢様は、頭がパッパラパーなんですか? 私達、この国とは戦争してるんですよ、戦争!」
「戦争はもう終わったのでしょう?」
「表向きにはね! でも、水面下じゃずっと争ってるんですよ。そうじゃなきゃ、国境の防衛隊だっていらないはずじゃないですか」
「それは――そうかもしれないわね…」
確かに、と、ミシェルは自分の顎に手を当てて考えた。
「濡闇ノ王は草原の国――いえ、このダグニムを完膚なきまでに壊しましたよ、ええ。それで勝利だって言ってます。けど違うんですよ、まだ終わってないんですよ。私達の戦争は、まだ終わってないんです…!」
「でも、王様が言ったのなら――」
「あのボンクラのせいで! 何人死んだと思ってるんですか!? アンタ、何も知らないんですねッ!?」
「―――…」
「最初から全部叩き潰せばよかったのに! そうしないから! 母さんも、姉さんもこいつらに殺されたんですよ!」
サリヴァは、足元に転がっている肉塊を蹴る。
「私達の戦いはまだ終わっていないんです! こいつらを全員惨めにブチ殺すまでは!」
「なら、ただ魔法を使えばいいじゃない。どうしてオーベルを敢えて助けたり、反乱軍を作ったりしているの…?」
「………。…魔法で全てを解決できないからですよ」
「何故?」
「みんなアンタと一緒じゃないんだよ! 歩くだけで人間を潰せるんならそう思うかもしれないけど、私達にそんな魔法は無いんだよ!」
「だから、オーベルを利用したの?」
「そうですよ! 必死こいて”門”を直してからこの20年、この国でコツコツ地位を築いて、ようやくここまで来たんだ! 見て下さいよ、これ! クソ草原人を同士討ちさせるって画期的なアイディアですよ! ほんと、馬鹿な連中ですよねぇ! 王様を倒せば金持ちになれるかもって、偉くなれるかもって、そう思って集まったんですよ、こいつら! そんなわけないのに!」
「そう、よくわかったわ、ありがとう」
そう言いつつも、まだよく分かってなさそうな顔のミシェルは、サリヴァの事など気に留めず、なんとなく城壁に沿って再び歩きだそうとした。
「ちょ、どこ行くんですか!?」
「どこって…この人達をやっつけないと、オーベルが無事に家に帰れないでしょう? だから駆除しないと」
「な……え…!?」
「それでは御機嫌よう、サリヴァ・レイムス」
「ま、待ってくださいよ! アンタ、突然空から落っこちてきて、反乱軍を半分も殺して、何言ってるんですか!?」
「何って…?」
「オーベルが無事に家に帰れない――って、意味分かんないですよ!? 逆に教えて下さいよ、何故死にぞこないの草原人の為にこんなところまで首を突っ込んできてるんです!? そもそも、どうやってここまで来たんです? わざわざ、羽鎧虫で飛んできたんですか?」
「ここへ来るのには、”門”を使ったのよ。私の塔の隣の廃塔にあったの」
「他人の塔に勝手に入ってきてる…!?」
「廃塔だって、お父様から聞いたのよ」
「20年ちょっと離れてただけじゃないですか! 何で勝手に上がって”門”を動かしてるんですか!?」
「だって、勝手に動いてしまったんですもの」
「ああ、なんとなく分かってきました…。うちに不法侵入して、そこでオーベルと偶然鉢合わせしたんですね…?」
「ええ」
「そして、オーベルに絆されて、”門”を起動し、ここまでやってきたと…」
「その通りよ」
「つまり、さっき飛んでいった虫の片方には、王子が乗ってたわけですか」
サリヴァは草原に聳え立つ城塞を遠い目で見る。
「ま、いっか。父さんが上手くやってくれるでしょ」
「もうよろしくて? 私、早く駆除を済ませてオーベルに会いに行きたいの」
「いいえ、いいえ、まだ用があるんです」
「………」
ミシェルは眉をひそめ、不快感を顕にする。
「反乱が”失敗”するのは想定内ですが、それは私か父さんが成し遂げなければならないことなんです。貴方がめちゃくちゃにしてしまったら、計画に支障が出てしまいます」
「そう、ではどうするの?」
「反乱軍諸共、灰になって下さい」
サリヴァはそういうや否や、勢いよく右手を上げた。瞬間、鋭い赤い光が空に向かって伸びる。
「撃てーッ!!!」
そう叫びつつ、サリヴァは再び防御魔法を展開する。
ミシェルがその様子に小首を傾げていると、城壁から無数のまばゆい輝きが放たれた。
いつしか、城壁の上には弓兵ではなく、魔術師達が並んでいたのである。そして彼らは、既に詠唱を追え、総攻撃の指示を待っていた。
そして、サリヴァの合図で一斉に、用意されていた殲滅魔法が放たれたのである。
ミシェルは、まばゆい輝きに振り返る。
猛烈なる魔力の熱は、もう眼前に迫ってきていた。
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