第30話

 さぁ、この小競り合いの処理を始めよう。

 まずは襲撃者全員の持ち物と武器を奪う。鎧や兜はなかなか良い代物だった。草原の国の武具となれば、この国ではそれなりに値がつくかも知れない。オーベルを養っていたせいで目減りした私の資産の補填となってもらおうと思う。

 気絶した女と、生き残った3名の騎士達を、塔の中にあった鎖で縛り上げ、死体は湿地に放り投げた。青ネズミが喜んで処理してくれるだろう。

 次に状況の整理だ。

 何故女魔法使いの窮地に突然オーベルが駆け込んできたのかというと、奴は丁度、ミシェルを連れて、いつものように私の様子を見に来てくれていたからだった。

 到着するなり、剣戟の音が聞こえたので、ミシェルを置いてここまで駆けつけたということだけれど、その結果、女を縛り上げる手間が増えたというわけだ。

 人が良いにも程がある。自分を捕縛しに来た、あるいは殺害しに来た奴さえ庇うとは…。

 馬鹿か? いや、馬鹿なんだな。

 私の中でオーベルの評価を2段階ほど下げながら、私は全ての戦後処理を終えて、オーベルがミシェルと共に戻ってくるのを待った。


「えーと、ノノ、それで、どういうことなのかしら…?」

 遅れて駆けつけたミシェルが、戦闘後の状況にドギマギしながら、部屋に入ってくる。本来いるはずのない人間がいきなり4人も増えていたら、確かに吃驚するだろう。

「門に動力を送る路を完成させて、ちょっと休んでいたら、突然門が起動して、こいつらが雪崩込んできたの」

「オーベルのときと同じなのかしら?」

「オーベルのときと違うのは、いきなり私に攻撃してきたことね」

 と、ミシェルには破れた服を見せる。乾いた血もこびり着いているので、私はひどい格好をしていた。おまけに2週間部屋に戻っていないので、更にひどい状態なわけだけれど、状況が状況なので、ミシェルには少しの間我慢してもらおう…。

「これで分かったことは、門が起動可能な状態ならば、あちらから門を開くことができる、ということね」

 この門は出口としてだけでなく入口にもなり得る。

 最初、ミシェルは門を起動してしまったと言っていた。だが、それはおそらく違うのだ。あのときはアーティファクトを通してミシェルと門に魔力の経路が直接繋がっていた。要するに膨大な魔力を持つミシェルを魔力炉と見なし、”門”がミシェルから魔力を吸い上げることで、起動する条件が整ったというだけだったのだ。

 更に推測を重ねるならば、いまミシェルが持っているであろう”門”を動かすためのアーティファクトは、遠隔で魔力を”門”に送り込むための装置なのだろう。まさしく”鍵”だ。よく出来ている。

 以上のことから、前回も今回も”門”を起動させたのはオーベルの国の方だと考えられる。魔術師か誰か知らないが、オーベルの国の誰かが”鍵”を持っているはずだ。

 だから、私はすぐに”門”を停止させた。エネルギーを供給する路を斧で断ち斬って、無理やり門を止めた。何故なら別の騎士達が武器を手に勇んでやってくるかもしれなかったからだ。あちらから自由に”門”を開けるのだとすれば、魔力を保持させておくのはあまりにも危険だ。

「で」

 ミシェルにことのあらましを語り終えた私はオーベルに向き直る。

「説明してもらおうかしら?」

「説明って――」

「オーベル、お前は何者なの? どうして追われてるの?」

 オーベルがただの草原人なら、魔術師に逃されることも、追手を向けられることもない。こうなった以上、オーベルはただの草原人じゃない。

「ま、待って、ノノ、待って! オーベルは違うわ、悪い人じゃないわ!」

「ミシェル、それはわかってる。オーベルは善良よ。けど、追われるのには理由があると思うの。その理由を知っておかないと、私達はオーベルを無事に返せない」

「そ、それは、そう…かもしれない…けど…」

「ミシェルはオーベルが何者か知りたくないの?」

「それは――…」

 ミシェルの真朱の瞳が泳ぐ。そしてややあって、オーベルを見た。

 オーベルは、私とミシェルの視線を受けて、静かに息を吐く。

「あまり深く関わるつもりはないんじゃなかったのか?」

「私達には深く関わるな、と言ったのよ。お前の事情については吐いてもらうわよ」

 そもそも、深く関わるなと言いつつも、すぐにこいつは頭を突っ込んでくる。

 私がどれだけお前に私達の秘密を話したと思ってるんだ。お前も少しは私達に自分の話をしろ。そうじゃなきゃ、フェアじゃない。

 オーベルはため息を吐き、私とミシェルを視界に収め、真剣な表情を向けた。

「…俺は、ダグニム…草原の国の、王子なんだ」

「王子様っ!?」

 ミシェルが口に両手を当てて驚く。

 私は驚かなかった。我慢していたわけではなく、なんとなく察していたからだ。

 オーベルがただの草原人と違うのは分かっていた。状況を整理して飲み込み、その上で自分の考えを持って正しく行動できる。恐怖を飲み込み、土壇場であろうと行動できる。普通じゃない。普通の草原人じゃない。

「けど、王子って言ったって、俺は3人兄妹の末弟だからな。王様になれるわけじゃない。将来は草原の端の小さな領地を貰って、死ぬまでそこで静かに暮すような奴さ」

「そう。でも静かに暮らせてないようだけど?」

「…そうだな」

 オーベルはため息を吐いた。

「一体何があったのかしら?」

「俺は――…配下が謀反を企んでいるという情報を掴んで、それを調査していたんだ」

 それは、ひょっとして宰相――…? 確か、オーベルの命を狙う追っ手も、宰相の名前を出していた。

「しかし逆に宰相にバレて命を狙われた、ってことね」

 逆にオーベルが少し驚いたようだった。

「ノノ、どうして分かったんだ…? こいつらに聞いたのか?」

「オーベル、お前は気持ちが顔に出やすい」

 いつかのお返しだ。言ってやったぞ。

「はは、そんな”してやったりみたいな顔”で言うのか、それ」

「な、何…!? 私はそんな顔してない!」

 くそ、何だこいつ…。腹立つな…。

「でも、ノノの言う通りだよ。俺は宰相に嵌められたんだ。俺が探りを入れてたことは、とっくにバレてた。宰相の手の者に追い詰められた俺は、協力者の魔術師の力でここへ逃されたんだ」

「………」

 だが、少なくとも、ここに”門”があることを知らなくては、”門”を起動させることはできないのではないか? ひょっとして、その魔術師がこの”門”の”鍵”を持っていたということか…?

 ならばその魔術師もまた、濡闇ノ国の関係者…ということになるのではないか?

 私は何か引っかかりを覚えたけれど、一先ず頭の片隅に追いやることにした。話を進めよう。

「お前がここへ来て既に15日以上経過している。そして、今やって来た正規兵らしい連中と、魔術師。こいつらは明確にお前を反逆者と呼んでいたわ。明らかに状況は悪化しているわね。もう宰相の反乱は成功してしまっているんじゃないかしら?」

「わからない…。でも、まだ、全てが決まったわけじゃ…」

「そこへお前が駆けつけて、役に立つの?」

「………」

「ここに居たほうがいいんじゃないの?」

 え? あれ? 私、今なんて言った?

「戻れば殺されるわよ。でも、身分を捨てて、ここで絵描きとして暮らしていく道もあるわ」

 いや、待て…。バカを言うな、私…。オーベルを、オーベルを帰さないと…。そうしないと、私の幸せが帰ってこない―――…

「いや、俺は帰る」

 オーベルはまっすぐ私を見て言った。

「帰って、戦う」

「死ぬわよ?」

「そうかもしれない。けど、俺には王族としての責務があるから」

 王族としての責務がある―――なんてバカバカしい。

「そんなくだらない責務のために死ぬ気?」

「くだらなくなんてないさ」

「くだらないわ」

 私はオーベルの胸ぐらを掴む。つまり、私の合羽の胸ぐらだ。なんだか自分で自分の胸ぐらを掴んでる気分だった。

「ネズミやらゲジやら、危険な生き物と臭い湿地とジメジメした雨に塗れたこんな場所でさえ、毎日必死で生きようとしている私達からすればね、乾いた地面でのうのうと暮らしながら、生きるも死ぬも大義だの責務だのと言って自分から命を捨てる連中なんて、くだらないわ」

 かつて―――その”責務”のために、私を捨てていった家族やつらがいたんだ。

 そんなもの放り投げて、私と一緒に生きてくれたらよかったのに。

 くだらない世界の方を見捨てたらよかったのに。

「お前が死に行くつもりなら、この”門”は通させない」

 あんなにオーベルを、門の向こうへ捨て去りたかったはずなのに。

 私は今、真逆のことを口走っている。

 どうかしてる、どうかしているぞ、私。

「どうしてだよ、ノノ、俺のこと嫌いなんじゃなかったのか?」

「大っ嫌いよ。けど、死んで欲しいわけじゃない。お前が死んだら悲しむ人がいる」

 私は、ミシェルを見る。

 ミシェルもまた、両手を胸の前で組んで、祈るようにオーベルを見ていた。

「何の因果か、お前と私達はこうして出会ったんだ。一緒に食事も摂ったし、同じ部屋でも寝た。同じ敵を倒し、同じ仕事もした」

 私にとってはそれは不本意な事柄だったけれど、事実は事実だ。

「私の人生からすれば、お前との出会いなんてほんの些細な出来事でしかない。でも、しかし、だからこそ――…」

 鮮烈に、お前の姿が”憧憬”になる。

 恐ろしく、悍ましく、それでも、ここを故郷と仰ぎ、何年も何十年も同じ日々を繰り返し生きている私達は、運命の悪戯か、神の遊戯か知らないけれど、オーベルという”違う世界の人”に出会った。

 こんなの奇跡だ。こんなこと、1000年に1回だってあるもんか。

 それはきっと、ミシェルも同じなんだ。だから、彼女はお前に恋い焦がれてる。

「ノノ、止めて。オーベルを離してあげて…」

 ミシェルが私に言う。

「だけど、ミシェル――」

「ノノ」

「………」

 私は、渋々とオーベルを離した。

 オーベルは私から逃れるようによろけるが、ミシェルがその傍らに寄り添い、奴を支えた。甲斐甲斐しいミシェルの仕草に、私の胸が、傷もないのに酷く疼く。

「ノノの言う通り、私は、オーベルに死んで欲しくないわ。私達がオーベルを草原の国へ帰してしまえば、オーベルが死んでしまうというのなら――」

 ミシェルは微笑んだ。

「私達も行くしか無いわねっ!」


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