第29話

「どうしてそいつを探しているの?」

「その者が…―――反逆者だからよ」

「反逆者? へぇ、一体何をしたのかしら?」

 実に興味深い話だった。

 私はこのローブの女と話をすることにした。

 剣を構えていた鎧男が、気絶した他2人の介抱を始めたのを視界の端に収めつつ、女を見る。

「その反逆者は――草原の国の…”貴族”なのよ。そいつが突然、王が正当な後継者ではないと訴え、挙兵したのよ」

「まぁ、それは大変ね」

「ええ…」

「でもどうしてここにいるって分かるのかしら?」

「私達は王の命で反逆者を追っていたの。それに、宰相からの情報提供もあった。この神殿に秘密の道があると。反逆者を見失ったのだとすれば、その道を使った恐れがあると」

「ふうん」

 つまり、その宰相とやらはこの”門”の存在を知っていた…?

 いや、それよりも、少しだけ、オーベルから聞いた話と違うな。

 オーベルだけではこの”門”を起動することはできない。それに奴は、魔術師に逃されたと言っていた。

 何かが引っかかる。

 ここで、ローブの女も自身が情報を引き出されている事に気づいたようだ。はっとして唇を噛んだのが見えた。でも構わない。私は続ける。

「ところで、その反逆者が死んでいたら、あなた達はどうするの?」

「………死んでいるなら、その証拠を持ち帰らなければならないわ」

「耳でも切り取って持っていくのかしら?」

「その男は自身の身分を示す証を身に着けている。それを持ち帰るわ」

「それはどのようなものかしら?」

「白銀の剣よ」

 ああ、あれか。オーベルが持っていた短剣のことだな。

 間違いない、こいつらが探しているのはオーベルだ。

 私が心優しい親切な女なら、ここでこいつらを始末して、オーベルを守るのだろうけれど、私はそこまで心優しくもないし、親切な女でもない。一刻も早く、オーベルにはこの国から消えてもらいたいと思っている。

 オーベルを突き出すのは悪くない考えだ。ミシェルにはオーベルの迎えが来たと言えばいい。

 それで、全てが元通り―――…

「なら、その短剣を見つけられたら教えてあげるわ。今頃湿地の獣のお腹の中かもしれないけど」

「………湿地…? それに、この雨の音―――……」

 オーベルも湿地というヒントで気づいた。なら、この女も気づくか。

 女は自分がどんな場所にいるのか、ようやく思い至ったようだ。全てを悟り、顔色が悪くなっていく。

「そう、ここは濡闇ノ国。そして私は魔人よ」

 トドメとばかりに、私は答えを告げた。

「…ッ!?」

「探し人については残念だったわね。いつ忍び込んだかは知らないけれど、今頃命は無いでしょう」

 いや、待て待て。そうじゃない!

 ここでオーベルを引き渡せば万事終了、全てがうまくいく。オーベルは処刑されるのかもしれないけれど、そんなこと私の知ったことではない。それに、少なくともオーベルを差し出せばこの連中は幸せになれるんだ。私も幸せが戻ってくる。オーベルだけだ、不幸になるのは。

 引き渡せ、引き渡せ! ミシェルへの説明もできる!これは仕方のないことなんだって言い切れる! だから…!

「本当なら、あなた達も殺すべきなの。でも、私はいま良い斧を拾って機嫌がいいわ。だから見逃してあげる。さっさと行きなさい」

 でも、私はそれを放り投げた。

 オーベルが確実に死ぬと分かっていながら、それをするのはフェアじゃない。あいつには無事に帰すと約束した。これは、このやり方は違う。

 それに、このまま奴を故郷に返せば、ミシェルはきっと悲しむはずだ。

 とてもとても、悲しむはずだ。もう二度と会えないと、悲嘆に暮れるはずだ。

 彼女をそんな目に遭わせるわけにはいかない。

「………」

 私が魔人だとわかると、女は応えるのを止めた。

 言葉を交わすことすら穢れだとでもいうように。

 この女と比べると、オーベルは聡明だった。

 どんなに相手に憎悪を抱いていようと、それを押し殺して納得した。自分が生き残るために、価値観を折って捨て、世話になることを決めた。

 こいつらはどうだろうか?

 ここでおとなしく引き下がるだろうか?

「―――…終焉の火―――」

 ん?

「我が魔を以て、ここへ示さん。火よ、火よ、終焉の火よ、現れ出よ、全てを焼き払い、灰に変え給えっ!!!」

 ああ、なるほど。これが”詠唱”か。

 やはり遅すぎる。

 詠唱だと分かった瞬間、私は駆け出して女に向けて斧を振り上げる。

 が、その前に生き残った鎧の男が駆け込んで来た。男は剣を盾に、私の斧を受けようとしたが、その剣は斧の重さに耐えきれず折れ、斧の刃は余った勢いで鎧の男の肩に沈み込んだ。血が飛び散る。

 女をかばった男は声にならない声を上げて倒れるが、十分な仕事をしていた。

 私の真上に高温の火球が発生する。徐々に巨大化してく火球は、私を飲み込もうとしていた。女が放った魔力が熱エネルギーに変換され、私に迫っているのだ。私を灰に変えるだけの熱が、肌を焼き始める。

 私は斧を火球へと振り上げた。やはり、その斧はとても出来が良い。女魔法使いから放たれた魔法を真っ二つに裂き、返す刃で女から放たれる魔力の流れも断つ。

 だが、裂かれた火球は爆発する。私の背中に猛烈な衝撃と熱波が降り掛かり、服や髪が燃えた。大した問題ではない。

「つァアッ!」

 渾身の魔法が阻害され、私よりはずっとマシだろうけれど、それでも魔法の暴発による熱波を浴びた女が悲鳴を上げた。背後に転びながら、衣服に燃え移った炎と、確実な死を齎すであろう私から逃れようと、手足をジタバタさせている。次の魔法を放とうとしているようだが、焦ってしまって魔力を練れていない。

 やはり遅すぎる。

 女が魔法を放つよりも、私の身体が再生するほうが、ずっと早かった。

「大人しく逃げればよかったのに」

「ヒッ!?」

 私は、女の頭蓋を砕くべく、斧を振り上げた。

 

「やめろ!! ノノ!!」


 声に驚き、私は振り下ろしかけた途中で、斧を止める。

 背後からかけられた聞き知った声に、殺意を止められてしまった。

 恐怖に引きつった女の瞳が、私の背後を見やる。

 すぐに私のとって最悪な相手が目の前に現れる。振り上げた斧と女の間に入り、彼女を庇う。

「やめてくれ、頼む…!」

「こいつら、お前と違って賢くないわ。逃してやると言ったのに逃げずに襲ってきたのよ。それに―――」

 私は斧を向けたまま、最悪な相手オーベルに言ってやる。

「こいつら、お前を捕まえに来たそうなの。お前がこいつらを庇う理由なんて、無いんじゃないかしら?」

「それでも、ノノに武器を振るわせたりしない。お前を巻き込んだりしたくない! これは、俺が呼び込んだことだから!」

「―――は?」

 変な声が漏れた。

 何を言ってるんだ、こいつは。

 本当に、本当に、本当に、本当に!

 本当に頭にくる!

 私はもう、とっくに――…

「…――とっくに、巻き込まれてるわ」

 命を助けようと颯爽と駆けつけたオーベルを逆に人質にしてやろうと、隠し持っていた短剣を突きつけようとしていた恥知らずな女の頭を、私は斧の柄で軽く小突いて気絶させた。少し乱暴だったかもしれないが、そんなこと知ったことか。

「とっくに、私の人生は無茶苦茶になってるのよ」

「…ノノ――その、俺――」

「また私を怒らせたいの? そうでないのなら、それ以上口を開くべきじゃないわ」

 正直に言えば、今度は自分を止められる自信が無かった。

 しばらく、オーベルと睨み合いが続く。

 物言いたげな黒い瞳が、私を映す。

 この世で一番不機嫌そうな女の顔――なんかじゃない。

 まるで仮面のように、”いつも”を装う顔――なんかじゃない。

 今にも泣き崩れて、二度と立ち上がれそうもない、そんな奴の顔だった。

 

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