第28話
血を撒き散らしながら、崩れた棚と、ガラクタの山の下敷きになった私は、意識を保ったまま、痛みに歯を食いしばる。
身体を貫通した傷から、血がどんどん流れて行くが問題ない。傷はすぐに塞がるし、思考は大変クリアになった。眠気も寝呆けも全て吹き飛んでくれた。
さて――
腹を貫かれ、棚に叩きつけられた礼は存分にするにせよ、状況がよくわからない。なので、まずは様子を見ることにした。ガラクタと共に床に崩れ落ちたままの姿で部屋を見回す。
騎士は、私の背後の起動した”門”から出てきたようだ。ずるり、とでも擬音で表現するべきか、騎士は”門”が生み出す魔法の空間を抜け、塔に踏み込んだ。そして、周囲を警戒し、何事も無いことを確認すると門に向かって呼びかけた。
「1名、排除しました。その他に動く者はありません」
「そうですか」
再び、門から人影が現れる。うっすらと魔力を帯び輝くローブの姿で、いかにも魔法使いといった出で立ちの女性だった。
「しかしおかしいですね…。先程床で寝ていた妙な女は心臓を貫いておいたはずですが…」
「今度は槍で貫きました。今度こそ死んだでしょう」
「そうだといいのですが、念の為、首を落としていただいていいですか?」
「そこまで必要ですか?」
「この場所は異様にマナが濃い――何が起きても不思議ではありません。万全を尽くすべきです。それに、相手は反乱軍でしょう。躊躇することはありません」
「承知しました」
私を槍で突き殺したと思っている鎧姿の男は、腰の短剣を抜き、私に近づいてくる。確実に止めを刺すために、首を落とすつもりらしい。
首を落とされても生きていられるかは、私も試したことがない。再生できるかどうか、少し自信がなかった。
だから私は、男が不用心に私に近づき手を伸ばしたとき、それを逆に掴んでやった。思いっきり引っ張ってやれば、油断しきっていた男は体勢を崩す。
「なッ!?」
それが遺言になる。私は先程拾い上げたまま手にしていた短剣を――そう、自分の心臓へ突き立てられていたらしい短剣を、男の兜の隙間にねじ込んでやった。
眼球ごと、頭の真ん中まで短剣が貫いた感触がした。男は兜の隙間から血を滴らせながら、壊れたバネ仕掛け人形のような動きをしたが、すぐに止まって動かなくなる。
ねじ込んだ短剣はそのままに男にくれてやる。私は代わりの武器として槍を貰う。重さといい、強度といい、なかなか良い槍だ。
「あ…貴方、魔物…?」
私の心臓に短剣を突き立てたなどと自供していた奴が、驚きと恐怖を押し殺しながら武器を構えるのを見た。
と、同時に、敵の戦力も正確に把握する。騒ぎを聞きつけたのか、いま倒した鎧の男と同じ格好をした騎士が3人、門から現れたのだ。
「総員、その魔物を倒しなさいっ!」
ローブの女が命じる。
同僚の顔面を抉った私に、鎧の男たちは武器を構え、雄々しい叫びを上げて走り寄ってくる。
私は腹の傷を撫で、完全に傷が塞がったのを確認しつつ、最初の鎧の男が放った長剣の一撃を軽く身体をずらして避けた。男が渾身を込めて奮った長剣は、廃塔の石床を叩き、ガギンと不快な音を立てる。
私は攻撃を躱され、無防備な男の頭に、拳を振り上げた。
鉄兜はひしゃげ、男の身体が浮き上がる。そしてそれが床に落ちる前に、もはや意識はないであろう男の腹部を蹴りつけて、駆け寄ってくる別の鎧男へと突き飛ばしてやった。
超重量の鎧を纏った巨体が、同じ大きさの巨体にぶつかって、共に倒れる。ガシャガシャと耳障りな音が響いた。
「な―――…」
私に駆け寄ろうとしていた最後の鎧男が、その惨状を見て、足を止める。
彼の武器は斧だった。薪割り斧とは違う、洗練された戦うための斧だ。デザインもなかなか良い。せっかくだから、私が貰ってやろう。
私は斧と交換するつもりで、顔面を抉った男から貰った槍を、斧の騎士に向けて投げつけた。
風よりも早い投げ槍は、防御の姿勢を見せていた男の肩に突き刺さり、大きく弾き飛ばした。耳喧しい金属音をまくし立てながら騎士は動かなくなり、斧は床に転がり、乾いた音を立てた。トレードは成立だ。
「ば、馬鹿なッ!」
残ったローブの女が金切り声を上げる。
へっぴり腰の姿で短剣を構え、ジリジリと”門”の方へ移動しようとしていた。
私は斧を拾いに行く。
拾い上げて眺める。
うむ、なかなか良い。
「お、お前――…お前は、何だッ!?」
瞬く間に3人の仲間を倒されたローブの女は言う。
答えてやる義理もない。だが、今日の私は、少しだけ…そう、少しだけ、機嫌が良かった。
「他人の寝込みを襲って心臓に穴を開けた賠償は、この斧でチャラにしてあげるわ」
「は、はぁ!?」
「見逃してやると言ってるのよ」
「………」
「早くそいつらを連れて、行きなさい」
顔面に拳を叩き込み腹を蹴って飛ばした男。
それに巻き込まれてもんどり打って、いまだジタバタしている男。
肩を槍で貫かれ、斧を手放して倒れている男。
まだこいつらは生きている。
私の腹を貫いた奴にだけは死んでもらったけれど、他の3人は直接害を為したわけではないので、命までは奪っていない。
その証拠に、もがいていた男は、気絶した鎧男を退かして立ち上がり始めていた。慌てて長剣を腰から引き抜いて構えるものの、私の力に慄いてか、ブルブルと震えている。
「どうしたの? 行かないのかしら?」
私は斧を振って、重量のバランスを確認しながら言う。
「わ、私達は、貴方に敵意は無いわ」
予想外なことに、ローブの女が話しかけてきた。しっぽを巻いて逃げるかと思ったのに。
そもそも、敵意が無いなら、寝てる人の胸に短剣を突き立てたりしないと思うが―――…まぁいい。今の私は機嫌が良い。
「続けて頂戴」
「私達は、王に命じられて人を探しているの。その男が見つかれば、おとなしくここを去るわ」
「なるほど?」
なるほどなるほど、と、私は”いつもの表情”で、女の言葉を待った。
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