5章 災禍ノ門ノ先
第26話
それから2週間が経った。
あの晴れ間が嘘だったかのように、凄まじい豪雨が2週間続いている。
降り続く雨は湿った塔の石壁をいよいよ叩き壊すつもりのようで、勢いが止む気配無い。一打一打が打ち込まれるごとに、じんわりと体に染み込んでくるような湿気とカビの匂いが濃くなっていく。
あれから2週間が経った。
私はずっと、この廃塔に籠っている。
部屋には戻ってない。
何故か? 何故ただ一人、ゲジと同居してるにも等しいこの劣悪環境に身を置いているのか?
それは、全力で”門”への魔力経路を製作するためだ。
オーベルには、部屋は好きなように使っていいと伝え、手持ちの配給券を全て預けてきた。これで衣食住には困らないだろう。それに、あいつならばその気になれば絵の仕事で稼ぐことだって出来る。オーベルに関してはもう何の心配ない。
今の私にとっては、ミシェルとオーベルの手で仕分けられた材料を加工し、それを”門”まで繋げていくことが私生活よりも優先されることだった。オーベルに構ってる暇はない。
こんな方法で本当に魔力を送れるのかというような継ぎ接ぎ姿の魔力路だが、たった1度起動できるだけでいいのだ。それで全ての片が付く。それで私はこの苦悩から解放される。
むしろ、1回しか起動できないほうがいい。
そしてオーベルを送り返した後は、粉々になるまでこの門を破壊する。
完全に、完璧に、完膚なきまでに破壊する。
二度と、二度とミシェルとオーベルが出逢うことが無いように。
だけどそれが、ミシェルの為にならないことは、わかってる。
彼女の望みは、オーベルに想いを告げて、共に生きることだ。
ミシェルに笑顔でいて欲しいのなら、ずっと私に笑いかけていて欲しいのならば、こんなことは間違っている。
もう二度とオーベルに会えないとなったら、ミシェルは、笑わなくなってしまうかもしれない。
両親を失ったばかりの、私のように。
間違っている、間違っている。そんなこと分かってる。
けど、私の中の情動が、ミシェルのオーベルへの想いを認めることを許さない。
それは心の亀裂になって、私は一週間、胸を貫くような痛みに苛まれ、それから逃げるように、ただただ、”門”へ魔力を通すための路を作ることへ集中した。
時折、ミシェルとオーベルが様子を見に来てくれる。
けど、私にとっては、水と炎だ。私の心の乾きを癒す水と、私の心を焼く炎。
嬉しいけれど憎くて、苦しいけれど嬉しくて、気が狂いそうになる。いや、もう狂ってるのかもしれない。
最初から、私は狂っていたのかもしれない。
私は暗い廃塔の中で、独り作業を進めていく。
作業と言ってもやってることは簡単だ。加工された素材を並べ、
材料を運び、それを壁や床に打ち付け、そしてまた材料を運ぶ。
この2週間、私は食べることも寝ることもせず、ただひたすらこれを繰り返した。
その結果、とりあえずこの粗悪な魔力路は無事繋がった。
壁やら床に、無理やり素材を打ち付けただけの、荒々しいオブジェが、魔力炉から”門”まで伸びている。グリンジャが見たらその乱雑さに卒倒するかもしれない。試しに、全てが終わったら見せてみよう。
テストとして、自前の魔力を流してみたが、ちゃんと魔力は流れていくようだ。炉からの大容量の魔力を流した時に、魔力路が保つかどうかはわからないが、理論の上ではこれで起動できる。
ちなみに、魔力路が保たなかったら、そこで魔力が暴発して何らかのエネルギー(多くの場合が熱エネルギー)に変換され、一帯が爆炎に包まれることになる。
ではどうするか?
この危険な魔力路で、本当に”門”を起動する気か?
最悪、塔が吹き飛ぶんじゃないのか?
大丈夫だ。
私には秘策がある。
祈れ。
強い祈りが成功を導く。
「………」
とりあえず、魔力路の完成で力を果たした私はその場に倒れ伏した。
大丈夫だ。単に心の拠り所としていた単純作業を失い、気が緩んで倒れてしまっただけだ。
寝る間も惜しんで働いた結果、想定していた工期を大幅に短縮し、いよいよ”門”が起動できる状態にまでなった。ああ、喜ばしいことだ。本当なら配給券を浪費してパーティーでも開きたい。ミシェルを呼ぼう。グリンジャも呼んでやってもいい。師匠は誘っても来ないだろうが一応声をかけておこう。キャノンベールさんは、どうしようか。
『――俺は……ノノ、お前に嫌われたくないんだ』
私の脳裏に、一番嫌いな奴の顔が浮かんできたので、私は妄想を止める。
「クソったれ…」
まぁ、いい。まぁ、いいさ。
いよいよ、私の日常が戻ってくる。戻ってくるんだ。あと少しで、なんとかいい感じに全て解決するんだ。ミシェルだって、きっと諦める。オーベルは二度と現れない。私とミシェルの日々は1000年先まで続いていく。
私は床に転がったまま、聳え立つ”門”を見つめた。
忌々しい災禍の門め…。
全てが終わった後、必ず叩き潰してやる…。
二度と、二度と、こんな目に、こんな気持ちにならないように、完膚なきまでに破壊してやる。
そう”祈って”、私は目を閉じた。
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