第22話

 シャワーを浴び、食堂で朝食を食べ、私達は昨日集めた修理用の資材を廃塔へ運び込むべく、活動を開始した。

 開始した、と言っても、実働するのは私だけで、ミシェルとオーベルは私の部屋で拾った魔力触媒素材を同じ長さに切りそろえたり、持ち運びしやすいサイズにしたり、素材の加工や分別を行ってもらっている。

 私は二人が加工した素材を背負い袋いっぱいに詰め込み、長い階段を登って最上層の虫舎まで運び込むのだ。重くて身体が疲れるというよりは、単純作業を何度も繰り返さねばならないという気疲れのほうが大きそうだった。

 それに、部屋ではオーベルとミシェルが共同作業中だ。それが気になって気になって仕方ない。もやもやした感情ばかりが胸中に募っていくのである。

 本当ならミシェルとオーベルを共同作業させる気は毛頭無かった。無かったのだけれど―――


「それじゃあ、私がその素材を運ぶのかしら?」

「え…」

「私が素材を背負って羽鎧虫を借りに行くのは、不自然だと思うの」

「た、確かに…」

「なら、それはノノにお願いするしかないわ。私とオーベルは残って素材を加工する、それではダメかしら?」

「だ、ダメじゃないけど…」

「なら決まりね! オーベル、一緒に頑張りましょう!」

「え、あ、ああ」

「………」


 ―――と、いうやり取りがあった。

「はぁ…」

 幸せが溢れていく。


 ところで、塔の中ではオーベルと私のことが話題になっていた。

 オーベルが画家であることをキャスレードが早速喧伝したらしい。さらに、最悪なことに、昨日オーベルが描きあげた私の絵を、キャスレードの馬鹿が上層の目立つ場所に飾ってしまったのだ。

 おかげで朝から塔の住人たちに声を掛けられ続けている。

「おう、ノノ! 絵、見たぞ! お前もあんな格好できるんだな! ミシェルお嬢様よりもお前のほうがよっぽどお嬢様っぽかったぞ!」

 こんな感じで。

 キャノンベールさんが私の顔を見るなりそう言うので、私は何も言わず、半眼で睨みつけてやった。

 キャノンベールさんはぎこちない動きで仕事に戻っていく。

「はぁ…」

 また幸せが溢れていく。

 昨日から幸せが溢れっぱなしだ。

 とはいえ、溜息ばかりついている暇はない。道草を食っている分、オーベルを帰すのが遅れ、結果的に私の幸せは減っていくのだから。

 私はキャノンベールさんから灰色の羽鎧虫を借り受け、その背中に背負い袋を載せていく。

「それ、廃材か? そんな物一体何に使うんだ?」

 ガチャガチャとガラクタを羽鎧虫に載せていると、キャノンベールさんから当然そう思うだろう質問が飛んでくる。私も羽鎧虫に廃材積んでどこかへ行こうとしているやつを見かけたら怪しんで声をかける。

「オーベルの家を建てるのに、まとまった資金がいるので、その足しにします。廃材といえど塔から出たものです。村では貴重な素材が混じってますので」

 だから、私は用意していた完璧な回答をする。我ながら完璧だ。一分の隙もない。

「なるほどなぁ」

 ほら、キャノンベールさんは逞しい顎髭を撫でつつ納得している。

「いや、しっかし、ノノ。お前は本当にしっかり者だよ」

「急に何ですか…?」

 いや、ほんとに急に何だ…?

「まだお前が80歳になる前にここに来てさ、キャスレード様と一緒に虫飼の仕事を教えてたころが懐かしいぜ。こんなに立派になってよぉ。お前がその気なら、立派な虫飼になってただろう、ってのは、俺の心残りではあるが…」

「…あの、急にどうしたんですか?」

「そいつは俺のセリフさ。お前は急に成長しちまうんだ。夜警になったり、炉技師になったり、騎士になったり、裁縫師になったり、お前は職を転々としてるが、それは仕事が合わないからじゃないだろ?」

「………」

もう必要なことは学んだから・・・・・・・・・・・、次の知識と実践を求めて別の仕事をやってるんだろ? 十分、お前はしっかり者さ。何でもできるようにどんな仕事でもやるし、やってのけるんだ。そうやってさ、自分を高めていって、家を失って失意の中にある恋人をちゃんと支えてやれるのは、俺、ホント偉いと思う」

「………ん?」

 いま何て言った? おい?

「お前ならどこでだって暮らしていけるさ。お前が居なくなると思うと少し寂しいけど、多分皆、お前の幸せを願って___って、うお!? 何!? 急に胸ぐら掴んで!? 今俺、いい話してたよね!?」

「…どういうことです?」

 私はなるべく感情が溢れないように、無表情でキャノンベールさんに詰め寄った。

「お、落ち着け、ノノ! 落ち着いて!」

「私はとても落ち着いています。ところで今さっき、恋人って言いました? 誰が? 誰の? ちょっと教えて下さい」

「お、教えるから! 教えるから降ろしてくれ!」

 ジタバタするキャノンベールさんを床に降ろしてやる。

 キャノンベールさんは冷や汗を拭いつつ、私に教えてくれた。

「昨日連れてきたオーベルって男、本当はノノの恋人なんだろ? 昨日、グリンジャがノノとオーベルが階段のところで抱き合ってたのを見たって__」

「なるほど」

 ミシェルがこの噂を耳にする前に、何としてでも始末しなければならない相手ができてしまったようだ。

 私はキャノンベールさんを捨て置き、グリンジャを探すべく階下へ向かった。

 一刻の猶予もない。



 だが、どこにもいない。


 グリンジャを探し始めて1時間ほど経ったが、彼女は見つからない。彼女の部屋にも押し入ったが中には居なかったし、魔力炉の方を見に行ったが居なかった。炉技師のおっちゃんも、夜が明けてからは見てないという。

 一体どこへ逃げた…? いや、まだ逃げたとは限らないか。

 しかし、部屋にも仕事場にも居ないとなると、彼女が身を潜めている場所は限られてくる。

 のんきに食堂で食事でもしているのかと思い、食堂にやってきたが、やはりグリンジャはいない。

 よし、冷静に考えてみよう。グリンジャの実力ならば湿地に逃れた可能性も考えられるが、私が探していることをまだ知らないグリンジャがリスクを冒して湿地に逃げ込む可能性は低い。遠くへは行ってないはずだ。落ち着いて、奴の居場所を考えよう。

 私は食堂のテーブルに腰を下ろした。目の前には、早めの昼食を摂るために訪れたであろう調合師のお姉さんがいた。

「あの、ノノちゃん、どうしたの? そんなすごい顔をして…」

「グリンジャを見ませんでしたか?」

「え、あ、あー…? 見てないわね…」

「そうですか」

 私は自分の指を折った。

 バギッと派手な音がしたので、お姉さんもビックリだったろう。そそくさと席を移動してしまった。悪いことをしたと思う。

 だが、指を折った痛みで思考がクリアになってくる。熱病に冒されたように怒りで不鮮明だった頭の中から、靄が晴れていく。

 ふと、思い当たった。

 昨日、彼女はなんと言っていた?

 誰に頼まれたと言っていた?

 私は席を立ち、次なる目的に向け、歩き始めた。

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