第15話

 オーベルが気絶してしまったので、とりあえず安全が確保されている螺旋階段まで戻った私達は、彼を階段に寝かせて、彼が目覚めるのを待っていた。

「ん…んん……ん?」

「目は覚めた?」

「はっ!? ノノ!? ネズミは!? あの魔物ネズミはどうなった!?」

 勢いよく身体を起こし、オーベルは不安げに周囲を見回す。

「私とミシェルで追い払ったわよ」

「お、追い払った…だって…? 一体どうやって…い、いや、そうじゃない。いきなり目の前でネズミが、こう…赤い何かになって…」

「思い出さないほうが自分のためよ」

「一体何が起きたんだ!? 教えてくれ!?」

「ミシェルの魔法よ」

「魔法!? アレが魔法だって!? 呪文の詠唱もなかったぞ!?」

 呪文の詠唱…?

 逆に気になるな。草原人は魔法を使うのにいちいち呪文を詠唱したりするのか…? ネズミ相手に大魔法でも撃つ気か…? なんともそれは悠長なことだな。そんなことをしてたら魔法を撃つ前に青ネズミのエサになる。ゲジにすら遅れをとる羽目になる。やっぱり草原人のことはよくわからない。

「ああ! オーベル! よかった! 目が覚めたのね!」

 目覚めたオーベルに気づいて、塔の基底部に咲いた湿地の花を摘んでいたミシェルも駆け足で戻ってくる。

「はい、オーベル。お花をどうぞ」

「え、あ、ありがとう…」

「このお花はね、心を落ち着かせる香りを出すのよ」

 そう、それはさっき私がミシェルに教えた。

「そうなのか…。ありがとう、ミシェル」

「ふふ、どういたしまして。どう、オーベル、私も物知りでしょう? えっへん」

 さっきミシェルに教えたのを、私は早くも後悔した。

 ミシェル、そのために花の効能を知りたがったのか…!

 ギリッと奥歯を鳴らしつつ、ニコニコと微笑むミシェルと、花を貰ってポワポワしているオーベルの間に物理的に割って入る。

「さあ、オーベルも目を覚ましたし、使えそうなものを探すわよ」

「もー、ノノ―? せっかくのお出かけなのだから、もう少しゆったりと過ごしましょうよ」

「私達は散歩に来ているんじゃないわよ、ミシェル」

「確かに、お弁当も水筒も持ってきていないわ。あまーいお茶が恋しくなってきてしまったわ!」

 このおぞましき湿地で飲食しようと考えられるミシェルの胆力は底なしか…? いま目の届く範囲にも、ミシェルが雑巾にした青ネズミの水溜りが5つほど広がっていて、酷い色になっているのだけれど…。

「俺ならもう大丈夫だ。役に立てなくて済まない」

「期待してなかったし、別に気にしなくていいわ」

「……」

 むしろ噛まれなかっただけ上出来だ。

「ノノ! オーベルに失礼だわ!」

「え…? ご、ごめんなさい…」

 くっ、何故だ…。私はフォローしたつもりなのに…。くそ、オーベルめ…。

 やはり私とミシェルの生活にオーベルは不要だ…。

 さっさと草原の国でもどこへでも送り返してやる…。

 私は決意を新たにガラクタ置き場へと向かう。



 青ネズミを駆逐したガラクタ置き場には、まずは大きな静寂が転がっていた。次に腐り始めたネズミの死骸が放つ悪臭。そしてその次に、ネズミの死骸に群がる気色悪い蟲ども。

 その全てを自身の心から断ち、私はガラクタ置き場だけに集中する。

 再びネズミ共が近づいてこないように、奴らが貪っていた野菜屑の入った袋は遠くへ投げ捨てから、使えそうなものを探す。

 探すのは、古い金属で出来た物や、古木で出来た物だ。どちらも魔力の通りがいいので、加工すれば魔力経路として使えるはずである。

 何故金属や古木に魔力の通りが良いのかまでは知らないが、例えば私が廃塔で”門”から放たれる魔力を斧で叩いて干渉したように、金属(取り分け古い金属)ならば魔力を帯びやすく、その性質を利用して魔法を帯びさせたり、逆に盾のようにも利用できる。

古木ならば魔力への通りが良いだけでなく、軽くて加工し易いという利点もあるため、魔法使いたちが、自身の魔力を引き出す補助具として杖や武器、装飾品に加工することが多かった。

「ノノ、これはどうだ?」

 オーベルがガラクタの山から引きずり出したのは、壊れた箒だった。

 受け取ってみてみると、確かに古い木が材料として使われている。悪くなさそうだ。

「魔法は見えないくせに、意外と良いものを見つけてくるわね」

「褒められてるのか、それ…?」

「褒めてるのよ」

 私は別のゴミ山へと移った。

 このガラクタ置き場は、塔で生活する上で出る廃棄品を捨て置く場所だ。

 虫やネズミが寄ってくるので、基本的には食べ物や残飯を捨てることは禁止されており、割れたお皿や壊れた椅子、そういった粗大ゴミが捨てられる。いや、まぁ、ここに捨てる他ない、というのが正しいのだけれど。

 ともあれ、そうして持ち主から棄てられた品々は、ここに溜まる。溜まった後、どうなるかというと、”そういった物を食べる”存在が通りがかり、綺麗に処理していくのだ。

 この湿地は、あらゆるものを飲み込んでいく。そして、やがて別の形になって、再び巡ってくるのである。

「ノノ、これは?」

「見てみる」

 オーベルが差し出したのは剣だった。

 古い金属で作られた幅広の剣だ。あまり長くはなかった。

 刃がボロボロで、のこぎりのようになってしまっており、切れ味に関しては眉を顰める他ないが、刀身は歪んではいない。丈夫で良いもののようだ。魔力を通す触媒として申し分ない。

「いいわね、これも使える。オーベルは何か目利きの術でも学んでるのかしら?」

「いや、ノノに説明してもらったものを探してるだけだよ。俺に目利きの才能なんかない」

「ふうん」

 そう思っているのは、こいつだけなのかもしれない。

 まぁ、私としては、修復計画が順調に進むのでありがたい限りだ。オーベルの奴も早く戻れる事を喜ぶだろう。

「ところで、ミシェルは?」

「ああ」

 私は指を向ける。

 ミシェルはガラクタ置き場の片隅に捨てられたタンスの上に腰掛け、歌っていた。

「いい歌でしょう?」

「え、いや…まぁ、うん、そうだけど…」

 何だ、言い淀むな。もっとミシェルの歌を褒め称えろ。

「ミシェルは一緒に探さないのか…?」

「ミシェルが一緒だと問題が大きくなる」

 これは本当の話。

「ミシェルの場合、途中で絶対に飽きて、触っただけで肌が爛れる毒虫を探し始めるわよ? それでも良いのなら呼ぶけど?」

「いい歌だな。ああ、いい歌だ。聞いてると作業が捗るよ」

「そうでしょうそうでしょう」

 ミシェルの歌を正しく評価できる程度には、草原人にも必要最低限の教養はあるようだ。私はオーベルに対する評価を少し上げ、ゴミの山へと向き直った。

 今オーベルから受け取った剣は、何となく腰に差しておく。またネズミが現れたときに使おう。できれば素手でネズミを引き裂きたくはない。汚れるので。

「さ、聞き惚れてないで作業を続けるわよ」

 オーベルにそう言ったつもりだったが、振り向けばもう奴は別のゴミ山へと移っていた。

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