第13話
「まったく! ノノったら、オーベルと朝食を食べるのなら、どうして私も誘ってくれないの!?」
「え、いや…ミシェルはもう家族と食べたよね…?」
「私はノノとオーベルと一緒に朝食を食べたかったの!」
口を膨らませ、手を伸ばして私の頬をぎゅーっと引っ張るミシェル。
ミシェルは十二分に手加減してくれているので、私の頬が左右に引っ張られて肉ごと抉り取られてしまうようなことにはなっていない。
「もぅ、明日からは私も一緒に朝食を食べるわ!」
「…は、はい…」
そうすると、二度も朝食を食べることになるのだけれど、ミシェルはそれでいいのだろうか…。
というか、そもそもミシェルは配給券を持ってるのだろうか…?
まさか、私が払う…? い、いや、ミシェルのためなら、配給券の1枚や2枚、惜しくないけど!
「それで、ノノ? 今日は何をするのかしら?」
「何って?」
「塔よ! 私の塔のこと!」
ああ…。
「とりあえずは、昨日言った通り情報集めかな。ミシェル、ヴァスガロン様には図書室の使用許可を貰えたかしら?」
「いいえ、お祖父様とはお話できていないの…。ノノ、ごめんなさい」
「お話できていない?」
「ええ。お祖父様は研究室に籠もってしまっていて」
それは――珍しい。
ヴァスガロン様はミシェルに似て、研究室に籠もりきりで研究に没頭するタイプではない。
「それだけじゃなくてね、お父様もお手紙を書くのに掛かり切りだし、伯父様も戻っていないの。なんだか、皆忙しいみたい」
「………」
私の脳裏に、廃塔の”門”が引き起こした魔力現象が過ぎる。
もしあの現象をヴァスガロン様が観測していたとすれば、ライフォテール魔法塔の隣の廃塔で、得体のしれない大量の魔力が作用したことになる。塔を司る者として、廃塔異常の原因調査に慌ただしくなるのは頷ける話だ。
「……ノノ?」
「いいえ、大丈夫。ミシェルはヴァスガロン様のお手隙に、使用許可の話をして頂戴」
「わかったわ」
「そうなると、今日は使えそうな材料集めね」
本来であれば、技術書や廃塔の記録を調査したいところだが、図書室使用の許可を得られないのであれば仕方がない。行程を飛ばして、材料集めを行ったほうがいいだろう。
「材料…。魔力炉のことはさっぱりだわ。どんな材料が必要なのかしら…?」
「魔力を流す触媒を探すのよ」
「???」
一応、ミシェルは魔法使いの娘のはずなのだけれど…。
これは多分、基礎中の基礎だぞ…?
「魔力を流す触媒というのは、具体的にはどんな物のことなんだ?」
完全に素人のオーベルが横から会話に入り込んできた。
「例えば、白蛞蝓の体液とかかしらね」
湿地で死んだ生き物に群がる、体長30センチほどの真っ白な蛞蝓だ。湿地には様々な蛞蝓が住み着いているが、この白い蛞蝓は魔力触媒として利用できる。しかし何故魔力と相性がいいのかまでは知らない。
「大蛞蝓! いいわね! すぐに捕まえに行きましょう! 3人で探せば壺一杯に集められそうね!」
ちなみに、ミシェルはゲジだけでなく蛞蝓も大好きだ。親友の理解できないポイントその二である。
「でも、私とミシェルだけだったら捕りに行くこともできるけれど、今日はオーベルがいる。オーベルを連れて湿地へ行くのは危険だわ」
「俺のことは大丈夫だ。身を守ることくらいは出来る」
「白蛞蝓は肉食な上に群れで行動するわ。群がられたら助けられないわよ」
湿地への危機意識ゼロのオーベルには釘を差しておく。
「とりあえず、最下層のガラクタ置き場に行ってみましょう。何か使えるものがあるかもしれないから」
最下層ならば最悪の場合でもゲジが襲ってくる程度だ。私やミシェルにとっては庭を散歩する程度の場所であるが、オーベルにとってはどうだろうか?
むしろオーベルがゲジ程度に苦戦するようでは湿地に出た瞬間に死ぬ。身を守ることくらいは出来ると豪語するオーベルの実力を測ってみるには丁度いいかもしれない。
「わかったわノノ! 早速出発しましょ! オーベル、安心してね。私がちゃんと守るから」
「え、あ、う、うん。よろしく頼むよミシェル…」
外見上では自身よりも体格も筋力も低く見える少女に守ってもらうことに引け目を感じているのか、オーベルの反応はネガティブだ。
だけど、すぐにそれを撤回し、ミシェルに号泣して感謝することになるだろう。
ライフォテール魔法塔、最下層。
そこはもうほぼ湿地といって過言ではない場所だ。
巨大なライフォテール魔法塔の階段を下り続ければ、池の底にたどり着いたような粘質感が全身に絡みついてくる。その正体は噎せ返るほどの湿気と泥の臭いだ。
視界に広がるのは、黒い石と泥、そして苔と僅かに泥の中から顔を出す植物の世界。
そして、その上に継ぎ目のない漆黒の石材を幾重にも並べ、巨大な格子状構造物を作り出しているのである。
見上げれば、自分たちが下ってきた螺旋階段と、無数の巨大な柱が、山のように巨大な塔を支えているのがよく見える。
これがこの塔の基礎だ。そして湿地と塔の境界線でもあり、湿地で生きるに力不足の生き物が身を寄せられる数少ない場所である。
「………」
オーベルがその基礎の巨大さに絶句している。
「おーい、オーベル? ぼさっとしないで、さっさと行くわよ」
「い、いや、行くって…どこへ行くんだ…?」
「ガラクタ置き場と言ったでしょう? こっちよ」
「ノノー? オーベルは初めて来たんだから、もう少し優しくしてあげなくては駄目よ? オーべル、はぐれないように手を握りましょう。さぁ」
え、ちょっと待って、ミシェル!?
私が何か言う前に、ミシェルは既にオーベルの手をがっしり握り、ご満悦の表情を浮かべていた。オーベルはただただ困惑している。
落ち着け、落ち着け、たかが手を握っただけだ。大丈夫、それだけだ。
それに、ミシェルの手は二本あるから、私がもう片方の手を握ったっていい。
「あら、ノノも寂しがり屋さんね?」
「………こっちよ」
オーベルの手を握るのとは逆のミシェルの手をさり気なく手に取り、私は二人を先導して歩き始めた。
泥と湿気に濡れた黒い石の床は滑りやすいが、ミシェルと手を握っていれば、私は無敵だった。
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