第19話
「どうしてこうなった…」
私はお尻が深く沈み込む上等な椅子に座らされていた。座り心地が良すぎて、逆になんだか座りが悪いという代物だ。
しかも、やたらヒラヒラした装飾のついた、恐ろしく高そうなドレスを着させられていた。このドレスの試着にも、既に数時間の時間が浪費されている。私が着ることで、逆にこの素晴らしい深臙色のドレスの価値が失われているような気がして、憂鬱な気分になるのだけれど、着付けを手伝ったミシェルや、アルトリージェ様からの評判は上々だった。
「ノノ、動いちゃダメよ! オーベルの手元が狂ってしまうわ!」
ちょっと呟いただけなのに、ミシェルの厳しい叱責が飛んでくる。くそう…。
ミシェルの隣には、オーベルがいる。真剣な眼差しで、絵筆を持つ手をキャンバスに筆を走らせていた。
そして、その背後にはギャラリー。
ざっと紹介すると、まずオーベルに絵画を依頼し、絵画道具を貸し出したキャスレード・テラリオン。
そして私にドレスを貸し出したアルトリージェ・ライフォテール。何故か本人は先程同様に鎧を着込んでおり、おまけに今回は兜まで被ってる。完全武装状態だ。何故だ…。
さらに――
「流石画家――見惚れるほどの筆さばきだ。一筆一筆が絵画の上にノノの姿を浮き立たせていく…。ふうむ。芸術の類には縁遠いと思っていたが、なるほど。この繊細な動きは細剣を操るが如し。剣の道と絵の道、極めんとする方向は違えど、求道の姿は同じというわけか…。深い…」
いや、何も深くないだろ。
たくましい口髭を撫でながらブツブツと剣と絵の道を語る大男。彼こそがこのライフォテール魔法塔の次期主となる者。ミシェルの父親であるグレイドーン・ライフォテールだった。
巨岩のような筋肉の上に、無理矢理シャツを貼り付けたような、いつもの格好をしていた。逆三角形の胴体に太い腕と細長い足がくっついているような、見事な身体の男性だった。
「フレジリア、お前もそう思うだろう?」
グレイドーン卿が隣に立つ清廉な女性に話を振った。身体の線がこれでもかと出る妖艶なドレスに身を包んだフレジリアと呼ばれた女性は、グレイドーン卿を見返しただけで何も答えなかった。
「そうだろう、そうだろう」
だが、グレイドーン卿は満足げだ。
明らかにコミュニケーションが成立していないと思うのだけれど…。
フレジリア・ライフォテール。彼女はミシェルの母親だった。
どこかミシェルの面影を残しつつ、ミシェルの天真爛漫成分を全て抽出して湿地に棄て、性格を180度反転させたものが大凡近いイメージになる。
この人は全然喋らない。声を掛けても頷くか首を傾げるか、視線で語るかしかしないため、私はこの人の事を全然知らないでいた。
しかし、ミシェルに尋ねると、
「お母様? お兄様よりお姉様より、お祖父様よりお話好きよ?」
と、いう。
この姿を見てどこからそんな評価が出るのか…。私がこの部屋に閉じ込められてから一言も発してないぞ…。
「ほら、ノノ! また目つきが悪くなってるわ!」
そ、そんなことないと思うのだけど!?
私は”いつもの顔”だ。何なら触って確認したいけど、動くなと言われてるせいで確認できない。もどかしい…。
さて、どうして私がこんな目に遭わされているのかというと、全てはオーベルのせいだ。
奴が私の絵を描いたせいで、その実力に期待したライフォテール一家が正式に絵画の依頼を彼にしたのだ。そして、その絵画作品1号のモデルに何故か私が選ばれた。
「ところで、ノノ。彼に自画像を描いてもらうのは初めてなのか?」
私の落書きを手に塔を駆け上がっていくミシェルを追いかけ、なんとか追いついたところで(ほぼ間に合っていなかったが…)、キャスレードにそう問われた。
「そうですが?」
「ほうほう! ならばいい機会だ。私達の絵を描いてもらう前に、まず君が描いてもらうのがいい!」
「は?」
「お兄様! 素晴らしい提案だわ!」
「え?」
「そうだろう、そうだろうミシェルよ。よし、そうと決まればノノ。早速衣装を選ばなければな。お! アルトリージェ! 丁度いいところに来た!」
と、そんな感じでトントン拍子で話が進み、気づけばここに拘束されているというわけだ…。
本当にどうしてこうなった…。
「いやしかし、ドレス姿のノノも素晴らしいな。そうは思わないか、アルトリージェよ」
「ん。まぁ、そうね」
「このままテラリオンに連れていきたいほどだ」
「元お兄様、それ以上の発言を控えて下さいますか? 不愉快です」
「ヒッ…!? お、おい、上妹よ! そこに魔力を行使するのだけはやめて…!」
股間を抑えてぴょんぴょん跳ね回るキャスレード。アルトリージェの魔力がキャストレードの局部に集中しているのが見えるが、私は助け舟を出さない…。
「まったく。アレだけのことをしでかしてここを去ったのですから、半ば勘当だと思っていたのですが―――こう安々と再会するとは思いませんでした」
「おいおい、アルトリージェ。折角キャスレードが戻ったのだ。兄妹同士、仲良くしないか。ところでキャスレード。メイとリンネイ、アリアとは仲良く暮らせているのか?」
「はい、父上。問題ございませんとも」
「ならば良し! しかし、王も呆れていたぞ。結婚を憂慮する者が多い中、妻を三人娶りたいなどと言い出す者がいるとは、と仰っていた」
「その際はお手数をお掛け致しました。王にも私から御礼品をお送りし、謝罪と感謝の言葉を添えさせていただきました」
「うむ。我が息子ながら、その手の機勢には敏いな」
「はい。この調子であと2~3人娶りたく思っております」
「調子に乗り過ぎるところはホント良くないぞ、我が息子よ…」
本当にそういう態度は良くないぞ…。ちなみに、その内一人に私が入ってないだろうな…?
「そうは仰いますが、父上もその気になれば――」
と、そこで流石のキャスレードも強い殺気がアルトリージェ様とフレジリア様から放たれているのに気づき、慌てて口を閉じた。たしかに、機勢には敏いな。
「ところで、アルトリージェよ。お前は何故鎧姿なのだ?」
グレイドーン卿がようやくそこに突っ込んでくれた…!
「はい、父上。塔に戻ってからしばらく血を見ていませんでしたので、この後、魔物でも狩りに行こうと思いまして」
「素晴らしい。ライフォテールの騎士はこうでなくてはな。そうだな、久方ぶりに剣を握るか。俺もしばらく血を見ていなかった。アルトリージェ、共に塔へ近づく魔物共に目にもの見せてやるか」
そういうグレイドーン様だったが、フレジリア様が口を膨らませているのに気づいて焦りだす。
「あ、いや、そうじゃないんだフレジリア! お前を蔑ろにしているとかそういうつもりはなくてだな…」
フレジリア様が膨らんだまま、ぷいっとそっぽを向く。
「す、すまない! フレジリア! 魔物狩りは無しだ! 今日はお前と一緒にいるとしよう! そ、それでいいか、フレジリア…?」
恐る恐る様子を探るグレイドーン様だったが、気づけばフレジリア様の頬は膨らんでおらず、いつもどおり微笑みを湛えた表情に戻っていた。
グレイドーン様から安堵が溢れる。
………。
いや、なんというか。
仲の良い家族だな…。
石のように身動きしないように苦心している私は心底そう思った。
「ノノ! ほら、また!」
「ミシェル、大丈夫。もう大体アタリが取れたから」
「そうなの、オーベル? ノノ! ごめんなさい、動いていいみたい!」
やれやれ、ようやくか…。
「あ、いや、大きく動かれると困るかな。話すくらいは大丈夫だけど」
「ノノ! 椅子から立ち上がっちゃダメ!」
くそう…。
はやく終わらないかな、これ…!
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