第17話

 自室にガラクタを運び込むと、結構な量になった。

 これはしまったな。オーベルの寝る場所がない。まぁ、仕方ないか。早く家に帰れるんだから文句ないだろう、なぁ、オーベル?

「ふわぁ、凄い量になったわ! ノノ、お疲れ様!」

「お褒めいただき光栄の極み」

 私は恭しくミシェルに礼を返す。

「しかし、明日はこれらを廃塔へ運ばなくてはならないわね…」

 また私が運ぶんだろうか…。

「ノノ、頑張って!」

 運ぶんだろうな…。

「せめてもう一人の荷運び人が役に立てば楽なのだけれど」

「…面目ない」

 オーベルの姿がないと思ったら、ガラクタの山の裏にいた。床に膝を抱えて座ってる。自身の不甲斐なさを猛省しているようだ。

 まぁ、反省したところで草原人の脆弱性は解決しないわけだけれど。

「あ、そういえば!」

 ミシェルが急に両手を叩く。

「私達、お昼を食べていないわ!」

 そういえば。

「昼…? ミシェル達は昼にも食事を摂るのか?」

「ええ、そうよ! 朝、昼、夕、夜。1日4食いただくの!」

 あれ、一食多くなってない…? いや、仕事の時間の都合で食事をする人もいるから、深夜以外は食堂はやってる。だから別に何食食べたっていいんだけどさ。

「オーベルは昼食を食べないのかしら?」

「…小腹が空いたならその度に何か食べることはあるけれど…」

「まぁ! なら、初めての昼食ね! ね、ね! 是非一緒にいただきましょう!」

「ああ、そうだな。いただくとするよ」

 いや待て。

 この流れ、まさかミシェル…。

「ふふ、ならすぐに行きましょう。私の住まいへ案内するわ」

「いやいやいやいや」

 ミシェル、もうオーベルを匿っていることを完全に忘れているぞ!

「ミシェル、オーベルをライフォテール一家に合わせるのは危険すぎるわ」

「大丈夫よ。お父様もお忙しいし、伯父様も居ないし、他の皆も忙しくて部屋を空けているの」

「え? さっきアルトリージェ様に会ったわよ…?」

「え…?」

 ミシェルはキョトンとする。

「あれ、おかしいわね…。お姉様は朝早く、出かけたと聞いていたのだけれど…」

 なら、戻ってきた所で偶然行き合ったのか? 鎧姿だったし、仕事を終えて戻ってきた所で出食わしたのかも知れない。

「んー…お姉様がいるのなら、難しいかしら…」

 そもそもミシェルの母親は変わらず部屋に居るのだろうから、オーベルを合わせるのは反対だ。

「うーん…うーん…」

 ミシェルは唇を曲げ、腕を組んで思い悩んでいる。彼女には珍しい。

「計画が狂ってしまったわ…」

 どんな計画を描いていたのだろうか…。

 ともあれ、またミシェルが碌でもない考えを実行に移す前に、未然に防げたのは行幸だ。

 予定通り、遅めの昼食はまた食堂で食べるとしよう。

 その時、コンコン、と私の部屋の扉がノックされた。

 私は瞬時にオーベルに視線を向け、唇の前に人差し指を立てて、黙れと指示する。オーベルも私の意図を汲んで首を縦に振り、雨合羽を身に着け始める。

「はい、どなたでしょうか?」

 私はそう言って、扉を開ける。

 一体誰だ…? この時間に、私を訪ねてくる相手なんて、そう居ないはずだ。

 何故なら今日は平日。知り合いは皆働いているのだから。


「あぁ、ノノ! 御機嫌よう! 今日もなんと麗しいんだ君は! 結婚しよう!」

「______」


 私は扉を閉じた。鍵もかける。

「え、え!? ノノ!? ノノーッ!?」

 扉の先から私の名を呼ぶ男の声がする。だがきっと気の所為だ。扉の先には誰も居ない。そういうことにしておこう。

「お、おい、ノノ…? いいのか? 客人なんじゃないか?」

 雨合羽を着込み、マスクまで装着して完全に草原人の特徴を隠したオーベルが恐る恐る私に尋ねてくる。

 いいや、オーベル。決して客人ではないぞ。私は身振り手振りで現れた厄介な人物について説明しようと試みるが、その前にミシェルが動いた。

「ええっと、あれ? ひょっとしてキャスレードお兄様?」

「おっ、その声! その声はミシェルか!? おぉ、ミシェル! 1年ぶりだな! 元気にしていたか? 兄は嬉しいぞ! さぁ、ミシェル、早速で悪いがノノを説得してくれ! この扉を開け、私の寵愛を受け取って欲しい、と!」

「お兄様、もうお戻りになられたのね。でも駄目だわ。奥様がいらっしゃるのにノノを口説くような方はお帰り下さい」

「なっ!? み、ミシェル!? この兄の願いを聞き入れられないと!?」

「ノノも困ってしまうし、義姉様達も悲しんでしまうわ」

「私は誰も悲しませない…! しかしそれはそれとして美しい女性達に囲まれて暮らしたい…! 例えそれが茨の道であろうとも、孤高の道であろうとも。そう、それが新たな魔の血族であるテラリオンの信念…!」

 せめてもう少し欲望を隠した信念にしたほうがいいと思う。

 実兄の相手はミシェルに任せ、私はベットの縁に戻って腰掛ける。

「ノノ…? その、いいのか? ミシェルのお兄さんなんだろ?」

 困惑したオーベルが私に声を掛けてくる。

「いきなり顔を見るなり求婚してくる厄介者を丁寧に饗せというの?」

「え、あ、いや、うん…そうだな…」

 オーベルも苦い顔で納得する。

「それに付け加えておくと、キャスレード卿は既に自分の塔をお持ちよ。聞いたでしょ? テラリオンって。つまり、テラリオン魔法塔のことよ」

「塔を…? えっと、確か塔って、結婚して家族を持っていると貰えるんだよな…?」

「その通り」

「え? じゃあ、キャスレード卿って…既婚者…?」

「そう」

「えぇ…?」

「そして妻が3人いる」

「………」

 流石のオーベルも完全に黙った。

「ノノー! ノノー! 開けておくれよぉ! ほら、テラリオンからお土産も持ってきたんだ! ノノの好きな蒼月草のパンだぞぉ、美味しいぞぉ」

「もう! お兄様! 食べ物なんかでノノを釣ろうなんて駄目よ! そのお土産は私が全部いただくわ!」

「食い意地が張りすぎてるぞ、下妹よ!」

「パンだけじゃなくてジャムも持ってきているのならば、この扉の鍵を開けたっていいのに、お兄様は爪が甘いわ!」

「ふ___くくく、言ったな? この私にそのようなことを言ってしまったな? よかろう、では忍ばせておいたこの苔葡萄ジャムを交渉のテーブルに出すしかないようだな…!」

「むー! お兄様! 手札を最初に出さないのは卑怯よ!」

「はーっはっはっは!」


 キャスレード・テラリオン。テラリオン魔法塔の主。近年で最も新しい魔法使いの”一家”。

 彼の魔法使いとしての功績は多くはない。しかし、代わりに彼は実業家だった。多数の羽鎧虫を所有し、この国で運送業を営んでいる。そして自身も一流の”虫飼”だった。

 私の騎手技術や”虫飼”技法の師匠…いや、兄弟子でもある。まぁ、これは昔の話だけど。

 結婚して、ここ最近はずっとテラリオンに籠もっていたはずだけれど、いつの間に戻ってきたんだ…。

 ともあれ、ミシェルがジャムで買収されそうになっているので、私は暗鬱な気分になりつつも立ち上がり、扉の先に声をかけた。

「お忙しいのではなかったのですか、キャスレード卿」

「あぁ! ノノ! そうなんだよ、私は事業で忙しいのだけれどね、ここへ戻れば君に逢えるというのもあって、一番速い羽鎧虫で帰ってきたのさ! まぁ、家族のことも無碍にできないしね!」

 家族のこと? どういうことだ…?

 私はミシェルに振り向くが、ミシェルも首を傾げた。知らないらしい。

「ライフォテールで何か催しでも?」

 あるいは、何か問題か? ともあれ、オーベルという心当たりがある私は、少しでも情報を引き出そうと扉を隔てたキャスレードに問いかける。

「それは内緒さ!」

「そうですか。それでは息災で、御機嫌ようキャスレード卿」

 だが答える気がないのなら話は終わりだ。

「わー!? 待って待って! ノノ! 僕がノノと結婚したいのは事実だけど、今日は君にだけ会いに来たわけじゃないんだ!」

「…と、いうと?」

「噂のオーベル君だよ! 君の友人に興味があったんだ!」

 何故だ? 何故オーベルに…?

「オーベルはキャスレード様と何の関わりもないはずですが?」

「君が男友達を連れてくるなんて天変地異の前触れだって言われてるよ! そりゃどんな奴かって気になるだろ?」

 私は一体周りにどう思われているんだ…!?

「残念ですが、今日のオーベルは魔力酔いがひどくて身動きできないようです。日を改めてお越し下さい」

「そう言わずに一目だけでも会わせておくれよ! そのために遥々ここまできたんだから! オーベル君! いるのかいオーベル君!? やっほー! 僕はキャスレード! ミシェルの兄だよー!」

 くそう。しつこい…。

 正直に言えば、私はこの人の事が苦手だ。そもそも、顔を見るなり結婚しようなどと戯言を吐いてくる奴を苦手と思わない者はいないだろう。さっさと会話を切り上げてしまいたいが…オーベルのことを知りたいと真正面から来てるなら話は別だ。どうにか上手く往なす必要がある。

「オーベル君! どうだろうか!? 家が壊されてしまったと聞いたよ! 何もかも失ってしまって困っているんじゃないかな!? もしよければウチの会社に来ないか!? テラリオンに部屋も用意できるぞ! 未経験でも大丈夫だ!」

 いきなり見ず知らずの相手をそこまで面倒見ようと言い出すのは、怪しい…。

 これはやはり、塔の上層部__つまり、ミシェルの家族がオーベルに関してなにか勘付いていて、そのためにキャスレードを送り込んできたと考えるべきか…?

「お兄様、一体どういうつもりですか。今は仕事を休んでいますが、オーベルにはちゃんと職があります」

 実兄が突如オーベルのことを話題にし始めたことで、何故か眉をしかめ、不機嫌な表情を浮かべたミシェルがキャスレードの言葉を買う。

「へぇ! そうなんだ! 詳しいなミシェル! それなら、オーベル君! 君はどんな仕事に就いてるんだい!? 是非教えて欲しいなぁ!」

「え、あ、えーと…」

 ミシェルが言葉に詰まった。流石にオーベルの仕事についてまで私達は打ち合わせできてなかった。くそ、キャスレードめ…。やっぱり何かに感づいてこちらの粗を探しに来ているのか…?

 ともかく、オーベルの仕事を今すぐ考えないと…。

 と、そこで私は、オーベルが何かを捏ねるような仕草をしているのに気付く。

 なんだ?

 地面を掘って、捏ねる…?

 なんだ、何を回してる…?

 おい、もっとわかりやすくしろ!

「ノノー? ミシェルー?」

 キャスレードが催促してくる。ええい、こうなったら打って出てキャスレードを物理的に黙らせるか…? 突然結婚を迫られたので抵抗したと説明すれば塔内の全員が納得してくれるはずだ…。

「キャスレード様、私は絵を描いておりました」

 私が逡巡していると、オーベルの奴が勝手に答えていた。

 ミシェルも私も、思わずオーベルに振り向く。

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