第8話

 会話ばかりが続いてしまっては、いつまで経っても目的は達せられない。

 口惜しいが、私はオーベルとミシェルを下層ホールに残し、私だけで魔力炉の具合を見に行くことにした。背中に二人の談笑の声が響いて当たると、その度に胸の奥からジワジワと身を焦がすような焔が立ち昇ってくる気分だけれど、息を深く吸って吐いて、冷静さを保つ。

 いっそ指でも折って痛みで冷静さを取り戻すのも手かと思ったが、ミシェルは私が自傷するのを嫌うので、見られると面倒だ。ここは抑えておく。

 さて、扉を開けて動力室に入った私は、目的の魔力炉を目にした。

 透明な球体の容器の中に、黒色の石が浮かんでいる。容器の内部はこの湿地の水を浄化したもので、石は湿地の奥深くから掘り出したものだ。

 魔力の含まれた水をこの石に通すことで、魔力を抽出し、さらにそれを熱に変換する。それが魔力炉である。

 熱に変換せず、別のエネルギーに変換させる事も可能であるが、その場合、魔力炉に別の設備をつけなければならず、大型化してしまう。単純な炉だけならば、私が抱えて運ぶ事のできる大きさだ。

 しかしそこにある炉は、その別エネルギーを取り出すための設備が大量に接続されており、私が見たことのある魔力炉の中でも最大規模のものだった。

 パッと見て用途不明な装置もごちゃごちゃと取り付けられており、時間と資材を掛けて作り上げたのだな、という感想が出てくる。

 炉自体には目立つ傷はないが、ごちゃごちゃと取り付いた装置の痛みは激しく、中には焦げているものもあった。こうなって来ると、私のような素人には全く手が出せない。

 しかし、とりあえず魔力炉の状態だけは確認しておこう。

 魔力炉が損傷しているならば、まず最初にその交換が必要だからだ。

 私はいくつもの装置が聳え立つ、装置の木立とでも言うべき動力室へと踏み込む。

 踏み込むやいなや、ゲジが私の顔目掛けて飛び出してきた。

 斧で真っ二つにする。吹き出す粘液を左手で払い、顔を守る。

「くそ…」

 ゲジの粘液が放つ饐えた匂いがもわっと広がり、顔にシワが生まれる。

 ここもゲジの巣になっているようだ。

 そういえばオーベルには言い忘れていたが、ゲジは気性の激しい生き物で、場合によっては人を襲う。

 ミシェルが襲われてしまう可能性を熟慮して、ここに巣食うゲジ共も斧の錆にする他無いようだった。

 私は装置の木立の合間を抜け、床や壁に走る動力パイプの隙間や、装置の影に隠れ潜んでいるゲジ共を次々に薙ぎ払っていく。粘液が飛び散り、極めて不快な臭いが動力室全体を満たすが、後でまとめて掃除をすればいいだけの話だ。今更躊躇することはない。

 一匹、二匹、三匹と、順調にゲジを始末していき、私は魔力炉の前に立った。

 魔力炉を手に取る。

 ガコンと音がして、容器が装置から外れた。ずしりと重い。

 だが、私が容器を取り外した途端、ちょろちょろと内部の水が溢れだす音が、静かな部屋に響き渡る。

「………はぁ」

 これはダメそうだ。

 幸い、雨合羽を着込んだままだったので、身体が濡れることはなかった。

 しかしこの動力炉の容器にはヒビが入っている。この動力炉はもう使えない。

 今日、今すぐにオーベルを故郷に送り返すことができるか、怪しくなってきた。口惜しい。

 私は壊れた動力炉を慎重に戻す。容器の罅割れから水が溢れ落ちた影響で、内部に浮かんだ黒い石がバランスを崩したようで、こつん、こつんと、容器の壁に当たって鳴った。虚ろな音が動力室に木霊す。

 容器を壊して石を取り出せば、再利用できるだろうが、荷物になるので置いていく。幸い、ミシェルが動力炉を持っているとのことだったので、それと交換するしかないだろう。


 芳しくない結果に肩を落としつつ、私は踵を返す。

 まだ部屋の中にゲジが潜んでいないかを調べ、上手く隠れていた2匹を斧で潰してから、動力室を後にした。まだ潜んでいる可能性はあるが、これ以上はミシェルの力を借りなければ狩り出すことは難しかった。

 下層広間では羽鎧虫に腰掛けたオーベルとミシェルが談笑している。

 おのれ…。

「あ、ノノ! 動力炉はどうだった?」

 私の姿を見るなりミシェルが笑顔を向けてくれたので、少しだけ溜飲が下がった。

「オーベルさんには残念なお知らせだわ。動力炉は破損していた。交換が必要ね」

「なに…!? いや、そうか…。すまない、手伝うと言ったのに君にだけ調べさせてしまって…」

「何を言ってるの。手伝うのはここからよ。ミシェル、貰ったというお古の動力炉は、鞄の中に入っているかしら?」

「ふふふ、もちろん入っているわ。こんな事もあろうかと持ってきたのよ」

 流石ミシェルだ。

 ミシェルは羽鎧虫にくくりつけた鞄から、お古の動力炉を取り出す。ミシェルの取り出した動力炉は、私が見たものと違い、緑の液体の中に蒼い石が浮かんでいた。どうやら、少し高級な炉のようだ。

「はい、これ!」

「じゃあ、オーベルさん。その炉を落とさないように慎重に持って来て貰える? 何があっても落とさないこと」

「ああ、任せてくれ」

 オーベルはミシェルから動力炉を受け取る。かなり重いらしく、受け取った瞬間、オーベルはバランスを崩した。本当に大丈夫か…?

「こ、これ…」

「じゃ、お願いね。来て、ミシェル。先に部屋のゲジを駆除しないと、また動力炉を壊されちゃうわ」

「…どうしても、戦わなければいけないのね…。でも、これも私がこの塔を手に入れるため…。ゲジ達に罪はないけれど、私の道を阻むというのなら、剣を取らざる得ないわ…」

 ミシェルは悲しそうにそう言いながら、剣ではなく鉄断ち鋏を手にする。それは剣より凶悪な武器のような気がする。

 そうして今度は全員で動力室に踏み込む。

 目下最大の懸念は、動力炉の重さにふらついているオーベルが、炉を落としてしまわないかどうかだった。

 

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