第5話

 ミシェルと最初に出会ったのは、両親が”戦死”したという報を王様から聞いた日だった。

 魔法使いは塔に住む。だけど、特別扱いが許されるのは、当然それに相応しい義務があるからだった。もし万が一、この国が何らかの脅威と戦う必要が発生した場合、その戦力として戦場へ行く義務が生じるのである。

 そう、例えば国同士の戦争とか、だ。

 私はその時子供だったし、何より魔法使いとしての力をほとんど持っていないのだ。だから、塔に残されていた。だから私だけが生き残った。

 王様はとても、とてもとても悲しそうな顔をして、私にゆっくりと、私の父と母が戦場で亡くなったと語ってくれた。

 勇敢に戦ったと。

 この国を守ってくれたのだと。

 両親が戦死したのは、全て自分の責任だと。

 王様は良い人だった。だから、私は悲しめばいいのか、怒り狂えばいいのか、どうしたらいいのか分からなくて、ずっと”いつものこの顔”をしていた。

 それでも、これからどうすればいいのかと王城で呆然としていた私に、ミシェルが話しかけてくれたのだ。

 それが、彼女との出会い。

 それからずっと、私は彼女と暮らしてる。


 迸る魔力の波を斧で叩き、その軌道を逸しつつ、私は苦笑する。

 こんな時でも、脳裏に浮かぶのは彼女ミシェルのことかと自嘲する。

「ノノ! 来るわ!」

「来る? 何が来るの!? ちゃんと説明して!」

 ちゃんと説明してもらえないと、ミシェルを正しく守れない。

「わからないけど、何かがこっちに来るの。アーティファクトを通じてそれがわかるのよ!」

「そう、わかった___」

 もしそれが危険なものだったのなら、全力で叩き潰すしかないか。

 私はいつでも装置を叩き壊せるよう、飛び込める構えを取る。

 アーチ状の装置に込められた魔力は増幅していく。アーチの内側に集った魔力は、悲鳴のような音を立てて、本来有り得べからざる場所に、猛烈な力場を生み出し、壊れるはずのない物を壊していく。

 私はここまできて、その装置が一体何なのか、ようやく掴めてきた。

 これは”門”だ。

 どこかとここを繋ぐ、魔法使いの道具の一つ。

 すると、一体何が来る?

 門の向こうは、どこと繋がっている?

 私の疑問に答えてくれるものは居らず、すぐに正答が提示された。

 門は開き、無数の魔力の残滓と共に何かを吐き出す。

 恐ろしいエネルギーが、代償としてひび割れた空間の向こうへと吸い込まれていき、まるで割れたガラスをパズルのように組み立てるように、空間の亀裂が消えていく。

 最後の魔力の輝きが眩い光を放って消え、装置は煙を吐きながら停止した。

「………」

 私は斧を構えたまま、警戒を解かずに様子を見る。

「お、終わった…? 終わったのね…?」

 ミシェルはドレッサーの下から這い出て、私の背中に身を寄せた。

「ありがとう、ノノ。守ってくれて…」

「ミシェル、すぐにここを離れるわ。何が出てきたのか知らないけど、そこまで関わる気はないから。すぐにここから出て、ライフォテールへ戻るわよ」

「え、えぇ?」

 ミシェルは不服そうだ。

「どうして? 何か”来た”のか、確認しましょうよ」

「駄目。危険かもしれない」

「でも____あ!」

 私が”何か”を見つけるよりも早く、ミシェルは”何か”を見つけ、私が止めるよりも早く、彼女は”何か”へと駆け寄った。

「ミシェル!?」

「見て! ノノ!」

 ミシェルは、床に倒れた”何か”を抱き起こす。

「人だわ!」


 それは、それは確かに、人に見えた。

 指も足もあるし、何やら綺麗な服も着ている。目も鼻もあるし、髪も生えていた。生きているのか死んでいるのかわからないが、目を閉じてピクリとも動かない。

「ミシェル、それから離れて」

「でも、この人、気を失ってるし…」

 ミシェルは事もあろうに、倒れたその人の胸に耳を当てた。

「ミシェル!」

「心臓は動いているわね。目立った怪我もない。”門”を越えたショックで気絶しているだけ、みたい」

 ミシェルは立ち上がると、背負って持ってきた荷物の中から水筒を取り出し、ハンカチを濡らした。

「ミシェル、私の話を聞いて!」

「ノノ、大丈夫、聞いているわ」

 ミシェルは濡れたハンカチを軽く絞り、”それ”の額に乗せる。

「いいえ、全然聞いていないわ!」

「ノノ?」

「それは”草原人”よ! 私達とは、違う! だから__」

 私の父と母を殺した連中のことは、よく知っている。よく調べたからだ。

 夜の闇のように暗いその黒髪は、間違いなく草原人の特徴だった。

「”彼”が、草原人?」

 ミシェルの眼が爛々と興味の光を湛え始める。

 逆効果だった! と、私は自分で自分を罵る。

「もしそうなら、彼はお客様だわ」

「ちが___」

 私が叫ぼうとした言葉は、倒れた草原人のうめき声にかき消される。

「ノノ、見て! 気がついたみたい!」


 駄目だ駄目だ駄目だ!

 私の心は、吠えるようにそう叫んでいた。

 だけど、だけど、それが喉から先に出ない。

 私はただ、初めて見る”それ”が、眼を開くのを見ているだけだった。


「ここは___?」

 黒髪の少年が、言葉を漏らした。

「こんにちは! 私はミシェル。貴方様の名前を教えてくださらないかしら?」

 覗き込む朱い瞳と、目覚めたばかりの黒い瞳が交錯する。


 ああ、ほんとにもう___

 今回は特別大きな厄介事に、巻き込まれたようだった。

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