第4話

 ミシェルの部屋も決まり、次はノノの部屋を選ぶ番__と、ステップを踏みながら言うミシェルだったけれど、それよりまず優先して確認しておくべき部屋があった。

 中層のキッチンや栽培所に浄水槽、それと下層の魔力炉と汲み上げ装置だ。

 中層の部屋にどれだけ設備が残っているかは生活水準に直結してくるし、下層の設備の痛み具合で、どれだけ塔の再稼働に時間が必要かが変わって来る。

 最も幸運なパターンは、ある程度中層に設備や道具が残されており、下層の魔力炉と汲み上げ設備が簡単な修理やメンテナンスで稼働できることだ。だが、ここまで塔の内部を調べてきた感じでは、この塔は廃塔になって少なくとも20年は経過している。楽観視は出来ないだろう。

 居住区である上層の部屋は荒方調べ終えたので、部屋の精査はひとまず切り上げて、私達は中層へと向かっていた。


「この部屋は何の部屋かしら?」

 ミシェルが覗き込んだのは、巨大な本棚や実験器具、用途不明のガラクタが置かれた部屋だった。

「研究室、かな。魔法使いの部屋だと思うけど」

 下層の魔力炉から動力を得られやすく、上層からアクセスしやすいことから、中層に研究室や作業場を設けられることが多い。湿地の植物や虫を多用するのであれば、下層に設ける者もいるという。

「お祖父様の部屋も、お父様の部屋にも、こんなものはなかったわ」

 と、ミシェルは部屋の中央に置かれたアーチのような装置に興味を示す。

 アーチには淡い魔力光が走っており、この何らかの装置がまだ生きていることを示していた。

「ミシェル、触らないようにね。止め方もわからないのに動き出したら困るから」

「わかっているわ」

 そういいつつ、ミシェルはアーチが気になるようで、ぐるぐるとアーチの周囲を回って様子を見ている。

 しかし、この装置、一体何処から魔力が来ているんだ?

 下層の魔力炉は当然止まっていると思うんだけれど。

 ひょっとして、まだ誰かこっそり暮らしているのだろうか…? いや、他の部屋の荒れ方から考えれば、その可能性は限りなく低い。

 私には魔法使いとしての知識や技はあっても、装置を操るだけの魔力はないので、不自然さを感じる以上のことはわからない。

「この部屋を調べるのは後回しにしよう。他の部屋を見ようよ。私はキッチンが気になる」

 何故なら、もしゲジと相対するとすればそこだからだ。荒事は早めに処理しておきたい。私は薪割り斧を握り直して覚悟を決める。

「ええ、ええ。でも__もう少し。ノノは、この装置に魔力が通ってるのは不思議だと思わない?」

「まぁ、不思議だとは思うけど」

 けど、それを調べ始めると今日の探索は終わってしまう。もし本当にこの塔の下見をするつもりなら、せめて魔力炉の様子だけでも見ておきたかった。

「それならミシェル、私は先に別の部屋を見て回っておくわね。ミシェルは飽きたら追いかけてきて」

「ええ、わかったわ」

 私は魔法使いの部屋を出た。


 魔法使いとしての力を持つものは、どんどん減っている。

 いや、そればかりか、この国に住む住人そのものが、どんどん減っている。

 今はもう、この国全体で500人ほどしか居ないそうだ。理由は単純な話で、この国の人は草原人と違って出生率が低いためらしい。草原人の国では、女性は1~2年に1度子供を生んで、一家は8人家族や9人家族が当たり前なのだそうだ。

 それに比べたら、一般的な魔法使いの家族が生む子供の数は半分に過ぎないし、そもそも子供を生むペースだって、10年や20年に1度という割合だった。

 だからひょっとすると、新しい魔法使いの家系に住処である塔を丸ごとプレゼントするというのは、少子化対策の一つなのかもしれない。

 さて、人口が500人として、その内訳はと言えば、100人ほどが魔法使いで、それぞれが一族で塔に住んでおり、残りの400人は、魔法使いに仕えるために塔に住むことを許された人か、湿地の上に浮かぶ濡闇ノ国の王城に住み込みで働いている者か、湿地に点在する僅かな陸地に村を作って暮らしている者である。

 私は元々村に住んでいたという。幼少の頃だったため、残念ながら村での生活はほとんど記憶に残っていない。物心ついたときには、母と一緒に塔に住んでいた。母の再婚相手が、魔法使いだったためだ。

 まぁ、それも長くは続かなかったけれど。


 私は最後のゲジを斧で真っ二つにし、キッチンを制圧した。

 念入りに5回以上、全ての戸棚や残された家具の隙間を確認したが、ゲジの姿はない。

 足元にはゲジだったものが無数に転がり、不快な粘液を床に溢しているが、それらは後で掃除するとして、戦いが終わってもミシェルがやってこないことに私は引っかかりを感じていた。

 まだ部屋であの装置を見ているのだろうか。

 純血ではない私には魔法使いの才覚はないし、父親から直接魔法を学ぶことはなかった。だから、あの装置を動かすことはできないし、その真の価値も見いだせない。

 それが何だかミシェルに置いていかれた気がして、少し、ほんの少し腹立たしかった。

 私は何の気なしに、足元のゲジの死骸を踏み潰す。

 ゲジの死骸に八つ当たりをして気を取り直し、私はため息を吐いてキッチンを出る。ミシェルと合流して、なんとかあの装置から彼女を引き剥がそう、とそう考えた。

 だけど___


「…は?」

 淡い魔力の光が、いつの間にか中層に満ちていた。

 焚き火の火花のように、魔力の燐光が宙を舞っているのである。

「……。み、ミシェル!?」

 私はすぐに勘付いた。

 塔の魔力炉は起動していない。ならば、この魔力の出処は、あのアーチの装置以外に考えられなかった。

 私は階段を駆け上がり、魔法使いの部屋へ急ぐ。

「ミシェル!!」

 ドアを蹴破り、魔法使いの部屋へと雪崩込むと、ミシェルよりも先に、魔力の光で輝くアーチが目に入った。

「ッ!」

 とりあえず斧を構える。これは極普通の薪割り斧なので、魔力を断ち切れるような代物ではないが、無いよりはずっとマシだ。

 装置は起動してしまっているようで、止め方はわからない。何か不測の事態が起こる前に斧で破壊してしまうのが一番のように思えた。

「ノノ! 待って!」

 だが、斧を手にアーチへ特攻しようとした私にミシェルの澄んだ声が届く。

「ミシェル! どこにいるの!?」

「ここ! こっちこっち!」

 声の元を探して燐光の舞う部屋を見回すと、ドレッサー(のような鏡の据え付けられた机)の下に隠れたミシェルの姿を捉える事ができた。

 私は急いでミシェルの元へ駆け込む。

「ミシェル、逃げよう!」

「そう、したいけど…」

 ミシェルは机の下で、何かを握っていた。握った何かからはアーチから漏れる魔力の光と同じ輝きが溢れ、その光の筋はミシェルの体に繋がっていた。ミシェルと装置に魔力の経路が接続されているのだ。

「こ、これは!?」

「これ、この”門”の鍵みたい。ごめんね、ノノ。私、起動しちゃった…」

 一体なんてことを! と叫びたかったけれど、背後でアーチが唸り声にも似た音を立て始め、魔力の光はバチバチと炸裂し始めた。魔力の奔流は渦巻くように部屋を走り、私はそれらからミシェルを庇えるように立つ。

「と、途中で私が離れたら、装置がどうなっちゃうかわからないから…」

「わかったから、頭を低くして! やるなら最後まで、ちゃんと制御して!」

「…ありがとう、ノノ!」

 とはいえ、私に出来ることなんて殆どない。魔力の飛沫からミシェルを守ることくらいしかない。

 これだけのエネルギーが暴走して炸裂すれば、私の身体が原型を留めいられるかも怪しい。だけど、背後のミシェルだけは何としてでも守る。

 ただの裁縫師見習いの私だけれど、こう見えてかつては魔法使いを守る”騎士”を目指した事があるのだから。

 まぁ、破門されてしまったのだけれども。

 だから、裁縫見習いなんてやってるんだけれども。

 だけど――…

 ミシェルだけは守る。


 いよいよ、渦巻く魔力は臨界に達し始めていた。

 炸裂する魔力の火花は、淡い緑の燐光に、炎の赤がまじり始め、肌を焼く熱に変化し始めている。

 さぁ、どうなる___?

 騎士紛いのことをするならば、斧ではなく盾を持ってくるべきだったと、私は少し後悔しながら、アーティファクトが生み出す光が膨れ上がるのを見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る