第2話

 ライフォテール魔法塔中層の床に大の字になり、慌てた様子で駆けてくる親友の様子を見つつ、私は頭の中の混乱を抑えるべく、折れた腕と首と、あと肋骨? 考えるのも億劫なくらい全身に響き渡る痛みに集中する。

 むちゃくちゃ痛い。

 むちゃくちゃ痛いけど、その痛みが私に冷静さを与えてくれる。

 しばらく痛みに呻いていると………よし、治ってきた。

 痛みが引くと同時に、私の頭の中もクリアになってくる。

 いいぞ、大丈夫だ。いつもの私に戻った。


「ノノ! 大丈夫!?」

「だいじょうぶだいじょうぶ…」

 折れた首はあっさり元に戻り、私は体を起こした。

「もうっ、丸石虫のように転がっていってしまうから、驚いたわ」

「私も驚いたわよ…。家族になろうって、ミシェル、あんまりそういうこと妄りに言わない方が良いわよ…? 勘違いするやつが現れかねないわ」

 危ないところだった本当に。

「私は本気なのだけど…」

「………」

 もう一度階段を転げ落ちる必要が、あるか…?

 私は下層に飛び込みたい気持ちと、口元の引き攣りを限りなく抑え、いつもの表情を最大限取り繕って言葉を紡ぐ。

「ミシェルと私は同性でしょ。この国の決まりだと、婚姻はできないわ」

「そこで変装をするのよ! これがこの計画の要なの! いい? 実は私、お祖父様の昔の日記をこっそり読んだの。そうしたらね、草原人に変装して、草原人の国へ忍び込んだって書いてあったのよ! 草原人になれるのなら、きっとノノを男の人にもできるわ」

 偽装結婚だそれは。それに、草原人に変装するのと、私が男性に変装するのでは変装の難易度が違いすぎる。

「ミシェル、落ち着いて。流石にそんなの王様にあっさりバレるわ」

「そうかしら…。私は成功すると思うのだけど」

 いやいやいや。何を根拠に言ってるんだ…。

「もしバレたら泥沼送りの刑だわ。私、そんなリスキーな計画には協力できない」

「…しゅん」

 輝く花が一瞬で萎れてしまった。だが、ここは心を鬼にして拒否しなくては私の身が保たない。それに、ミシェルの為にもならない。

「ミシェルも泥沼送りは嫌でしょ? 泥沼は臭いし、ドロドロだし、虫とか体を登ってくるのよ?」

「それは、もちろん嫌だけれど…だけど、私、自分の塔が欲しい」

「どうして自分の塔が欲しいの?」

「だってお部屋は狭いし、やることなすこと何でもお父様とお母様に許可を取らないといけないし。ゲジを育てるのだってお父様を3日間説き伏せてようやく許可を戴いたのよ?」

 今すぐゲジは捨てろ…!

 一体何を考えているんだミシェル…。

 破天荒を絵に描いたような親友だけれど、やっぱり最近、その勢いが強まっているような気がしてならない。

「窮屈だわ、窮屈だわ! 自分の塔があれば、好きなことができるのに!」

 確かに、自分の塔があれば好きなことができるだろう。

 しかし、”家族”を見つけるという難関よりも、その先に多くの問題がある。魔法塔はただあるだけでは機能しないからだ。魔法使いが魔力を集め、それを循環させなければ、塔で生きることは出来ない。

 湿地に降りしきる雨、湿地に溜まった水から魔力を抽出し、それを動力に水を汲み、浄水して、塔の中で作物を育てなければ、飲むものも食べる物もないのだ。暮らしていけないのだ。

「魔力炉はどうするの? 水の組み上げにも浄水にも必要でしょ?」

「実はお祖父様からお古を貰ったの。こっそり使ってみたけれど、大丈夫。ちゃんと炉が温まったわ」

「服はどうする気? 雨に濡れたら冷気で死んでしまうかも」

「ノノは裁縫師見習いでしょ? ノノの活躍に期待しているわ」

「食料は? 畑部屋を管理するのに人が必要よ?」

「ノノがいるじゃない! ノノがこっそり育ててるあのしょっぱい葉っぱ、私、好きよ」

「食べたの!?」

 こっそり育ててたのに!?

「部屋の鍵はちゃんと掛けるべきだわ。ノノが悪いのよ」

 盗み食いしたやつのほうが悪いんじゃないかなぁ!?

「とにかく衣食住は全てなんとかなるのよ。そう、塔さえ手に入ればね!」

「塔が手に入ったとしても、その計画だと私が頑張らなければならないのでは…?」

 多分だけど、廃塔の掃除も私の仕事になるんだよね、これ。

「ね、ね、ノノ! お願い、協力して!」

「ぎ…偽装結婚以外は、協力するわ…」

 ミシェルに鼻先まで迫られて、私は頷く他なかった。

「やった! じゃあ、早速旦那様を探しに行きましょう!」

「どうしてそうなるの!?」

 いや、順当といえば順当なんだけどさ!

「だって”家族”にならないと…」

 このままでは埒が開かない。なんとかミシェルの行動力の矛先を変えよう。

「それはそうだけど、ええっと…うんと…あ、そうだわ! その前にその廃塔がちゃんと使えるのかどうか下見してみるのはどうかしら?」

「え、下見?」

 よし、いいぞ…。私の切った舵は、上手くミシェルの興味の潮流を捉えた。

「ええ。だって、ゲジや青ネズミの巣窟になっていたら、人が住めないでしょ?」

「………。……たしかに、そうね…。その通りだわ! 流石ノノだわ!」

「ええ、ええ。じゃあ、さっそく羽鎧虫を用意して見に行くことにしましょう」

「勝手に住んでしまえばいいのよね!」

 違う、そうじゃない。

「私、お祖父様の日記で読んだのよ。1度住み着いてしまえば居住権というものが発生するのよ!」

「それは草原人の国の法律で、濡闇ノ国にはそういう法律は…」

 ない、よね? あれ? もしかしてある…?

 あとで確認する必要があるな…。

「そもそも、隣に誰が住んでるもわからないんだから、勝手に住み着いちゃってもバレないじゃない! 流石ノノだわ!」

 いや、私はそこまで言ってないよ!?


 とにかく、そういうわけで、廃塔の下見へ向かうことになった。

 私は最上層まで登って虫飼いのキャノンベールさんに話をつけ、羽鎧虫を借り受ける。虫は嫌いだが、羽鎧虫はギリギリ許せる。羽がついてるから半分鳥のようなものだからだ。

 次に自室へと戻って雨合羽を着込み、護身用に薪割り斧を腰に差せば準備万端だ。キャノンデールさんのところで薬草茶を1杯頂きながら待っていると、ミシェルが大荷物を背負って現れた。

「おまたせしたわ」

「その荷物は、何…?」

「探索に必要な道具よ」

「もはや引っ越しじゃないのそれ…」

「探索に必要な道具よ」

 ミシェルは「しー」と口元に指を立てて私に顔を近づけてくる。

 近い。あまりにも。

 もはや何も言えなくなり、押し切られる形で出発することになった。


 

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