恋の自覚

「ヒナちゃん、ヴィンが好き?」

「好きとかそんな……わからない、でも、すごく悔しいの」


 ちらっと視界の端に映るヴィンとナギ。ヴィンがナギを離そうとしているが、それは本気の抵抗ではない様子に雛乃には見えた。恋人同士が戯れあっていると言われれば納得してしまうだろう。


「あはは、可愛いねぇヒナちゃんは。なんでも顔に出ちゃうし」

「なっ、え……っ」

「ほらほら、そーゆーとこ」


 くすくすと笑うドゥードゥの声は、ナギとは違って優しい。


「正直な気持ちを言うと、ヒナちゃんは帰らなくちゃいけないから、ここに心を残しては欲しくないよ。それで帰るのをためらって命を無駄にして欲しくない」

「……」

「でもさ、それと気持ちは別だよね。それはわかるよ」

「うん……」


 なんだか胸のつかえが取れたように気持ちが軽くなる。

 解決するわけではない。だけどそのことを理解してくれている人がいるというだけで、なんだか心が救われる思いだ。


「同じようにナギもヴィンが好きなんだよ。ナギは自分に正直なんだ」

「うらやましい」

「ヒナちゃんはヒナちゃんのペースで素直でいていいんだよ。なんか、色々考え込んでるみたいだったからさ」


 考えないはずはない。ナギだって自分の命を危険にさらしてまで協力してくれている。雛乃を帰そうとしてくれている。

 その気持ちがヴィンの気を引きたいという願望からだとしても、じゃあ協力なんてしないでとは言えない。雛乃に協力する、そこには彼女の善意しかないからだ。


「いずれ別れなくちゃいけない運命なんだ。少しくらい欲張ってもバチは当たらないよ」


 わざと悪戯っぽくそう言ったドゥードゥは、雛乃の頭をぽんぽんと軽くなでた。

 いずれ別れなくてはなならない。そうだ、それはどうあっても変わらないのだ。


「それとも、ヴィンは諦める?」

「いやあの、好きかどうかは……」

「ふーん。じゃあ、僕で試そう」


 ものすごく上機嫌な様子でにっこりしたドゥードゥが雛乃の正面に回った。あっと思う間もなく雛乃にドゥードゥの腕が回り抱きすくめられる。

 ちらりとこちらを見たヴィンの気配。


「ちょ、ドゥードゥ!」


 慌てて逃れようともがくが、細腕とはいえ男性の力の前にはなす術もない。

 ナギの黄色い声が鼓膜を打つ。


「わあ、細っこいと思ってたけどなんか柔らかいんだねえ、ヒナちゃんて」

「な、なに言って……は、放してってば‼︎」

「えー。僕にもドキドキする?」

「ドゥードゥ‼︎」

「顔、赤くないね。僕にはときめかない? じゃあ放さない」

「なんで⁉︎」


 ドゥードゥの行動が全く理解出来ずにじたばたする雛乃をよそに、ドゥードゥはあろうことか雛乃にほお擦りを始めてしまう。

 ひんやりとしたドゥードゥのほおの感触が、背中を粟立たせた。ドゥードゥは、あーすべすべー気持ちいいーとご満悦な様子だが、雛乃にとってはたまったものではない。

 そのドゥードゥの頭ごしに、ナギに腕を握られたままのヴィンと目が合う。


(やだ、見ないで……‼︎)


 急に全身を熱が包んだ。恥ずかしさで苦しいほどに鼓動が速くなる。

 不可抗力だったとはいえ、ヴィンに見られたい姿ではない。

 目をそらした雛乃の耳に、ヴィンを呼ぶナギの声が聞こえた。


「ドゥードゥ、いい加減にしろ。ヒナが嫌がっている」


 近くでヴィンの声が響き、ドゥードゥの悲鳴が聞こえた。途端に腕が解放される。

 そこには、ヴィンに腕をねじりあげられたドゥードゥの姿があった。ナギは後ろの方でこちらの様子を伺っている。


「痛いよ痛いよ悪かったよ離してよ」


 慌てて謝ったドゥードゥの腕を離し、ヴィンが雛乃を覗き込んで来る。

 そのまっすぐな赤い瞳に吸い込まれそうになり、一瞬呼吸するのを忘れてしまう。


「大丈夫か」

「う、うん……ありがとうヴィン」


 少し速い鼓動。その鼓動が、雛乃の全身に熱を送る。それは、ヴィンと触れている時の感覚を思い出させる。

 手を伸ばせば今も————。


「もー、自分の事は棚に上げて酷いよね嫉妬しちゃって。仕方がないなぁ」


 呆れたようにため息を付いたドゥードゥは、さっとその表情を笑顔に変えた。にっこり微笑んだかと思うと、今度はヴィンに抱きつく。

 その光景に、雛乃はぽかんとするしかない。


「お前……ッ」

「ヴィンばっかモテてずるいけど、まぁ僕もヴィン大好きだから許してあげるよ」

「放せッ‼︎」

「嫌がってるのも似合うねぇ」


 一体なにを見せられているのだろう。男二人が戯れあっているのを、ほほ笑ましいと思うべきなのかなんなのか。

 ヴィンの方が明らかに逞しいのに逃げ出せていないのは、手加減しているのだろう。そう思うと急に可笑しくなってくる。


「ふふ……」

「あ、ヒナちゃん笑った! 僕の勝ちだね」

「どういう意味だ」

「ヴィン全然笑わせてないからさ」

「そんなこと」


 言いかけて心配そうにこちらを見てくるヴィンに、ますます笑いが込み上げる。


「あはは、ヴィンといると楽しいよ」

「そうか」

「うん」


 その間もずっとドゥードゥにくっつかれてほお擦りされていたが、諦めたのかヴィンはされるがままになっている。

 そんな二人のそばに、ナギがやってきて呆れたようにため息をついた。


「も〜ドゥードゥのせいでヴィンとの時間が台無しー」

「だって僕のヴィンだからね」

「あたしのよ‼︎」


 そのまま僕の、あたしのと言い争い出す二人に、彼らの仲の良さがうかがえる。

 ドゥードゥがようやくヴィンを離して、ナギの頭をよしよしとなでた。それに子ども扱いして! とナギが怒っている。

 これだけ見ると、ナギは本当にただただ可愛い女の子でしかない。


「さ、ナギ。行こうか」

「……わかったわよ」


 不服そうな声を出したものの、ナギはヴィンと一緒に行くとは言わなかった。それが雛乃には意外に映る。前は強引にヴィンを連れて行ったのに。


「ヴィン、大好きよ。また後でね!」

「またねーヒナちゃん」


 二人はそう言って翼を広げると、それぞれ別の方向へと飛び去って行った。

 それを見送ると、雛乃へとヴィンの手が差し出された。それをためらわずにつかむ。

 ヴィンの熱が雛乃を包んでいく。それはドゥードゥの腕の中とは明らかに違うもの。


(そっか、わたし……好きなんだ)



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