白鳥
まず最初に目に入ったのは、真っ白な翼だった。
二人の頭上を大きな白い翼が横切る。大きな白い鳥。しかしその白い鳥もまた、ヴィンと同じように人に近い姿をしているのがすぐにわかった。
空中で一度ふわりと止まり、ゆっくりと地面に降りてくる。上半身は人に近い。白磁のような肌に金髪が背まで流れ、それが風を受けて輝きながらひるがえる。
線の細い身体だが、胸は男性のもの。その背には四枚の大きな白い翼が生えている。背中の方には羽毛が多く生えているのか、それらが光を受けて白く輝く様は、まるで後光が差しているかのように神秘的だ。
(天使……?)
漫画などで見た天使の姿に、四枚の翼を持つものがいた気がする。作者の想像かもしれないが、雛乃の持つその天使のイメージと目の前の男性は酷似しているように思われた。
胸より下は羽毛が徐々に多くなり、腕も肘から下はほとんど羽毛で覆われている。足はヴィンと同じように人というよりは鳥に近い。ヴィンのような鋭い鉤爪こそないが、羽毛から出た足先は鱗に覆われた鳥のものだ。
まっ平な胸板さえ見えなければ、女性と言われても信じる美しさをたたえている。
(ていうか、この人も全裸じゃないの……‼︎)
鳥はやはり服を着ないのだろうか。そこまで考えて、吸い寄せられるように胸を見ていたことに気がついた。慌てて視線をヴィンに向ける。しかし目線の先もヴィンの胸になってしまい、一人で赤面してしまう。落ち着いていると思っていた心音が早くなった。
その天使が雛乃へと視線を向けた。黄金色の瞳が、興味深そうに雛乃をのぞき込む。形のいい口がきゅっと上を向いた。
「やあ」
天使と見紛うほどの神々しさを放っていた白鳥が破顔する。笑うといくぶん幼く見えるのか、人懐っこそうな印象になった。
その笑顔に、雛乃も少しほっとする。さっきヴィンが近くに仲間がいると言っていたのは彼のことなのだろうか。
「珍しいね、君が女の子連れてるなんて。しかも手まで繋いじゃって」
「さっきも言っただろう、鳥じゃないから飛べない」
「へえ」
面白そうに笑った白鳥は、ゆっくりと雛乃に近づいてくる。近くで見ると、意外なほど身長が大きいことに気が付く。線が細いからそうは見えなかったが、見上げなければならないヴィンよりも大きい。
「話は軽く聞いたよ、楽園の外から来たんだって?」
「あっ、は、はい」
「ふーん。確かに雰囲気に違和感あるね。鳥じゃなさそう」
あのさえずりでどんなことを話していたのかは知らないが、彼は雛乃のことをちゃんと聞いているようだ。不思議で仕方がないが、離れている鳥ともしっかり話せるのは確かなようだ。
「僕はドゥードゥ。君の名前は?」
「ヒナだ」
「あのねぇヴィン、僕は彼女に聞いてるんだよ? まるで親鳥みたいで気持ち悪いなぁ」
くすくすとおかしそうに笑って、ドゥードゥが雛乃にウインクを飛ばす。
「それとも恋人かな?」
「はっ⁉︎ え、いやそれは……」
ないと続けようとして、なぜか言い淀んでしまう。一瞬で頭全体が熱くなり、ドゥードゥから視線をそらした。髪で顔を隠すように横を向く。
違う、これは恋とかではなくて。胸が高鳴るのはヴィンが人間離れした美貌の男だからで、しかも自分は男性に免疫がなかったからなのだ。そう言い聞かせるように雛乃は頭を振った。
しかも今の状況は普通ではない。これは吊り橋効果だ。そう瞬時に考えたものの、言葉は出ない。
こういう時に限ってヴィンは黙ったままだ。
「いやぁ、ナギが怒るだろうねえ」
ナギ。新しい人物の名前。
怒るだろうという内容から察するに、ナギというのは女性で、ヴィンに気があるのではないのだろうか。
それとも、ヴィンの恋人かもしれない。
(そっか、そうだよね)
急に気持ちがしぼんだ。
ヴィンは鳥だ。そしてこの美貌。女性が放っておくわけがない。それにヴィンだってそれ相応の年齢に見える。恋人がいない方がおかしいではないか。
そう言い聞かせても、がっかりした気持ちが拭えない。なまじヴィンの距離感が近いから変に意識していたけれど、彼にとっては本当になんでもない子供にしか見えないに違いない。
そうだ、さっきもヒナ鳥とか言っていたではないか。
そっとヴィンの顔を見上げると、意外にもまるで苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「ナギには説明しておいてくれ」
「ほんと君は人使い荒いよね。まあ、君の頼みなら叶えてやってもいいけど」
「頼む」
「ふふふ。仕方ないね。楽園の外から来たヒナちゃんは飛べないから、手を引いてあげなきゃならないと。そんで、楽園の果てまで連れて行くから協力してくれ。こうだね?」
「ああ」
「世話が焼けるよね、まったく」
全然そうは思ってない様子で、ドゥードゥはくすくすと笑っている。
ドゥードゥは雛乃が帰れるように協力してくれるのだろうか。そして、ナギにも協力をお願いすると。そういうことだろうか。
「あの、すみません。ありがとうございます」
「あはは、かわいいねぇヒナちゃんは。いいよヴィンの頼みだからね。きっとナギもなんだかんだ協力してくれるさ」
ドゥードゥが人の良さそうな顔で笑うと、ヴィンも頷く。
「行くか」
「うん」
「僕はナツとナギに合流したら行くから」
ナツ。また新しい名前だ。きっとナツも鳥なのだろう。
「わかった、よろしく頼む」
ヴィンの手に少しだけ力が込められた。翼が大きく広がる。
にこにこしながら手を振るドゥードゥを残して、空へと舞い上がる。あっという間にその姿は小さくなって行った。
◆ ◇ ◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます