果樹園は我が家のアイデンティティー

@takagi1950

奄美亜熱帯果樹園

47年前、私は目標を見失い旅行者として奄美大島を訪れ、島の自然に癒され妻とも出会いました。そして妻の母(ヤス)は大島紬の技能継承者だと知りました。

「機織りは、紬一疋(ぴき)を仕上げるのに1カ月以上かかる細かい作業の連続で、忍耐が必要な「うなぐ ぬ しごと(女の仕事)チバ―」

紬を織りながらヤス母さんが毅然と言い放ち、驚く私を尻目に更に言葉を続けました。

「ワンは母親からもっれた糸も根気よく、ハゲー我慢強くやると解くことが出来ると教えられた。お前も短気を起こしたら駄目チバー、良いかい」

私の弱点を、島口(奄美方言)を交えて優しく諭してくれました。私は奄美大好き人間で年1、2回は島に帰り、黒糖焼酎を片手に、ヤス母さんと語り合いました。台湾から4人の幼い子供を連れて下関経由で、奄美に一人の子供も失うことなく2カ月掛けて帰って来た苦労を話し、私に家族の大切さを教えてくれました。


そして時間が経過し、ヤス母さんは自分の卒寿を祝う席で元気一杯に島唄を歌い踊りました。「行(い)きゅんにゃ加那(かな) 吾(わ)きゃ事忘(くとぅわす)れて 行きゅんにゃ加那 打(う)っ発(た)ちゃ 打っ発ちゃが 行き苦(ぐる)しやソラ行き苦しや」。声に張りがあり、踊りにも艶がありました。

祝いが終わった母から、「勇、お前に願いがあるチバ―」、「何ですか。何でも言って下さい」、「ハゲー、ワン(私)には畑があるチー、それを綺麗にして果樹園を元に戻して欲しいチバー。昔は良い果樹園だったチ―」、「お母さん、海の側の畑ですか」、「そうチバー。あれはワンとオジィの思い出の場所チー」、「おかあさん。分かりました」、「ハゲー、ナン(あなた)はやっぱりワンが見込んだ男だ。頼むチバー」。こんなやり取りが有り、約200坪の果樹園を託されました。


そして、私は年に数回、奄美に帰り1週間程度滞在し、果樹園の世話を始めました。この頃から母の体調は一進一退となり、特養ホームに入ってからも「勇、畑はどんな感じだね」と聞かれ、「畝お越しが終わってバナナとタンカンを植えました」と報告すると「グアバを植えろ、パッションが良い」と指示を出し、現地に足を運んでくれました。

2年後に初めてバナナの花が咲き、実を付けたと報告すると「ワンも見に行く」と車椅子に乗って現地に向かいました。最後は立ち上がって一人で歩き、バナナの実と一緒に写真を撮れと私に指示して笑いました。

特養に帰って「勇、本当チバー。良かったチー。これからも頼むチバー」、「お母さん了解」と返事すると満面の笑みが返ってきました。食事の世話をしていると、「勇、今日はありがとうチバ―」と言い、おかゆを美味しそうに飲み込み、私の左手に自分の右手を上から重ねました。この3ヶ月後にヤス母さんは94才で亡くなりました。


母が亡くなってから果樹園は、挫折の連続でした。翌年、台風による潮風と雨不足によって、塩害を起こしここまで5年間それなりに頑張った成果が、ゼロになりました。塩害とは恐ろしいもので、いつも雑草の刈取りに1週間は掛かりますが、雑草も全て枯れ言い古された言葉ですが、自然の驚異を実感しました。 

またマイマイ(大きな貝)が大発生し育ちかけたマンゴーやパパイヤの苗を食べました。

家族からは金と時間の無駄遣いと言われましたが、止めることが出来ませんでしたが、定年後に就職した仕事の関係で、3年振りに島に帰りました。果樹園の雑草は3層に分かれ、1年目と2年目の枯れた雑草の上に3年目の雑草が茂り、背丈にして1メートル程度になっていました。体力の衰えと、3層に重なり横に伸びた雑草の粘り強さを実感しました。それでも5日間、汗を流すと大きく成長したマンゴー、タンカン、バナナや防風林のハイビスカスの花を見つけ俄然やる気が出てきました。


私は完全リタイヤーし時間が出来き、果樹園を再興する意欲が戻ったところで、健康問題やコロナ禍で島に行けなくなりました。体力の低下を気力や農機具で補い、再度、果樹園に挑んでみたくなりました。

 私はこの果樹園を家族のアイデンティティーを記憶に留める場所にすると共に、私の樹木葬の地にしたいと思っています。まず手始めにヤスの生誕100年に当る2021年の母の命日に、私と奄美を結びつけてくれたヤス母さんを偲び、親族を集めてバーベキューをしながら語り合うことを自分の心と約束しています。

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