終章 それだけでいい


 寝て、起きたら朝。

 太陽が出てきて、外が明るくなったら朝だ。


 六時ちょうどに“それ”はゆっくりと目を開けた。

 視界いっぱいに映るのはホリゾンブルーの天井。視線を横に下ろしていくと、白いカーテンの隙間から明るい光がこぼれている。微かに鳥の鳴き声も聞こえてきた。


 ……朝だ。


“それ”は慎重に体を起こしていった。


 ……体が重い。なんでだろう。


 僅かに首をかしげた。

 辺りを見回して、目をパチパチとする。


「ここは……どこ、でしょうか?」


 自分の部屋ではない、と感じた。

 だってぼくの部屋には……あれ?


“それ”は再び首をかしげた。


「ぼく、は……」


 誰でしたっけ?


 ベッドからカーペットの床に足を下ろし、自動で開いたカーテンと窓をぼんやりと眺める。

 朝の冷たい風は心地よい。

“それ”はそっと目を細めた。

 不意にコンコンとドアがノックされ、一人の白衣姿の男性が部屋に入ってきた。


「湊、おはよう」


 そう言って男性は笑顔を浮かべた。


「……みな、と?」

「あなたの名前よ、湊」


 続いて入ってきた女性も白衣を身に付けている。

 女性はベッドまで駆け寄ると“それ”を強く抱きしめた。


「湊、起きてくれたのね! 私の愛しい子! もう目を覚まさないのではと心配してたのよ」

「事故のことを覚えているか?」


“それ”はふるふると首を横に振った。


「いえ……事故とは、何でしょう?」


 男性と女性は僅かに顔を見合わせ、僅かに頷き合う。


「……湊。お前はね、事故に遭ってニ年半も眠っていたんだよ」

「ニ年半……」

「そうよ。覚えていない? 私たち家族のこと」


 女性は“それ”の頭を優しく撫でた。

 カチッとどこからか音がして、“それ”は一瞬動きを止め女性を見つめる。


 数回瞬きをして、再び動き出した時━━



「……父さん、母さん?」



 そう言うと、栄一郎と藍子はホッとしたような表情をした。


「ええ、母さんよ、湊」

「思い出せたみたいだな」

「はい。心配かけて、ごめんなさい」

「いいんだよ」


 今度は栄一郎が“それ”の頭に手を置いて、今までで一番の笑みを浮かべた。




「――湊が、湊でいてくれれば。それだけでいいんだよ」




 その言葉に、僅かに首をかしげた後。


「……はい!」



“湊”は満面の笑みを浮かべた――






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Believe me 詠月 @Yozuki01

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