第45話 白衣の天使の生首と〝いい人〟

 イツキ・ケブカワは、「はぁあああ」とため息をついた。

 面倒なことになった。本当に面倒なことになった。


 間違いない、納音なっちんGゲール・かおりの生首の転生先は、自分の住む世界だ。

 しかも、自分がよく知っている人間に転生する。この世の中で唯一、自分のペースで振る舞うことができなくなってしまう人間。


 ヒクほどマイペースで、ヒクほど非合理的で、ヒクほどメンタルが強靭で、そしてヒクほど強運の犬飼いぬかい一子かずこ。その人だ。


 会社を共同経営している、タレント兼、実業家の犬飼いぬかい一子かずこその人だ。


 なんてこった。おそらく、納音なっちんGゲール・かおりの生首は、音楽と詩の才能を受け継ぎ、とても頑固な性格と、とんでもない強運を引き継いだのだ。


 面倒なことになった。本当に面倒なことになった。


 この面倒な状況を一切合切察知していない、コトリ・チョウツガイはニコニコしながら言った。


「かおり先生、最後の一投、お願いします」

「はいはい。行きますよ」


 この面倒な状況をすべて把握しつつ楽しむ、ちょっと常識では信じられない強靭なメンタルをした、納音なっちんGゲール・かおりは、ニコニコしながら言った。


「そうね、とても楽しみだわ。この天使のような偶像アイドルの私の生首は、どのような運命をたどるのかしら」


 イカれている。


 そう、彼女はイカれていた。たもとを分けたといえ、自分の分身とも言える生首の運命が決まっていく様を、ニコニコと心の底から楽しんでいた。実験をするが如く楽しんでいた。まともな思考回路ではない。


「えい!」


 納音なっちんGゲール・かおりは、サイコロをころがした。ワゴンの上に広げた、オシャレな緑色のスカーフの上にサイコロを転がした。

 サイコロはてんてんてんと転がって、八面体は〝〟と〝ゴン〟の目を出し、普通のサイコロは六の目を出した。


『かおり先生! 31マス進めますぞ!』


 アナウンスと同時に、SL機関車はマッハで走り、黄色いマスでピタリと止まった。


『30歳、一昨年より付き合っていた共同経営者と結婚。称号が、〝イヌカイ〟から〝ケブカワ〟にクラスチェンジ。旦那を尻に敷き、四人の子供に恵まれる』


———————————————————

 ♪ てんてんてん ♪ クリティカルヒット!!

———————————————————


 納音なっちんGゲール・かおりの生首と、イツキ・ケブカワの運命が確定した。


 イツキ・ケブカワは、「はぁあああ」とため息をついた。

 面倒なことになった。本当に面倒なことになった。


「え? イヌカイから、ケブカワ? え? ええ??

 ええええええええええええええええええええぇ!!」


 コトリ・チョウツガイは、イツキ・ケブカワと目から二重螺旋のビームを放ち、口から線路を吐き出している納音なっちんGゲール・かおりの生首を何度も何度も指差し確認した。そして、


「ワンコさんとイツキさん、やっぱりつきあってたんやぁ!!」


と黄色い声を上げた。


「怪しいと思ってたんや!!

 ワンコさん、最近ビストロたくみに通い詰めやし、最初はタクミさん目当てやおもうとったけど、イツキさんと落ち合うためやったんや!

 まったく客がいへん、ホンマもんの超本格的隠れ家レストランのビストロたくみだったら、マスコミも嗅ぎつけるんは不可能や!

 さすがはワンコさんや! でもってさすがはイツキさんや!」


 イツキ・ケブカワは、「はぁあああ」とため息をついた。

 面倒なことになった。本当に面倒なことになった。

 一番知られたくない人物に、真実を知られてしまった。弱みを握られてしまった。


「どっちから告ったんです? やっぱりイツキさんからですか? あ、でもワンコさんは即断即決の人やからワンコさんからって考えるのがスジやろか。ワンコさんは庚戌かのえいぬ魁罡かいごう持ちやから。自分の方からグイグイ決めるタイプや。壬子みずのえね水行すいぎょうのイツキさんに尽くすタイプやね。うん、ワンコさんからアプローチかけたと考えるのが普通や。


 イツキさんはこうみえて意外と押しに弱いから。一番大事なところで躊躇ちゅうちょするタイプやから。ワンコさんみたいな人にバーンと背中押してもらったほうがええ。絶対ええ! でもってそれが最終的に地支が全部土行どぎょう四墓土局しぼどきょくのワンコさんの幸せにつながる! 本当は男女逆の方がええねんけど、ワンコさんは演者さんでイツキさんが裏方さんやからちょうどエエ! 奇跡的にちょうどエエ!!


 多分あの時や! なんや、ビストロたくみで口喧嘩しとった時があった。わたしがバイトあがる時も、なんや仕事の方針で喧々諤々けんけんがくがくの口ゲンカしとった。

 結局二人とも酔い潰れて、タクミさんがタクシーに呼んで、ふたりをタクシーの中に押し込んで、追い返したって聞きました。きっとあの時からや!!


 一見、二人は犬猿の仲、水と油の仲やけど、ハプニングがあればあるほど仲ようなれる。茹でたてのパスタに、パスタの茹で汁とオリーブオイルを絡めてゆすってゆすって、すゆりまくって〝乳化〟するみたいに、最高の相性になる!」


 コトリ・チョウツガイは、目をランランと輝かせながら、二人のなり初めを占いで「ズバリ」と言い当てた。


 さすがは専門分野だ。


 安楽庵あんらくあん探偵事務所に所属する4人は、全員占いの達人だ。しかし、こと恋愛占いに関しては、彼女の右に出るものは居なかった。 


「あら〜! あらあら。イツキさんとやら、あなたが私の生首の〝いい人〟だったのですね。不束者ふつつかものですが、末長くよろしくお願いします」


 納音なっちんGゲール・かおりは、ニコニコしながら頭を下げた。


「え? あ、えっと……は、はい! よろしくお願いします」


 イツキ・ケブカワもつられて頭を下げた。


「やった! 前世のお墨付きや! これでご両親のへのご挨拶を済ませれば、ワンコさんとイツキさんは晴れて公認のカップルや!

 30歳……今は2019年やから、2年後の2021年ですね! ええ日どり占っときます。あんじょう任せてください!!」


 コトリ・チョウツガイは、スタイルの良い胸を張った。


 ・

 ・

 ・


 朝が来た。


 納音なっちんGゲール・かおりはスッキリと目覚めた。気のせいだろうか、体が少しだけ軽い。そして食欲があった。


 納音なっちんGゲール・かおりは、ちょっとビックリするくらいの量がある、イングレッシュブレックファストをペロリと平らげて、薄切りのバタートーストも4枚平らげた。


 体調はあいかわらず悪い。だが、ずっとまとわりついていた暗澹あんたんたる思いはすっかりなくなっていた。肩がスッカリ軽くなっていた。

 そして、とても前向きになっていた。


 〝白衣の天使?〟 いいじゃないか。好きに呼ぶがいい。私はこの称号ステータスを好きなだけ利用してやる。利用し尽くしてやる。この世の中に、確かな看護教育を残すのだ。その為にはなんだって利用してやる。


 納音なっちんGゲール・かおりは、医療、なかでも看護師の育成と地位向上に多大なる貢献をして90歳で息を引き取った。生涯独身だった。


 ・

 ・

 ・


 1991年4月10日。とある世界にひとりの赤ん坊が産まれた。至って正常の範囲の体重だった。この世界では今は〝正出生体重児〟と呼ばれている。


 その女の子は、とても背が低く、とても可愛らしい、歌を歌うのが大好きな普通の女の子だった。

 しかし、その運命は、14歳の時大きく変わる。


 わずか0.3%の確率を勝ち抜いてアイドルデビューを果たす。


 その女の子は、まるで天使のような微笑みで大人気になる。そしてとんでもなく大きくなったアイドルグループの統括リーダーを果たす。


 そして夢ができた。


 アイドルをプロデュースする夢ができた。

 しかし現実は甘くなかった。なかなかうまく行かなかった。そして人生のどん底に陥った時、一人の男に出会った。

 その男は、計算高く胡散うさん臭かった。しかし、蓋をあけてみると、とても信頼のおける人物だった。そして思いの外うっかりもので、しかしそんなところがたまらなく愛おしく見えた。


 女は、その男を尻に敷き、さらなる高みに登ることだろう。


———————————————————

幕間劇


 こんにちは。コトリ・チョウツガイです。

 ここまで、お読みいただきありがとうございます。めっちゃうれしいです。


 なんや色々と訳わからん話ですみません。

 いきなり出てきた、ワンコさんが説明不足ですみません。


 詳しくは、この話の前作『安楽庵探偵事務所〜お客様は異世界です。〜』の、〝秋の土用〟の章をご覧ください。


https://kakuyomu.jp/works/16816452219064660229


 ついでに、★を3つ付けて、レビューで『めっちゃオモロかったです!』って書いてくれるとめっちゃ嬉しいです。


 そこんとこ、何卒、よろしくお願いします。

_________________________




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る