アイ ラブ バレンタイン

@RumiKanto

アイ ラブ バレンタイン

 今年もこの季節がやってきた。今日は待ちに待ったバレンタインデーの、次の日。


休日にバレンタインデーがきた場合、女子は通常休日明けに「ありがとう!うれしいー!」と笑顔でチョコを配り合う。


 五日前くらいから、スーパーに行けば、店舗に入ってすぐの所、レジ横など、視線に入りやすいところにチョコレートを配置して、激推ししていた。



僕は18歳で、硬めのカップラーメンができるくらいの距離の高校に通っている。人通りが少ない通学路なので、今日街が少年達の心によって、どれだけ色づいているのかを知らない。



多分自分の心に手を当てたら分かるけどそれはしない。なぜならば、17年目だからだ。しなくても分かる。どれだけ心が踊っているかなんて。



「おはよう!」

後ろから誰かが背中を手で押す。南雲海なぐもうみさんだ。

「お、おはよう」

柔らかい肉みたいものにぶつかって、驚いたような顔で会話のボールを返してしまう。

「早く学校に行かないと遅刻だね」

「う、うん」

「いっそ一緒に遅刻しよっか?」

「えっ、マジで?」

「うっそだよ!!!アメリカンジョーーク!」

彼女は通学路をいきなり走り出す。

僕も一緒に走りたかったが、なんか恥ずかしくてやめておく。

でも今日はいい一日になりそう。朝一番に海さんと話せたし。


そんな事を考えていると、カップラーメンが出来上がる時間より早く高校に着いた。


下駄箱で靴を履き替え、教室に向かう廊下で既に気がつく。今日は何かが違う。


いつもより甘くて向日葵ひまわりみたいな空気が校内に充満している。


目の前から顔見知りの先生が来る。目を合わせないように目を下に向けて歩く。


「佐伯何ノロノロ歩いてるの。あと二分でチャイム鳴るよ!」

「は、はい、急ぎます。」

とは言ったが、あえて遠回りの一年生のクラスの横をあえて通る。

「ちっさ昨日のテレビ見た?」

「見たよ、春アンド山ってやっぱ面白いよねー。あの予想外の行動が。」



結構・・・静かだ。純粋で潔白けっぱくな愛の形がそこにはあるんだと思う。


続いていつもと進路を変えて、二年生のクラスの横を通る。

「はるきお前あかりさぁチョコ貰っいやはっふ、なんやだとぉえっん」


うーん、うるさくて何を言っているのか聞き取れない。

元気と性を僕の全身のセンサーが感じとる。「活発」この言葉が彼、彼女らにはお似合いだ。


 最後に我らが三年生の教室。三年生の教室は二階の隅っこにある。三年生はどうなんだろう。とても気になる。


 まず、僕のクラスである三年六組を、クラスメートにバレないように、死角から教室内の雰囲気を確かめる。



いつもより「ちょぴー」っと騒がしいくらい。入ってみる。見た感じチョコを配っている気配はない。でも、いつもよりソワソワしている気がする。



「おはよう!」タケルが僕の方を向いて手を上げる。


それに続いて山ちゃんも僕の方を向いて挨拶してくる。タケルも山ちゃんも背が175くらいで結構かっこいい。


人の顔がイケてるかどうかに関しては僕の目は節穴ではない。と思いたい。山ちゃんもタケルも、「いつも通り! かなぁ?」僕には彼らの心の内は分からない。


彼らも少年である事を信じる。別にどっちでもいいけど笑。いつもなら担任の暁月里美あかつきさとみ先生がそろそろやってくる頃だ。



 僕は学校が近いせいか分からないが、ギリギリに家を出る。今日はいつもより三分早く家を出た。この三分のおかげで汗だくにならず、いつもより優雅に登校できた。



「ガラガラガラ」教室の前のドアが開き誰かが入ってくる。それと同時にチャイムが鳴った。見なくても分かる里美先生だ。



僕の席は窓側の1番後ろではなく、真ん中の席の1番前だ。これが現実。運は席替えなんかじゃなく、もっと大切な事で使った方がいい。例えば・・。好きな人の隣の席になる。以上の運の使い所はあるのだろうか。好きな人が隣にいるだけでドキドキ、話すこともはばかれるがたまにくだらない事を話せるだけで明日も学校に行きたくなる。



「はぁーい、皆さん静かにしてください。堀江くん。」

「キリッツ、キョウツケイ、レー」堀江のだるそうな声が教室を包む。

 朝一番なんだしもっと透き通る声で。心が暖たたまる声が聞きたいなと思う。


例えばうみさんの声とか海さんの声とか。


「来週からテストが始まるのでしっかり勉強して受けるように。それと前から回してもらっている紙は、PTAの紙と図書館だよりの二枚です。PTAの紙は必ず親に見せるようお願いします。以上。」



先生の体の向きが90度変わると同時にクラスは一気にボルテージをあげて騒ぎ出す。


そんな中、隣の席の冴島彩さえじまあやがバッグからお洒落な紙袋を取り出すのが見えた。


彩は紙袋を持って立ち上がると、仲のいいであろう阿須佐あずささんの方に近づいていく。阿須佐は彩に気付くと、すかさずリュックを開けた。



彩が起爆剤となって、友チョコフェスティバルが始まる。女子は名刺交換かのように一人一人、「これは〇〇さん」のとか言って配っている。

 それを観る男子、特に山ちゃん達はどんな顔をするのか気になったので、意味ありげにパッと後ろを振り向く。


山ちゃんは頬杖ほおずえをついて他の男子三人と話している。「タケルは」っと思ったが振り向く必要もなく、タケルが動揺しているのが分かった。



なぜなら、タケルの大きな声が聞こえるが「そうなん。」「ふーん。」「マジで。」とかいつもに比べて口数が少ない。ましてや受動的な受け答えばかり。タケルは純粋で心が言葉に表されるところが好きだ。



 タケルの顔でも一応見てみるかと思い向きを変えたが、クラスの女子三人が目の前で手作りチーズケーキとチョコレートを交換し始めた。

「お前は誰にも貰えなくて、可愛そう。」と言われている気分で心が痛かった。


 少し期待しながら、友チョコでもいいから貰えないかなと待つが、気づけばいつの間にか授業が始まっている。


 俺は思った。なぜ友チョコをくれないのか。俺が女子だったら絶対にあげる。少しくらいは「もしかして」と思わせてくれてもいいじゃないか。

もしかしてじゃなくてもいい。


 友チョコすらもらった事ない俺だが、貰えたら死ぬほど嬉しくて喜びが隠しきれないだろう。


 同年代の女子高校生が作ったチョコレートなんて。多分死ぬまでその味を覚えてると思う。おい山本!唯一三年間おんなじクラスだったよな。まさか・・・・・・気付いてない?


 一時間目の国語の授業は全く頭に入ってこなかった。俺も光源氏になりたかった。

 午前中の授業を終えた後もいや生まれてきてこの方、誰にもチョコを貰えていない。一人を除いては・・・。


 昼食をいつも通りタケル達と共に食べる。昼食の会話はバレンタインの話題で持ちきりだった。

「さとる、チョコ貰った?」

「ううん、一つも」

 タケルの質問に答えながら首を横に振った。

「そっかぁ、俺は何個と思う?」

「うーん、5個?」

「0個だよ」

 タケルは笑顔で答える。


「多分みんな緊張して渡せないんだよ」

と僕は真剣な顔をして言った。タケルの答えを聞いてちょっと嬉しかった。



月曜の五限目は体育だ。「とっくの前に予鈴よれいのチャイムはもう鳴っている。急がなくては!」トイレで必死にパンツを上下させる。尿の切れがわるい。


トイレから手を洗わずに出て、教室の外にあるロッカーから体育館シューズをとる。


その瞬間一枚の紙きれが振り子運動のようにひらひら舞って落ちた。腰を下ろしてゆっくり拾う。二つ折りの紙で折り目を開くと、

佐伯健斗さえきけんとさんへ

放課後家庭科室の前で待っています。

出来れば来てほしいです。

お願いします。』

時間が止まる。佐伯健斗は僕の名前だ。身体がマグマになったかのように一気に温度が上がった。


辺りを見回すが誰もいない事に気づき少し落ち着く。こんな紙、昼ごはんを食べる前にはなかった。誰が入れたか見当けんとうもつかない。誰かのいたずらかもしれない。見直そうとした瞬間本鈴が鳴る。



とりあえず手紙はポッケの中に入れて走って体育館に向かうことにした。



 体育館に着いて、ばれないように、生徒の列に混ざろうとしたが、

「先生の後ろに佐伯がいます。」

と誰かが言った。「言う必要ある?」と思ったが、そんな思いは一瞬の間に消えた。今はそんなことどうでもいい。



「先々週から行っているバレーボールの準備をしてサーブの練習を始めろ。」と体育教員の小梶こかじ先生が、準備体操が終わった生徒達に言った。それを聞いた生徒がだらだら準備を始めだした。



 その後、僕は男子バスケットボール部顧問でもある小梶先生の怒号どごうを浴びた。が、頭は真っ白で何を言っているか頭に入ってこなかった。


多分「なんで隠れて入ろうとしたんか、やましい事を隠したかったんやろ。正々堂々入って来いや。」みたいなことを言われた気がする。僕は一番選んではいけない選択をしてしまったことに気が付く。



小梶先生が一番嫌いなことはずるい事。日頃から仁義が礼がどうとか言っていたのを思い出す。気づくと僕は準備体操をはじめることになっていた。


覚えていることといえば、自分がずっとうなずいていたことと、小梶先生の眉間に年相応の沢山のしわが寄っていたことだけ。


 体育館の隅に行ってゆっくり靴紐を結んだ。

「いつ入れたのか」「なぜ朝ではなく昼なのか」「今時手紙?紙の端には犬のイラストが描いてあったし。」

思考が脳内を駆け巡る。


 そういえば、体育館に向かう途中で海さんに出会ったな。もしかしたら、いやないか幼馴染みなだけであっちはなんとも思ってないだろう。


「シャイな女の子?だとしたら、一年生かな。」でも思い当たる節はない。「筆跡は気弱な女の子が書きそうな字だった。」


僕はいつも山ちゃんみたいに目立つことはしてないし、何なら最低限のコミュニケーションで学校生活を送っている。


 多分クラスにとって僕という人間は空気として認識されているだろう。でも案外、自分では気づけない、相手から見たら輝くスターポイントがあるのかもしれない。


「いや、ないな。」結局、色々考えた末自分が貰えないから腹いせに地味な僕を狙った、誰かの計画的犯行だと結論づけた。

そう結論付ける方が気持ち的に、あまりにも楽だった。



 いつもの準備体操を半分くらい終えたとこで、小梶先生の声が聞こえた。


「おい誰か佐伯が倒立とうりつするのを手伝ってやってくれ。」

「こっちのこと見てたんかーい」と驚く。

「はーい。」と誰かが手をあげてこっちに走って来る。タケルだ。

「佐伯倒立手伝いに来たよ。」

「ちょっと待ってね、もう少しで準備体操終わるから。」手をぶらぶら振りながら考える。


この学校に入ってずっと疑問なのが準備体操後の倒立。何故やるのかは分からない。気になって、二年生の時に体育の担当教員に聞いたことがある。その時は伝統がどうとか言われた。 僕より一年遅く転勤てんきんして来た先生なのに。


多分何故倒立するかは誰も分かってないと思う。人間の身体みたいなもの。初めからそこにあって誰も気にならない。



 あと深呼吸して準備体操は終わり。タケルは天井を見上げて地べたに寝そべっている。


「終わったよ」

「オッケ、いつでも来い!」と言いながらゆっくり立ち上がる。

「本当に?」とツッコミたくなるがツッコまない。


タケルが構える姿勢に入ったので勢いよく地面を蹴り上げる。それと同時に僕の脚は天井てんじょうを目指して登っていく。


「ナイスキャッチ」

「あたぼーよ」

タケルの自信に満ちた声が聞こえる。


 前方を見ると不思議な世界が広がる。バレーのボールは下から上に向かっているし、みんなが逆さまに立っている。そんな事を考えながらタケルが1から30まで数え終わるのを待つ。



「20・・・21・・・・22・・」頭に血が上って来て苦しい。

「30!」 やっと終われる。

「31・・32・・・」

「た、たける、おろしてマジで」

「ご、ごめんごめん」と笑う。


タケルが手を離して僕の足が地面に着く。タケルはたまにクレイジーだ。笑えないふざけた行為をする。何が面白いのかまったく分からない。


「なんだこの紙?」

タケルが四つ折りにされた白い紙を持って、胡坐あぐらをかいていた。


「まさか」と思いタケルの手から紙を取り上げようとするが、逆立ちのせいかフラフラで体当たりするのが精一杯だった。


「痛って」

タケルは一瞬驚き身体は傾いたが、受け流すように体制を変え、すぐ紙に集中がいって手紙を広げた。


「えーと、なになに、佐伯健斗さんへ放課後家庭科室の前で待っています。出来れば来てほしいです。お願いします。」



「ご、ごめんなんか・・・」また、顔に血が上る。

「いいよ、別に。」動揺で声が震える。

 タケルが声の震えに気づき気遣ってくれているのか、黙り込んで沈黙が続く。


沈黙に耐えかね「実は」と喋り出そうとした瞬間、タケルが「い、いいなぁー、俺なんて手紙すらもらった事ない」

沈黙後の切り出しの会話としては、凄く不自然だったが、自分のために気を遣ってくれたのが嬉しかった。


「実はさぁこの手紙は誰かのいたずらで、俺を揶揄っているんだよ。」

タケルがどんな反応をするか気になって、タケルの顔を見ると難しい顔をしていた。


何か考えてそうなので、天井でも見上げる。

「それって本当に?」タケルがつぶやく。

「はいっ」と意識が一瞬飛ぶ。

「え、何のこと?」

「だからその手紙がいたずらって事。」声が出ない。

「待ち合わせ場所に行かないつもり?」

「・・・うん」

「仮説なら待ち合わせ場所に行った方が良いと思う」

「いたずらだとわかっていても?」

「だから何でいたずらと思うんだよ」 タケルが一瞬、眉間に皺をよせる。


「だって俺はタケルみたいにリーダー的存在じゃないし、運動はそこまで得意じゃないし・・・告白される要素ないじゃん」震えていく声で呟く。


「やっぱ自分の良いところって案外自分には見えないもんだな。俺はお前の凄いところを沢山知ってるよ。相手の気持ちを考えて行動するところとか。校内に落ちてるゴミをほっておけなくて、隠れて拾ってるとことか。」


「だ、だけど。」


「もうケンちゃんは、相変わらず分からず屋だな。万が一女の子が手紙の待ち合わせ場所に来てずっと待ってたら?」


「そうだけど・・・。」

「喩えそれが嘘だったとしても笑い飛ばせば良いじゃん。」

「そんな風には・・・・捕らえれない。」

「じゃあ俺が隠れてついていこうか?」

「うん・・・ありがとう。・・・ちょっと一人で考えたい」


「ほーい」と言って、バレーコードの方に駆け足で帰って行った。タケルの背中がやけに大きく見えた。



気づくと考え込んでいて五時間目の授業が終わっていた。記憶はないけど、ちゃんと途中から授業に参加していたらしい。すでに、体操服を着替えて六限目が始まっている。

積分せきぶん範囲を決めて、エックスについて積分すると・・・」


やけに武田先生や、シャーペンをカチカチするノイズ音が耳に入ってくる。


 タケルみたいに決断力があったらいいのに。

とりあえずできる限りの可能性を考えてイメージングした。が未だ行くか行かないかでまだ迷う、優柔不断ゆうじゅうふだんな自分が情けない。



ずっと待て、「お前がもらえるわけないだろバーカ。」

有りもしない事実を考えてしまう。

けど1パーセント、相手の気持ちを踏みにじりたくもない。

そもそも人のロッカーを勝手に開けて、手紙なんて入れるやつが・・・凄くシャイな子なのかな?考えれば考えるほど泥沼にはまる感覚がする。


四時十五分。あと五分で六限が終わり、約束の時間の四十分前だ。一番後悔する選択を考えて決論を出すのが最良の解決方法だと思う。考えることが自分にとって一番楽で、結局時間が過ぎるのをどっかであわあわと待つこと、それが一番かっこわるくて後悔する。


行く。笑われたっていい。こんなに悩んで決めたんだ。だから、後悔することももうないと思う。どんなことがあっても最後に笑ってやる。


「キンコーンカンコーン」チャイムが鳴る。開戦の合図だ。

「けんちゃん、結局行く気になった?もし、あれだったら付いて行こっか?」

「ううん、大丈夫。タケルはちゃんと部活にでも行って!」

「だから部活は十二月の選手権で終わったって。まあタケルがそう言うならいっか」

「じゃあね」と手を振って僕から遠ざかっていく。やっぱりかっこいいなと思った。



僕は待ち合わせ場所に今居る。待ち合わせ時間の三十分前からここで待っている。頭が回らず、時間のつぶし方が思いつかなかったのもあるが、相手を待たせたくなかった。


リュックのサイドポケットから携帯を取り出す。後ちょっと。さっきから何回携帯を取り出しただろう。

 前からパンツが見えるか見えないかくらい、スカートを上げた子が近づいて来る。目が合う。心臓の脈が速くなり、体温が2度上がった。気がする。あんなイケイケのロングヘア―の女の子に見覚えはない。まさかと思うが、ちょっと期待してしまう。だがその可能性ははかなく消え「ホッ」とした。女の子は目の前の角で曲がり、奥から高身長の男が走ってきた。


「こっちに女の子来なかった?ロングヘア―の茶髪の子。」

「き、きた。」まさか話しかけられるとは思わなかった。


「あっちに行ったよ」女の子が曲がった方向を指差すが、後ろ姿は見えなかった。


「サンキュー」と言って指差した方向に走っていた。なんか関係がこじれるようなことをしたのだろか。まあ、関係ないしどうでもいいや。



 スマホを取り出す。十七時二分。予定の時刻を過ぎている。だけど、三十分以上待っていたのでもう少しくらいは待ってみる気になった。何かあったのかもしれないし。十七時五分、八分、十分、十三分、十七分、十九分、二十分。全く来ない。

 窓二枚越しの外を見る。立春を迎えたといえど、今はまだ冬。雪がパラパラと白色に染め上げ、世界は色を失っていく。いたずらで誰も来ないなら別にそれで構わない、もし想いを伝えてくれようとしているなら、別に今日じゃなくてもいい気がする。身体がどんどん鈍くなまりのように硬直していくのが分かる。ズボンのポケットに入れた手はまだぎりぎり感覚があるが、足の小指と薬指はずっと感覚がなくなっていた。バックからネックウォーマーを取り出し頭からかぶって首元まで下げる。

 時間的に切りがいいので後十分だけ待つことにする。もう何だっていい、家に帰ることさえ億劫に感じるようになった。

 もう頻繁に時間を見ないようにする。一分が一時間に感じてしまうから。目をつぶる。その瞬間前から複数の女の子の高い声が聴こえてきた。こっちに向かって来る。目蓋まぶた越しに分かる。足音が急に速くなって目の前まで来る。が目の前の角で曲がりだす。えても吹き出てしまったような笑い声が聞こえる。

「あいつの顔見た?目蓋閉じて待ってたぜ。くふふふぅー本気で貰えると思ってたのかな?勘違いにもほどがあるでしょ。イャァ案外貰ってるかもよー知らないけど。ふふふふふー。まじで・・・サイコー!!!」


 僕から遠ざかりながら、隠そうとしない大きな声で話していた。もう全部わかった。悪戯いたずらにも程があるとかすら、どうだって良い。別に自分が間違った悪いことをしたわけではない。アイツらの欲求を満たす、思い出作りのおままごとに少し付き合ってあげただけ。なら最後まで付き合ってあげるよと叫んだ。 「アイ$%ブバレンタインーー!!!」と盛大に大声で笑って。 校内に反響して声が響く。さぞかし滑稽こっけいに聞こえただろう。

盛大に叫んだと後、なぜかよく分からないがなんか涙が出てきた。どんな感情の涙なんだろう。悲し涙なのか、悔し涙なのか、多分全部それ以外の感情も全て含めた、頑張った自分を褒め称える涙とか全部。脚から力が抜けて両膝と両手をついて泣き崩れる。

「こうやって色んなことに耐えて大人になるのだろうか」自分がまた歳をとる感覚がする。地面をたたけるだけ叩く。

「うう-ぅう、うぅ」 声にならない音が口かられていく。頭に何かが触れて、身体が少しあったかくなった。人の気配だと気づき、咄嗟とっさに顔を斜め左に向け目を見開く。タケルが僕の身体を支えるように包み込んでくれている。

「た、たける・・・ありがとう」 タケルは何も言わないで地面を見ている。

「何で、泣いてるか、聞かないの?」 頷く。

「もうちょっとだけ、泣いて、良い?」大きく頷いてくれた。それと同時に「ぎゅっと」僕を抱きしめる力が強くなった。それに呼応してしぼされるように涙が出て止まらない。



「ふぅー、もう大丈夫」

「タケル本当にありがとう」

「別に~」そっぽを向いて濁らせながら言う。

「タケルがこんな時間まで校内にいるなんて、まぁいてくれて、すごい救われたけど」


「運命かな? 部活に顔出して、丁度教室に置き忘れた体操服取って帰ろうと思ったら、ケンちゃんの大声が聞こえて、ただ事じゃないなと思って来たら案の定泣いてたんよね」

「何があったか聞かないの?」

「別に、多分つまんないことだし」

「正解!」

「ぐうぅ~」タケルの方から聞こえた。

「とりあえずもう六時だし、飯食いに行こうぜ。もうお腹が空いて倒れそう」

「全然おーけー」

「タケル俺さ、一つ気づいたんだけどバレンタインデーって最高の日だね!」

「えっ、まさかお前もらったのかチョコレート?」

「さぁね、どうでしょう~」

「どっちなんだよー」

「教えないよ」

奇跡ってあるのかも。神様心より一生大切にします。

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