昔からたくさん甘えてくる幼馴染との短編ラブコメ

さーど

【今日も疲れたぁ〜……】

「じゃあ俺は部活行ってくるわ。そんじゃあな海星かいせい、また明日」

「ああ。また明日な」


 今日の分も授業を終えて、まだ生徒のほとんどが滞在たいざいしている放課後の教室。

 手をこちらに振りながら廊下へと向かう隣席の友人に、七海ななみ海星は手を振り返す。


 つい先月にこの高校へ入学したが、そろそろこの日常にも慣れてきた。

 少ないながらも友人ができ、授業も問題なく理解してるし、今のところは問題なく日々を過ごせている。


 一つのことを除けば、これからの三年間も、平々凡々とこの青春を謳歌おうかしていくのだろう。

 ……そう。''一つのことを除けば''、だ。


「………」


 廊下へと消えた友人から一人の少女に視線を密かに移し、海星は一つ苦笑する。


 その彼女は、今も大人数の生徒と雑談を交し、時折小さく笑って相槌を打っていた。

 教室内を見渡せば、そんな彼女に熱い視線を向ける様々な男子生徒も多数伺える。


 彼女の名は神山乃蒼かみやまのあ


 翠色すいしょくがかった大きな瞳と、栗色のショートボブが特徴的な高校一年生。

 入学してまだ日が浅いにも関わらず、今の時点でかなりの人望を集めている少女である。


 そうなっている理由といえば、まず式で入学生代表の挨拶をする時のものだろう。

 整った容貌ようぼうと代表というステータス、凛とした仕草を舞台上で堂々と披露ひろうしたのだ。


 その後も彼女は、気遣いができる性格と謙虚けんきょな振舞いを同級生との交流で見せる。

 同時にその時に浮かぶ上品な笑顔は、女子諸共もろとも皆の心をわし掴みにしてしまった。


 それからはもう話が早い。

 受けたことは無いが毎日のように男子から告白されるようになり、女子とも一部以外と順調に親睦しんぼくを深めている。


 ちなみに、その一部とは彼女に嫉妬しっとする者だ。今のところ、実害は無いらしいが。


 とりあえず。神山乃蒼は、この学校中での大人気ぶりが凄まじいのである。

 そんな彼女とちょっとした顔馴染みである海星は、平々凡々な生活を送れないのだ。


 ……まあ、少しばかり狼狽ろうばいしてしまうだけで、別にいやな訳では無いが。

 そもそも、乃蒼と海星は学校では話すことはない。そう、''学校では''、だ。

 

 ……長ったらしい前置きになってしまったが、その詳細を今から説明しようと思う。



 □



<──バタンッ!>


「ん?」


 場所は移り変わり、学校から数駅離れたところに建てられている一軒家、七海家。

 その一室である海星の私室で、勢いよく扉が開かれることがひびいた。


 ベッドに座ってスマホをいじっていた海星は、あまり驚きもせずに入口の方を見る。

 そこには、栗色のショートボブを忙しなく揺らして部屋中を見渡す少女が一人。


 神山乃蒼だった。

 

 乃蒼は翠色がかった瞳で海星を捉えると、頬を緩ませてこちらに走ってくる。


「かいせぇ!」

「うおっと」


 そしてそのまま、海星の胸めがけて勢いよく飛び込んできた。

 海星は予想はしていたものの、さすがの勢いにベッドに倒れてしまう。


「今日も疲れたぁ〜……」

「わーかったわかった、よしよし」

 

 しかし乃蒼はそんな海星に構わず、駄々をこねながら頬を胸元にスリスリしてくる。

 その表情はとろんとしていてとてもだらしなく、幸せのひと時を過ごしているかのようだ。


 そんな乃蒼の頭を、海星はぽんぽんと優しく叩いて、髪をくようにでていく。

 それにより更にだらしなくなっていく乃蒼の表情を見て、海星はまたも苦笑した。


 ──実を言うと、海星と乃蒼は小さな頃から、いや、もはや生まれた頃からの幼馴染である。

 互いの両親も幼馴染らしく、大人になった今になっても仲が良いらしい。


 そんな人らの中で別々に子供が出来たとあらば、仲良くさせたいのは当然なのだろう。

 実際、海星と乃蒼は少し特殊な形ではあるもののとても良い関係を築けている。


「はぁ……癒される……♪」


 ぎゅーっと海星に向ける力を強めながら、乃蒼は甘い声でそう呟く。

 脳が溶かすような間近から聞こえる声。鼻腔を満たしてくる乃蒼の匂い。

 海星は少しばかり顔を熱くなるのを自覚するが、直ぐに首を振って熱を冷ます。


 生まれた頃からの仲とはいえ、異性であり、それも美少女という乃蒼。

 そんな彼女からこんな接近を喰らえば、思春期男子は狼狽うろたえるのだろう。

 しかし、海星はそうもいかない。ぐっ、と耐えるのが、海星の義務なのだ。


「ん〜♪」


 再びポンポン、と頭を優しく叩くと、幸せそうな唸り声が聞こえてくる。

 そんな姿を見て、海星は微笑みながらも、胸をチクリと締め付けられていた。


「………」


 ずっと長いこと乃蒼をいやし続けているが、今も邪な心がないといえば嘘になる。

 恋心。もう、5年以上前から、その心は海星の中で自覚できていた。


 外見もあるが、内面も乃蒼の全てを知る海星にとってはたまらないものだ。

 いっぱい甘えてくれるだけで嬉しいし、本当は元気なところもこちらとしては癒される。


 ……だけど、先程も述べた通り、海星はそれに惑わされるにはいかないのだ。

 もしかしたら、この関係が、一瞬で崩壊してしまうかもしれない。


 この幸せそうな笑顔を守るために、見続けていくために。この気持ちは、抑えなければならなかった。

 そう、思っていたのだが。


「……かいせぇ」

「うん?」


 ふと、乃蒼がとろんとした甘い声のまま、海星の名前を呼んできた。

 その声で名前を呼ばれるだけで、海星としてはとても応え物はある。


 それをぐっ、と我慢して、海星はできるだけ優しい微笑みを乃蒼に向ける。

 作っている訳では無いが、乃蒼が好きと言ってくれるこの表情を、いつも心がけている。


「おにぃとねぇが昨日、付き合い始めたって言ってたじゃん?」

「……ああ、そうだな」


 昨日、二人の兄姉が付き合い始めたということを、海星は自分の姉から聞いた。

 なんだか様子が違ったから揺さぶると、赤い顔になりながらすぐに白状してくれたのを覚えている。


  心底、そんな関係になれた兄姉が羨ましいと、海星は一人思う。

 最愛の幼馴染と付き合えるだなんて、なんとも夢のようで、幸せなものなのだろうか。


「おにぃから、もう骨になるまで詳しく事情を絞りきったんだけどさ」

「……おいおい」


 そんな事を考えながら聞こえた乃蒼の言葉に、海星は頬を引きらせる。

 付き合えるのはいいものの、それを家族に無駄に詮索せんさくされるのはきついものがありそうだ。


 乃蒼の兄に、同情の念を送ってやる。


「そしたらね、思ったの」

「なにをだ?」


 兄姉が恋人になれたことに思ったこと。乃蒼はそこまで兄を好いてはいないが、もしかしたらそれに反対なのだろうか。

 正直、あの時の姉の表情は幸せそのものだったし、それなら説得したいところだが。


 そう、海星は思っていたのだけど。


「羨ましいなぁ……って」

「………」


 あまりにも予想外の言葉に、海星は驚愕で撫でていた手を止め、黙り込む。

 『羨ましい』。海星が抱いた感情と、なんら変わらないものである。


 ……まてまて、落ち着くのだ。


 首を傾げてきょとんとする乃蒼を見ながら、海星は一人唇を結ぶ。

 『羨ましい』とはあっても、必ずしも海星と全く同じ意味だとは限らない。


 それが、''最愛の幼馴染と付き合える''ではなく、もしかしたら……単なる、''恋人ができる''だったら。

 それも、海星以外の他の男と。


 ……なんだか、凄く、辛くなった。

 胸の中が破裂しそうな程にしめつけられ、段々と息がおぼつかなくなるような。


「海星?」

「──はっ!……な、なんだ?」


 しっかりとした声で呼ばれ、海星は溺れかけた意識を取り戻してそう返す。

 海星の胸に体を預けたままでいるが、乃蒼の表情はもうとろみきってはいなかった。


「大丈夫?」

「あ、ああ……大丈夫だ」


 ぎこちなく返事をしながら、心配させないように再び乃蒼の頭を撫でる。

 それにより乃蒼は直ぐにとろみきった表情へと変わり、胸に顔をスリスリさせてくる。


「……これって、なんなんだろうね」


 しかし、乃蒼は動きを止めたかと思えば、しっかりした声でそう呟いた。

 その声色はなんだか悲しそうで、虚無で、それでいて飢えていそうなものだった。


「なにがだ?」


 少しばかり心配で冷や汗をかきながら、海星は乃蒼にそう尋ねる。

 すると乃蒼は、心做しか潤ませた瞳を、上目遣いでこちらに向けてきた。


「これ、恋人とかのあれじゃないならさ。本当、なんなんだろうね……」


 その上目遣いもそうだが、その次に発せられた乃蒼に海星は息を飲んだ。


 この日常は、幸せに感じつつも、恋人のものではない。それなら、なんだ。


 乃蒼が言っている意味はこうだとは思うが、海星は意味を答えることが出来ない。

 それよりも、その言い方は、まるで恋人のようであってほしいかのような……


「海星?」


 再び、名を呼ばれる。

 返事をしようとはしたか、その前に乃蒼にぐぐっ、と近づかれて、海星は息を飲んだ。


 いつもより濃密に感じる匂い。間近の愛しき顔。その顔は、妖艶な表情をしている。

 瞬きをも忘れて、視線がその翠色の美しい瞳に釘付けになってしまう。


 そしてそのまま、乃蒼は海星の耳元に、そのぷくりとした唇を近づかせて。


「私は、大好きだからね?」


 甘い声で、それでいてとても悪戯っぽく、そう、囁かれた。


 その直後、乃蒼はぴょいっ、とベッドから立ち上がった。

 そのまま、少し急ぎめで部屋を出ていく。

 微かに見えた耳は、なんとなく赤く染っていたような、そんな気がした。


「………」


 その言葉を脳が処理した時。もう既に、海星の顔は熱く赤く、満たされていた。

 しかし海星はそれに構わず、ベッドから立ち上がって急いで部屋を出る。


「乃蒼っ……」




 この先のことは、ご想像におまかせしよう。






【あとがき】

 兄姉のラブコメ↓

https://kakuyomu.jp/works/16816452218376152868

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