#14 初仕事の終わりに

 私は黒甲冑に身を包んだヴォドワンの息子二人の息子に近づく。その文様のある呪いに触れ、掌に魔力を込めた。

 文様から黒いうねりのようなものが溢れ出し、私の腕に絡みついてきた。

「ス、ストラスト様! これ以上いけません! 呪いがあなたにも移ろうとしています。このままでは呪い殺されるのは私達だけではなくなります」

 フェリクスが堪らず叫ぶ。じわりじわりと文様が私の腕を黒く染めていく。

 その呪いの波動を腕まで受け止めて、打ち消す解呪魔法を流し続ける。

 真っ黒になっていた私の腕は次第に元に戻り始めた。そして代わりに、二人に刻み込まれた呪いの文様が薄くなっていく。しばらくしたのち呪いが刻まれた跡に、少し赤い痣のようなものだけが残った。

 その瞬間に、操り人形の糸が切れたようにフェリクスとミロスラフはその場に倒れ伏した。

「これで呪いは解呪されました。ちょっと解呪の時に出た防衛反応で消耗したようなので、二人にはしばらく休息が必要です。ディアナさん、どこかに仮眠室みたいなものはありますか?」

「は、はい! こちらに」

 ディアナが急ぎ足で私を案内する。私は二人を担ぎ上げて、ギルド会長室を出ようとした。

「わ、ワシも連れて行ってくれ!」

「あ、ちょっと! 僕も行くよ」


***


 夕陽が落ちた頃、仮眠室のベッドに寝かしつけた二人が目を覚ました。顔の痣も少し腫れが引いているようだ。

「フェリクス、ミロスラフ! 大事無いか!? わ、ワシが分かるか」

 慌てた様子でヴォドワンが二人のもとに駆け寄る。少し寂しげな頭部から脂汗と、目尻から涙が一筋流れ落ちた。

「父上、これは一体……」

「俺の呪い……どうなったんだ……?」

 ディアナは、少し微笑みながら二人に鏡を見せる。すると彼らも父と同じように涙を流し、泣き笑いのような表情を見せた。

「わ、私達助かったのですね」

「ええ、無事に呪いを解くことができました」


 フェリクスとミロスラフはベッドから降りて、私に駆け寄ってきた。

「この度はなんとお礼を言って良いのやら……ドラゴワイバーンの件では、大変な失礼をしでかして申し訳ございません」

「俺からも本当に申し訳なかった。あの時は、まだ死にたくなくて――いや言い訳はするべきじゃないな、本当にすまなかった」

 すかさず私に立て膝をついてこうべを垂れた。ヴォドワンも私に跪いて、感謝の辞を述べる。

「ワシからも何と礼を言えば良いのか……あいや、そう。イグナチオ金貨じゃ。今度こそ此の度の解呪には一〇〇枚、いや一〇〇〇枚用意する。どうじゃろうか?」

「私はただ、いたずらに失われる命を見逃したくはなかっただけです。見返りなど」


 今日は本当に色々あった。ワイバーン討伐のつもりがサイヴィリア帝国の生物兵器で、それを追いかけて帝国の貴族商人が襲いかかってきた。

 かと思ったら彼らにも事情があって、失われつつある命をこの手で救うことができた。何かの形でヴォドワン達は裁かれるかもしれない。でも、その償いをする前に彼らがこれ以上道を踏み外さなくて良かったと思う。


 人は誰もが過ちを犯す。だが、過ちを繰り返すうちに心のが外れて、犯した罪に気づかないまま一線を超える。

 そこに至るまでに手を差し伸べるのが私の使命だ。


 一旦、ヴォドワン達は弟であるデュリオの家に泊まるとのことで、夜が少し深くなったところで別れた。

 彼が最後まで見せる平身低頭の如きへりくだりには、最初の頃の尊大さや高慢さは見られなかった。

 一応の旅の目処はついたようであるが、問題はその後だ。このままでは、ドラゴワイバーンを生死問わず持ち帰る勅令を果たせないまま帰る。そうすると間違いなくヴォドワンの一家はサイヴィリア帝国で商売ができなくなるかもしれない。

 それどころか、命の危険にさえ曝される恐れがある。折角拾った命をいたずらに捨てに行くのを私としては見逃せない。

 明朝も会うつもりではいるので、その時に彼らの見解を窺うことにしよう。


 しかし、流石に結構な量のマナを消費したせいか頭が痛む。眠気があるにも拘らず、無理に起きているときの様な頭痛だ。

 宿屋に到着し、店主への挨拶もそこそこに私は足早に自室へと向かった。そうだ、あの白狐はどうしただろうか。かれこれ一週間近く気を失っている計算になりそうだが、流石さすがに起きていないと心配になってくる。

 もしかして治療をした過程で脳に悪影響を及ぼしていないだろうか。

 にわかに不安が私を襲う。どうか無事でいて欲しい。


 扉の前に着き、部屋に入った。


 目の前には白狐の姿が見当たらなかった。

 代わりに肌を露わにした女が立っている。白い尻尾と髪色、獣の耳を携えていた。

 スレンダーな身体と明かりを反射するほどのきめ細かい肌が神秘性を漂わせている。


 背は低くないが、少し幼さを感じさせる少女が口を開いた。

「おかえり、我があるじ

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異端の僧侶は聖地を目指す 小島渚 @Moribu_Dyma

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