#13 ヴォドワンの息子達

 夕刻、私は帝国の商人ヴォドワンとその側近二人を連れて、イオニアのギルド会長執務室に向かった。デュリオに今回の件を報告すべく、そして然るべき処置を彼らに窺うためだ。


 同行してくれたディアナが執務室のドアと叩く。デュリオの「どうぞ」という声が聞こえ、部屋に入る。

「おや、スト――じゃなかったオーギュスト君か」

「デュリオさん、今回受けたワイバーン討伐の件で報告したいことがあって伺いました」

 今朝までうず高く積まれた書類はいくらか消化されているようで、心なしか少しデスクが小綺麗になっているように感じた。

「書類、かなり処理されたように見えるでしょ? 明日の朝には同じだけの書類が積まれてるんだよねえ。どこかの誰かさんが一生懸命持ってきてくれるんだよ」

 私はふと隣にいたディアナを見ると目を逸らされた。

 なるほど。


 デュリオがどっこいしょ、と腰を上げてこちらに近寄る。そして、私が捕縛したヴォドワンの顔を見るや少し雰囲気が変わったように感じた。

 まるで、そう。長年来会っていなかった友人を見たように。

「まさか……ヴォドワン? 君なのか……」

「……お主にこんな姿を見せたくなかったわ。ギルドの会長に出世していようとは。イオリゴの暴れん坊魔術師がスーツを着るのはまさに『馬子にも衣装』だな」

「腕をやってしまってね。もう隠居したんだ。君の方は、その様子を見ると懐かしい家族との再会というわけではないようだ」

 デュリオが少し悲しげな目でヴォドワンを見つめる。

「ああ、オーギュスト君。実はだね、そこのヴォドワンは僕の兄なんだ――といっても、腹違いの兄弟でね。僕の父がサイヴィリア帝国の男爵で、彼はその嫡男。僕は使用人の子だったんだ。男爵はあまり地位が高いわけではないからね、商売で家を再興して、風の便りでは今は伯爵になったと聞いている」

「その地位もこれから崩れることになるだろうよ。……ヘマをしてしまった」


 私は今回ワイバーン討伐で起きたことを率直に話した。サイヴィリア帝国から逃れてきた強大なドラゴワイバーンの回収を命じられていたこと。ワイバーン討伐の任務で裏通しを求められ、拒否をしたら襲われたのでそれを迎撃して事の顛末を知った。

「そうか。まずは裏通しをせず、素材をここまでしっかり持ってきてくれたこと、ギルドとして感謝する。素材についてはイオリゴの魔術研究所が引き取ることになるだろう」

「ありがとうございます。それで……ヴォドワン氏達の今後の処遇は一体どうなるのでしょうか」

 そのことを聞いて、にわかにヴォドワンと側近がビクッと身体をすくめた。

「悪いことをしたとは自覚しておる。許されないことだと。じゃが、命だけは……まだワシはここで死ぬ訳にはいかんのだ」

「……事情を聞いても良いでしょうか?」

 私がヴォドワンに訊き、彼は近くにいた側近に被っていた兜を取るよう命じた。

 黒甲冑の二人が兜を取ると、一人は長髪で中性的な風貌、もう一方は髪は長くないが長髪の男と顔は似ていた。

 その二人の顔には複雑な文様をした刺青のようなものが彫り込まれているように見える。

「二人は私の息子じゃ。この文様、二人が二〇歳の誕生日を迎えた瞬間に呪いとなって身体を蝕み、すぐに死に至ると言われておる。ある商売敵がかけた呪いじゃった。それを世界のどこかにいる解呪師に金を積んで治してもらうのに金が入用なのじゃ」

 苦虫を噛み潰したような顔で、ヴォドワンが説明した。

「今、お二人は何歳でしょうか?」

「一九歳です。再来月、私達は誕生日を迎えます。この呪いを解くために、父上――いえヴォドワン様と共にお金を稼ぎながら世界中を旅していたのです」

 長髪の男の方が答えた。あと二ヶ月、自分の死が迫っているのに落ち着いている様子だ。

 デュリオは二人のことを見つめ、努めて落ち着いた様子で話しかける。

「そうか……事情は分かったよ。最後に君達に会ったのは確か四年前だったね、フェリクス、ミロスラフ。まさかこんな事になっていたとは思っていなかった。叔父として、力になれず申し訳ない」

 ヴォドワンの二人息子、長髪の方は兄のフェリクスで少し髪を切っている方がミロスラフという名前らしい。


「叔父さん、それと父さん。俺達はもう大丈夫だよ。何とか生き延びようと思って、ここまで来たけどさ、ここいらが引き際なんだろうな。これ以上、父さんの苦しんでいる顔を見たくねえ。前にフェリクスにいとも話したんだ。いざって時は父さんが悲しまないように、色んな所を旅して思い出だけでも残そうって」

 フェリクスが慇懃無礼だったのに対して、ミロスラフは人懐っこい印象を受けた。父親のヴォドワンに不安を与えないよう、作り笑いをしているようだが目に涙を溜めているのが見えた。

 だが、ここまで来てヴォドワン自身は諦めきれない様子だった。後ろ手に縛られた状態のまま跪いて頭を地面に擦りつけ始めた。

「ここに至るまで、汚いことにも手を染めてきた。じゃが、この二人だけは、息子達だけは最後まで解呪師の手がかりを探させてやってもらえぬだろうか! もしワシの命を引き換えで問題ないのなら、それで構わぬ。いや、どうかワシの首一つで手打ちにしていただきたい」


「ああもう落ち着いてよヴォドワン。別にね、今回のことでギルドとしては何かを咎めるつもりはないって。経緯はどうあれ、サイヴィリア帝国の戦力分析にも役立つ情報だからイオリゴ共和国としても大喜びの案件だろう。あとはオーギュスト君。君がどう思っているかだ」

「私も、事情が分かれば貴方がたの所業にとやかく言うつもりはありません。それよりも気になるのが別にあります。その解呪師というのは、一体誰なのでしょうか」


 私もイグナチオの中だけとはいえ色々な場所に行った。都市部だけではなく、それこそ山間の地域に至るまで多くの出会いがあった。

 だがそこに、一度も解呪師の噂を聞くことはなかった。

「その男はイグナチオに居た僧兵だそうで、名前をストラスト・ヤソという。皇国随一の神聖魔法を使える人間だというのじゃが。冒険に出たきり消息が掴めなくてな――」

「であれば、ここで悲しみにくれた旅は終わりだよ。君は行く先々の街で人の呪いだとか病を治してきたことはあるのかい? オーギュスト君。いや、ストラスト君」

「神聖魔法は人のために使うものと、ベネディクトゥス様は常々仰っていましたからね。何かに苦しむ人に手を差し伸べることこそが、特務僧兵のお役目だと。決して信仰を強制させるための刃であってはならないと言い聞かされ続けましたから」

 バッと捕まった三人が私の方を振り返り、驚いた表情で見つめた。

「た、確かさっきはオーギュストと名乗っていたはずですが……」

「訳あって偽名を使っているのです。私がここにいることは他言無用でお願いします」

「ど、どうか息子達をお救いください、ストラスト様! 金ならいくらでも払います。この日のために、旅をしながら商いも続けていたのです。今度は……今度こそは本物のイグナチオ金貨でお支払いします。なんなら、ワシの命も差し出します!」

「いたずらに命を差し出すなど仰らないでください! 私は救える命があるのなら、そのために力を尽くすだけです」

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