#12 竜の血を贖うもの

 受け取った、というよりも握らされた金貨の袋をじっと見つめる。交渉の余地を与えるまでもなく渡したとなれば、間違いなく後ろ暗いことがある。

「交渉は成立だな? ヴォドワン様の温情をあまり無下にするものではないぞ」

 両体側に剣を一本ずつ差した黒甲冑が私に急かすように言い放った。

「ワイバーンの素材自体は、そこまでの価値が無いはずです。一体何を隠そうとしているのですか?」

「繰り返すようだが、知る必要はない。黙ってこの金貨を受け取るのじゃ」

 ヴォドワンが私に裏通しの受諾を迫る。先程の少し胡散臭い柔和な表情が一転して、苛立ちが見え始めていた。

「そうですか……私としては、受け取る金は綺麗なものでありたいと望みます。故に裏通しは拒否します。規定通りワイバーンの素材と竜玉、全てをギルドに渡しに行きます」


 あまりにも旨すぎる話だけに、私はこの握らされた金貨すらヴォドワンのような胡散臭さを感じていた。

「な、な……なんじゃとぉ! サイヴィリア帝国で知らぬ者はおらぬ、このヴォドワンとの取引を……よもや貧乏くさい冒険者ごときが拒否するじゃと!」

 真っ赤な顔をして、理外の行動に出られた戸惑いよりも自らのプライドを傷つけられたことにヴォドワンは怒り狂っているように見えた。

「ええ、どう考えても怪しい取引です。私は以前、イオニアでバナナを購入しました。それはここやサイヴィリアよりもずっと南の国で仕入れられていたものでした。一房の値段は金貨一枚分。一見おかしいと思いますが、魔物の食害によって収穫量が極端に減ってしまった故の値段設定でした――」

「言うに事欠いて商売人に商売の説教かぁ、若造!」

「話は最後まで聞いてください。私が言いたいのは、あらゆるモノの価値には理由があるということです。そこに不当な理由は存在してはいけないと私は思います。いくら私にとって百もの利があるように見えても、何の代償も伴わないのはおかしい話ではありませんか? それに……これって金貨なんでしょうか」

 私は金貨袋からいくつか金貨を取り出して、その臭いを嗅いだ。わずかに金属臭がしたのが分かり、確信した。

「やはり、イグナチオ金貨ではないようです。偽造硬貨で冒険者を騙して裏通ししようと思ったのでしょうが相手を見誤りましたね。イグナチオ金貨の信頼性は絶大です。金の純度が高すぎるから、本物は臭いがしないんですよ。それによく見ると、こいつは黄色過ぎます。臭いといい、色味といい、これを再現して偽造するのは骨が折れるものでしょう」

 私は特務僧兵の任に就くまでに、一度だけイグナチオ皇国の造幣所で警備をしたことがあった。偽物の見分け方は当時の所長からの受け売りだったのだが、どうやら相手には図星だったらしい。何か言い訳しようにも、上手く言葉に出せないようだ。


「くぅ……グググ。まぁよい。所詮は満身創痍の魔法使い。貴様程度、最初からここで始末しておけば良かったのじゃ。お前ら、やっちまえ!」

「畏まりました、ヴォドワン様」

「講釈を垂れる相手を間違えたな、冒険者。恨みはないが死んでもらう」

 二人の黒甲冑が双剣を抜き、私に近寄ってきた。重々しい鎧に似つかわしくない軽快な動きで同時に切りかかってきた。

 私はその剣筋が通らない間を見抜き、両の拳を突き出した。

 ベコン、と派手な金属音を鳴らして甲冑に大きなへこみが生じた。二人の腹部をシェイクダウンしたのは間違いない。

 言葉にならないうめき声と吐瀉物を吐き出しながら、ヴォドワンの側近二人はその場に音を立てて崩れ落ちた。


「い、一体何を――」

「これで、口を開く気になりましたか?」

 ヴォドワンを壁際に追い詰めながら、とうとう後ろに逃げ場が無くなったところで、私はダメ押しとばかりに壁を思い切り殴り飛ばして穴を開けた。いい歳をした豪商はへたり込み、高価であろう服に大きなシミと、地面には水たまりを作っていた。

「命だけは……お助けを」

「あなたを殺しはしません。あそこで伸びている二人も、ただ気絶しているだけですからね。こうなるまでに至った経緯を知りたいのです」


 私はヴォドワンを見下ろす。怯えきった顔をただ見つめ続ける。彼には最早殺意や敵意は感じられず、命乞いをしている弱々しさがあった。

「このワイバーン、そもそも裏通しする必要があったのでしょうか。確かに武具の素材としては安くありませんが、それほどの価値があるようにも思えません」

 ワイバーン自体は中級冒険者でも倒せるモンスターで、それを素材に使われることも少なくない。竜玉は個体ごとに輝きや色合いが違うため、一定数コレクターに売れるものだが、宝飾品としての価値は超高価というほどではない。あくまで装備の素材集めで手に入った副産物という扱いだ。

「あ、あれは……ただのワイバーンではない。サイヴィリア帝国最強を誇る固有種、インフェルノドラゴンとの掛け合わせがここまではぐれてきた種なのじゃ」

「インフェルノドラゴン……?」

「普段は帝国の隅にある火山でひっそりと棲んでいるが、街に降りたら災害級の損害を及ぼすのじゃ。帝国の騎士を四割失ってようやく小さな個体を捕獲した。そこでワイバーンとの間に産み落とした個体のうちの一匹が、そこに転がっている『ドラゴワイバーン』というわけじゃ」


 暗がりであまり見えなかったが、よくワイバーンの鱗の色を見ると普通の種よりもどことなく赤黒く見えた。

「そんな危険なものを作り出して、一体どういうつもりなのですか」

「ドラゴワイバーンを『量産』してインフェルノドラゴンを御するための作戦を立てるつもりだったようじゃ」

 ヴォドワンが言うには、獰猛さを極めるインフェルノドラゴンと通常種とのワイバーンを強引に配合して生まれたドラゴワイバーンは、親に似ず従順な性格をしていた。

 ただ交配させても生み出すことができなかったので、宮廷魔術師がワイバーンの個体に細工をして初めて産まれた奇跡の所業だそうだ。今回の任を受けて、謁見したサイヴィリア帝国皇帝エドムンド一二世がそう息巻いていたらしい。


「そのドラゴワイバーンの回収を、サイヴィリア帝国の皇帝が命じたというのですか」

「ああ、ワシは帝国一の商人。世界を股にかけて商いをするものだもんで、皇帝陛下も頼りにしていたんじゃ」

「帝国一の商人なんかじゃあないですよ、あなたは。辺りの焼け野原を見ましたか? 何も無いこの草原をいたずらに焼き払っていたでしょう。あれはワイバーンがストレスを溜めに溜めていた証左。帝国の都合で生み出された哀れなこのモンスターを、一人の人間として罪悪感を抱かなかったのですか?」

「国の政策のことでワシに怒りをぶつけるのはお門違いじゃろうが……それにエドムンド陛下のご機嫌を取らなければ帝国で商売ができなくなる」

 言い分はもっともではあった。彼にとってはここで失敗するリスクよりもサイヴィリア帝国で商売できないことの方が高い。

「そうですね。私自身も、このワイバーンのことを思ったら言わずにはいられなかったもので。ですが今回のことは、イオニアギルドに報告します。勿論、あなた達の身柄も確保します」 

「ぐぅ……金よりもワシの命を大切にするべきだったわ。歳を取るもんじゃあないの。目先のことに眩んで先のことを読めなくなる」

 いよいよヴォドワンも諦めたのか、肩をがっくりと落とした。


 私は未だに気を失っている黒甲冑をそれぞれ片手で持ち上げ、肩で担いだ。捕縛魔法で腕を縛ったヴォドワンを促し、彼らをまずはディアナが待つ帰還地点まで向かうことにした。

 ワイバーンの素材については、肉から鱗、翼膜、爪に至るまでを綺麗にまとめ背負っている。竜玉は懐に入れた。


 項垂れながら歩いていたヴォドワンがちらりと黒甲冑についた大きな拳のへこみを見つける。目を一瞬大きく見開いたあとに一つ、大きな溜息をついた。

「なるほどの。こりゃあ、敵わんわい」

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