#11 裏通し

 ブランクがあって生きて帰れるかの問題どころではない。イグナチオ皇国を離れてから、ほぼ毎日私は鍛錬を欠かさなかった。恐らくそのお陰で、肉体的能力はイグナチオで特務僧兵として公務をしていたときの比ではないほどキレが良くなっている。

 そして瞑想だ。瞑想を行なうと、自らの雑念を取り除く。実はそれだけではない。魔力の底上げもできるようになるのだ。

 二流の魔法使いは自分のマナが心臓を中心に全身へと広がっているものと勘違いするが、実は頭からまず心臓に巡っていくのが正しい。心臓は流れてきたマナを馬車のハブのように体中に行き渡らせるための経路だ。感覚としてマナの存在をよく感じられるから、そのような勘違いをする。

 では、頭に貯まるマナや魔力の量を増やすにはどうすれば良いか。

 瞑想だ。脳に雑然と積まれた余計な記憶や情報を整理すればするほど、マナが入り込むためのデッドスペースが無くなる。それで整理する前よりもずっと多くの魔力量を確保できるのだ。

 そうして自らと向き合った日々を過ごした結果、私は肉体的にも魔力的にも強靭な身体を手に入れたのかもしれない。


 私は自分自身の過小評価が招いた故に息絶えたワイバーンの前に跪き、祈りを捧げる。

 本来、ワイバーンはもう少しなだらかな山が続く高原に群棲しているものだ。盆地状になっているイオニア周辺で見かけたということは、このワイバーンはいわば「はぐれ個体」ということだ。

 自ら望んでここにやって来たわけではない。必死に生きてきたつもりだっただろう。もしはぐれていなければ、今も仲間達と飛び回っていたのかもしれない。

 そう考えたら、人とそれ以外とで不条理な世界と、その世界に立っている不条理な私の無力さや傲慢さを思って贖罪を求める気分になる。

 身に余る力を手に入れた人間は、それに見合った心の強さが無ければ自らか誰かの身をも滅ぼす。亡きベネディクトゥス様が常に言い聞かせていたことなのに、私は自らの未熟さで、尊き命を奪ってしまった。

 討伐任務とは言われていたが、何も殺すつもりは無かった。何より先程までは返り討ちに遭うとさえ思っていた。

 はぐれ個体だったら、あるべきところに放してやるべきだ。言葉が通じないなら、少し痛い想いをすればここから離れることくらいはできたはずだ。


 見知らぬ土地で命を落としたことを、どうか恨んでも構わない。

 恨みに恨んで、もし少しでも赦してくれる時が来たのなら、どうかその時にはお前の安らかな眠りを心から祈る。

 お前の無念を、私の贖罪として背負い続けよう。


 ひとしきり祈りを終えて、私はワイバーンの身体を裂き、まだ温みの感じる内臓を探り砂嚢を取り出した。両手に収まる大きさの砂嚢を捌いて竜玉の在り処を手探りで見つける。

 外からの陽光に当たり、その反射する角度によって赤色や紫色、そして黄色へと様々な顔を見せている。命の煌きのような、その美しさに思わず目を奪われる。


「おい、それはワイバーンの死体か? お主がったのか」

 ふと、後ろから軽薄そうな声が聞こえた。立て膝の体勢から上がり振り返ると、

広大な自然に似つかわしくない、豪華そうな服に身を包んだ小太りの男が立っていた。傍らには黒い甲冑を纏った騎士のような、用心棒のような従者を伴っている。

「ええ。確かに、私がこの手で殺してしまいました」

 そう私が答えると、甲高い声で「ほっほ」と男が笑った。

「なんと、それはそれは。褒めてつかわす! 我はヴォドワン。偉大で高雅なるサイヴィリア帝国が随一の商人である」

 ヴォドワンと名乗った男が私に近づいてきた。吹出物にまみれ、歩みを進める度にブヨブヨの顔が揺れ、不健康な人相だ。

「ふむ、ワイバーンの土手っ腹に風穴が空いておるということは、お主なかなか腕の立つ魔法使いのようじゃな。一人でワイバーンを倒せる冒険者に心当たりは少ない。あの老いぼれたデュリオくらいじゃ――おっと、そういえばじゃ。お主の名前を聞いていなかった。我の前で名乗ることを許す」

 ヴォドワンは勝手に話を進めて、なおかつ私が魔法使いであると誤解している。その尊大な態度に、少なからず悪意のようなものを見て取れたので、あえて訂正せずにいることにした。

「……私はス――いえ、オーギュストです。イオニアのギルドで、しがない冒険者をしています」

 うっかり本名で名乗りかけてしまう。サイヴィリア帝国の豪商であれば、顔は見たことがなくとも、ストラストの名前は知っているかもしれない。

「オーギュスト、なるほど覚えておいてやろう。ケチなギルドにこき使われる哀れな魔法使いよ。ともあれ、じゃ。その腕前や見事なもの。ギルドのクエストでここに来たというのなら話がある。悪い話ではないがの」

「もしかして、『裏通し』の相談でしょうか?」

 小狡い商人が発注するクエストの中には「裏通し」と呼ばれる、表面上はクエストを失敗扱いにして、達成報酬よりも多い金額を依頼者が冒険者に渡す取引手段がある。

 その際、大抵は討伐した魔物の希少素材と引き換えにするものだが、時として要人の暗殺など表立って言えない依頼を任されることがある。

「清廉そうな見た目ながら、なかなかどうして話が早くて助かる。なに、誰かを殺せとは言わぬ。暗殺は信頼関係が重要じゃからなあ、オホホ」

 気色悪い笑みを浮かべながら、ヴォドワンは顎を使って黒甲冑に指示をする。命令された黒甲冑が背嚢から大きな革袋を取り出し、私に手渡した。

「サイヴィリア帝国で最も信頼性の高いイグナチオ金貨一〇〇枚じゃ。それでこのワイバーンの素材一式と竜玉を譲ってくれ」

「そこまでこのワイバーンに拘る理由を教えていただいても?」

「それは言えぬ。ケチなギルドじゃあ銀貨五〇〇枚が関の山、お主はこれでウハウハな生活ができて、ワシはこれを使った商売で儲かる。悪い話ではないと思うがのお?」


 私の返事を聞く前に、金貨の袋を黒甲冑が手渡してきた。

 ヴォドワンは私が戸惑っている様子を見て、ニタニタしている。返答が期待するものだという確信があるのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る