#10 ワイバーン瞬殺

 イオニアの門を離れて、私は街外れにあるワイバーンの発見が報告された草原まで進んでいった。

 歩くには片道で半日以上かかる距離だそうだ。途上まではディアナとともに馬で走っていき、発見地点周辺一〇キロメートルの辺りで別れた。


 主にイオニアを離れて行なうクエストは、遠征以外では自前の足を持っていなければ有料でギルド公認のガイド役が案内してくれるものとなっている。勿論、このガイド役に戦闘力は期待できない。

 クエスト終了見込み時間まで安全地帯で彼らは待機して、終了時は所定の場所まで向かって一緒に帰ることになっている。

 大きく予定時間を過ぎても冒険者が帰ってこない場合は、ガイド役が狼煙を上げて捜索クエストを行なうことになっているそうだ。道すがら、ガイド役を買って出てくれたディアナがそう説明してくれた。


 周辺地点に到着し、私は一旦ディアナと別れた。ワイバーンを討伐したあとはディアナが指定した地点まで解体した素材を持っていくか、砂嚢さのうにある竜玉を取り出せばそれで討伐した証になるという。

 本来は鳥類を主として見られる臓器ではあるが、竜種もまた鳥から進化した名残なのだろうか、機能はしないものの一応部位として残っているようだ。

 竜種の場合、本来体内に入れておいた砂や岩が、中に含まれる不純物の分解と、珪素を始めとした鉱物となる成分同士との結合を時間をかけて繰り返す。

 そうすることで自然発生的には生まれない宝石、竜玉が生み出されるのだという。ちなみにワイバーンのような若く小さな竜から生み出される宝石が竜玉、逆鱗に触れれば街一つ消し飛ぶのも珍しくない大型龍からは龍岩と呼ばれる巨大な宝石が採れるらしい。

 ワイバーンの竜玉くらいであれば、中級の冒険者がパーティを組んで必ず一個は持って帰れなければ恥ずかしいと言われるレベルだ。そのお値段、イグナチオ金貨一枚分にあたる。

 私が泊まっているイオニアの宿屋で一ヶ月は過ごせる計算だ。一個売っただけでは微妙に命を張るほどの価値ではない。


 今、私がこなそうとしているクエストは、街外れにワイバーンが巣を作ったらしいとの報告があり、確認したら討伐せよとの内容だ。サイヴァリア帝国の商人がイオリゴへ行く途上に出くわしてしまい、命辛辛いのちからがら逃げられはしたものの売り物が台無しになったそうだ。

 馬から降り草原をしばらく進むと、確かな痕跡が見られた。何か大きな足跡のようなもので背の高い草は折れ、まばらに焦げた地面と臭いが広がっていた。

 平行に見渡せば特にそれらしき影は見当たらなく、空を見上げてもどこか近くを飛んでいるわけでもない。


 考えられることは二つ。

 大きなエサを求めて遠くまで飛んでいるか。

 もしくはここよりも奥に巣があったとして、そこで休息しているか。


 前者の場合は「遠征」に行ったワイバーンが戻るより先に巣を見つけて待ち伏せするのが良い。

 後者はいち早くワイバーンを見つけられてラッキーかと思いきや、そうはいかない。

 なにしろ、ゆっくりくつろいでいるところをちん入者がやって来るのだ。機嫌が悪くならない訳がない。


 進む度に、焼けた草が目立ち始める。私はヤツに間違いなく近づいているという緊張感で胸の鼓動が高まる。

 熱気が地面からじわじわと湧き、肌から汗が流れる。ワイバーンのブレスが近い時間に吐かれたのが分かる。間違いない。今、そこで待ち構えている。


 少し小高い岩が目の前に現れ、底に乱雑に掘られたような竪穴が見えた。ワイバーンの武器は非常に硬く鋭いツメ、そして全身をあっという間に焼き尽くす炎だ。

 今、目の前にはその鋭利なツメで岩をこじ開けたワイバーンの巣がある。

 中級冒険者の登竜門、初見の冒険者が倒すには独力だけに頼らず仲間との連携が求められる。本当は私のような一介の低ランク冒険者が一人で倒すモンスターではない。

 私は頭が良い方ではない。それでも私にはワイバーンを倒すのは難しいと思っている。アンスヘルム達に同行していた頃、最初こそ雑魚の魔物を苦もなく倒してきたが最近まで盾役に押しやられ、攻撃という攻撃手段は久しく封印されてきたようなものだ。

 戦いの勘が鈍っていると言って良い。

 だが、今ここで死ぬわけにはいかない。私を助けてくれたニコライ司教。見ず知らずの人間だったのに手を差し伸べてくれたディアナとデュリオ。そして、未だ目覚めない白狐。あいつが目覚めたら、いの一番に名前をつけてやろう。行きて帰ってこれたのならば。


 特務僧兵だったときから、私の戦法は先手必勝。相手の意表を突いた装備で戦う。頭の整理が済む前に倒してしまえという信条で、まずはタックルをお見舞いする。

 人に害為した魔物であれば押し倒したところで、脳天に一撃拳を打ち込む。新教を脅かした大型の遊牧民族を相手にしたときは、騎乗していた馬の足を折り、殺すこともなく捕まえたものだ。


 タックルの距離に入った。大体二〇メートルあれば、身体強化の魔法を借りて瞬時に懐に入り込める

 無詠唱魔法で自らの肉体を強化する。強化したときに体中から溢れ出たマナでワイバーンは気配を察知するので厄介だ。強化した瞬間が第一発目のタイミングであり、人によってはそれをチャンスと捉えられずに重症を負うか、死ぬことさえある。


 思い切り足に力を入れてダッシュでワイバーンの巣めがけてタックルの体勢で飛び込み――自分で一瞬制御できないほどのスピードで突っ込んでしまう。

 勢い余って竪穴に突っ込んでからそのまま逆側の壁を突き破る。ワイバーンの巣にある出入口を二つに増やしたところで、私はもう一度振り返って巣に潜り込んだ。


 そこには風穴を開けて、ワイバーンだったものが息絶えていた。

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