第4話

「冴子!」

「待って!冴子!」

 僕と絵里は口々に叫んだ。 

 そして冴子の後を追いかけた。

 僕と絵里の未来のために。冴子には犯人として捕まってもらわなければ。

 食堂から出た冴子は、長い廊下を走った。

 冴子が飛び込んだのは書斎だった。

 事件現場だ。

 僕らも冴子の後に続いて、書斎に入った。

 すると予想外のことが起こった。

 冴子はもう逃げようとはせず、じっとその場に立っていたのだ。

 その理由はすぐに分かった。

 僕はあっと大声を上げた。

「な……ない……?」

 さっき確かにあったはずの、益田の遺体がなくなっていたのだ。

 部屋には血だまりの跡。

 そして僕の書いたSの文字。 

 それだけがまるで不吉な暗示のように、くっきりとカーペットの上に残っていた。

 呆然とする僕らの背後から、足音が聞こえた。

 どっしりとした重い足音。

 その足音には、確かに聞き覚えがあった。

「お父さん!」

 なんと部屋に入ってきたのは、死んだはずの益田だった。

 背はその年代の人にしては高く170cm以上あった。

 鼻の下とアゴのラインに、白髪まじりのヒゲを生やしていた。

 ライトブルーのトレーナー。ネイビーのストレートパンツをはいていた。

 手には杖を持っていた。

 僕は事態が飲み込めず、混乱した。

 益田はそんな僕らの様子を楽しんでいるようだった。

 唇の端がゆるく釣り上がった。

「お父さん、生きてたの!?」

 絵里が驚きながら言った。

 益田氏は胸に手を当てた。

「ああ。この通りだ。ピンピンしているよ」

「嘘……だったんですか?」

「私達を騙したの!?ひどいっ!」

 絵里も冴子も怒った。

 当然だった。

 僕も怒りたいところだった。

 だが、それよりも先に考えなければならないことがあった。

 なぜ益田はこんなことをしたか、だ。

 殺人事件は益田が仕組んだものだった。

 となると話は全く違ってくる。

 僕は背中がサーッと冷たくなった。

「お前達を心配させたことは謝る」

 益田は申し訳なさそうな顔をした。

「だがこうしたのは理由がある。それはお前達の人間性をテストしたかったからだ」

 人間性。

 それはこの半年間、益田が何度も言ってきたことだった。

 しかしまさか。こんな形で人間性を試そうとするとは思わなかった。

「異常事態が一番その人間の本性が出るからな。その状況下の行動を見て、私の養子となるのにふさわしい者かの判断材料にした、というわけだ」

 まず益田は絵里を見た。

「絵里。お前は冴子の不利になってしまうこともきちんと証言した。公平で正直な性格だ。私の望むものだ」

 次に益田は冴子を見た。

「冴子。容疑をかけられて辛かったな。許しておくれ。確かにお前だけを呼んで、容疑がかかるようにしたが……。それをかばうと思っていた私の息子が、まさかこんな卑怯な手段に出るとは思わなかったのでな」

 そして最後に僕を見た。

 だがその目は2人を見る目とは、全く違っていた。

 益田は僕を強くにらんだ。

 こんな険しい顔を見るのは、今までで初めてだった。

「問題は健太、お前だ。お前には失望したよ」

 益田は、杖を僕に向かって突きつけた。

「お前は冴子を犯人にしようとした。そんなに冴子が憎いのか?わしの遺産がそんなに欲しいのか?半年間、本当の兄妹のように暮らしてきた者を犯人にするなんて。いずれにせよ、あさましい奴だ」

 僕はなんとか言い訳しなければと焦った。

 だが動転していい答えは浮かばなかった。

 そこへ少し遅れて井上刑事がやってきた。

「井上刑事これは……」

 僕はもう井上刑事にすがるしかなかった。

「違うよ」

 冷たい声で井上刑事が言った。

「違うって……どういう意味です?」

「私は刑事じゃない」

「えっ」

「私は益田さんに刑事の芝居をするよう雇われただけだ。ただの役者だよ」

「役者だって!?」

 益田もうなずいた。

「お前達をテストしたんだよ。3人とも見抜けなかったようだがな」

 まさか……。刑事までテスト材料だったなんて。

 見抜けなかった。

 井上刑事、いや井上は手にシルバーのトランクを持っていた。

 僕のトランクだ。

「君の荷物を詰めておいたよ」

「えっ……」

 益田はため息をついた。

「お前には失望したよ。お前との養子の話は今ここで破棄する。もうお前にはこの屋敷にいる理由もない!今すぐ出ていってもらおう」

「お……お父さん。これにはわけが……」

 僕は弁解しようとした。

 だが益田は聞いてくれなかった。

「黙れ!冴子を犯人にしよとするなんて、とんでもない奴だ」

「お父さん……」

 僕は必死に食い下がろうとした。だが益田に一蹴された。

「黙れと言っている!もうお前は息子などではない!S……確かに犯人はSだ。ただしそれは冴子じゃない」

 益田はSの文字がかかれたカーペットの前までいった。

 そして益田はSの後にONと書き足した。

「これは……」

「SON……つまり息子ということだ」

「お父さん……」

「もうお父さんと呼ぶのはやめてもらおう。犯人はS。それは間違っていなかった。お前のことだ健太。もうお前は息子などではない。さあ、この家から出て行け!」

 僕は冴子と絵里を見た。

 2人とも僕に哀れんだ目を向けている。

 やめてくれ。

 そんな目で僕を見るのはやめてくれ。

 なんともいたたまれなかった。

 これ以上何も言わなかった。

 ムダだとわかったからだ。

 幕は下りた。

 僕は言われたとおり、トランクを持って書斎から出て行った。

 そして門の前にでた。

 半年という時間、淡い恋人との未来。両方を失った。

 もう2度とこの屋敷の門をくぐることはないだろう。

 振り返ることはなかった。

 僕はトボトボと、トランクを手にまだ暗い山の中を歩き始めた。

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犯人はS 空木トウマ @TOMA_U

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