第704話 お料理の普及はこれからも続く
あれから五年の歳月が流れ、仮だった子達も正式なスオンとなっていた。ティーナとローレルは、ずいぶん大人びたけど人の恋路には相変わらず敏感。ティーナに至ってはむしろ、歩くスピーカーっぷりに磨きがかかったような。
アンドロメダ銀河の平和と信仰を取り戻し、みやび連合艦隊は解散となった。ただし宇宙で何かがあれば、みやびの元に集まろうと熱い友情で結ばれている。
次元転送が可能となった任侠大精霊さまは約束通り、ルベンス艦隊を三百六十四番目の宇宙へ送り届けていた。こっちの住人とスオンとなった者が大勢いるため、錬成師三人組は次元を跳躍できる船の開発に取り組んでいる。
現在みやびの持ち船であるアマテラス号、ワダツミ号、マミヤ号、イラコ号は、連結状態で秀一チームが宇宙の中心を目指していた。クバウク菌の被害に遭っている惑星を救いつつ、航路を開拓する宇宙のエキスパートと言えるだろう。
――そしてここはエビデンス城、みやび亭本店。
「手狭になって来たから、本店を拡張しましょうよ、ブラド」
「簡単に言うなよ、香澄」
寿司下駄にクロマグロの握りを置く香澄と、それをむらさきにちょんと付けて頬張るブラド。あれから地球旅行を何度も行なっており、一部のお偉いさんを除き名前は呼び捨てになっていた。
「確かに手狭じゃな、戦艦のビアガーデンとは言わんが、テーブル席を増やすべきではないかや?」
「カルディナの意見に同意じゃ、壁をぶち抜けば良いであろう」
そんなカルディナと陽美湖にあんたらはと、眉を八の字にするブラド。彼にしてみればエビデンス城の外観には、何かしらこだわりがあるっぽい。
カルディナとアムリタはめでたく結婚し、メリサンド帝国とモスマン帝国はひとつになった。名称をどうするかで多少は揉めたが、最終的にメリスマン帝国として新たなスタートを切っている。仲が良いおしどり夫婦の寿司下駄に、麻子がはいお待ちとマアジの握りを並べていく。
栄養科を卒業したみやびと麻子に香澄が、本拠地とするのはエビデンス城の本店である。みやびファミリーが血の交換を繰り返したことで、六属性となり任意でゲートを開ける能力持ちが増えた。ゆえにみんな集まってきちゃうから、そりゃ狭くもなるわな。
「城の敷地は広いんだ、やっちまいなよブラド」
「ラフィアまで……」
「にゃはは、さすがのブラド城伯も、ラフィアには敵わないようですにゃあ」
ああん? という顔のブラドを意に介さず、チェシャは愛妻シモンヌが置いてくれたヒラメの握りをあむっと頬張る。サラダ軍艦を手にするアーネストが、思わず吹き出しそうになっていた。色仕掛けが効かずラフィアとシモンヌの計略で、落とされたのはブラドもチェシャも一緒だからだ。
声に出しては言わないけれど、カウンターの常連たちもみんな同じ事を考えてたりして。ファミリートップである妙子さんは何も言わず、にこにこしながらお銚子を温めている。
「アナゴとシャコ、お待たせなのですぅ」
「来た来た、こっちのシャコがヨハンとカイルのサビ抜きだな? ローレル」
「そうですぅ、レベッカ団長。でもヨハンもカイルも、もうサビ入りでよろしいのではぁ?」
もはや立派な青年なんだが、首を横にブンブン振るヨハン君とカイル君。パラッツォが引退したのでレベッカが竜騎士団長となり、フランツィスカがエビデンス城の守備隊長に繰り上がっていた。ヘットとラメドが甘エビ下さいと手を上げ、その足下では愛犬チャリオットがメンチカツをわふわふ頬張っている。
お任せ上握りを運んでいるのは左和女で、向かうテーブルには征夷大将軍である藤堂夫妻と、雅会のドンである桐島夫妻が座っている。意外な組み合わせだが、なぜか気が合うらしい。暖簾をくぐった菊池が相席よろしいですかと、テーブルに加わっていた。
「はいエデン、かんぴょう巻きとカッパ巻き」
「ありがとう、ティーナ」
「いいないいな、私にもちょうだい」
「なんちゃってイクラ軍艦もありますよ、ミーア」
「それ動物性じゃ……」
「うふふ、植物性油脂で作った新作の疑似イクラなんです、精進料理と一緒ですよ」
「ふむふむ、ならば頂きましょう」
エデンはみやびの直系スオンとなり、惑星ひとつ分の魔力をみやびと共有するに至る。人工サタンは暗黒空間の宇宙ステーションとして再利用され、天の川銀河とアンドロメダ銀河を繋ぐ中継地点となった。
「汽笛の音だ、タコバジル星からの直行便だね、ラナ姉さま」
「なら運転手はリリムとルルドで、客室乗務員はサルサとアヌーン姉妹ね、ルナ」
「すぐここへ来るでしょうから、上握りを用意しておきましょう」
そう言ってロナがミスチアとエミリーに、ウニ軍艦お待たせと並べていく。ちなみにみやび亭で言うところの上握りとは、日本に於ける松竹梅の松に相当する豪華版だったりして。
そこへみやびが、瞬間転移でただいまーと現れた。生まれるってことで、亜空間倉庫へ行っていたのだ。実はみやびの亜空間倉庫、今は居住エリアが竜族保育園になっている。園長先生は
「お帰りみや坊、どうだった」
「もう五個目だからね、スポーンと産んできたわ、ファニー」
タンポン抜くようなもんだよねそうだよねーと、麻子と香澄が頷き合う。愛妻のレアムールとエアリスが、揃ってポッと顔を赤らめる。
食事処でなんちゅう発言をと、妙子さんの目が吊り上がった。そんな彼女もそろそろ五個目を産卵するはずで、麻子と香澄も含め、少数民族であったリンド族もこれで安泰だろう。
「パラッツォは? みやび」
「赤もじゃがあんなに子煩悩だとは思わなかったわ、フレイ。寿命調整も兼ねて竜化したまま、亜空間倉庫に居座りそう。アルマとラニスタ、マキシーとアルミスも向こうにいるわ」
マシューを抜擢したのは大食いの竜がいるからねと、瑞穂さんが破顔してマイワシの握りを頬張る。ワサビをすり下ろしている、アグネスがはにゃんと笑った。
さもありなんとエーデルワイスが、愛妻の瑞穂さんにガリを追加で寿司下駄に置いた。そんな二人も六人の子持ちであり、亜空間倉庫へは足繁く通ってるんだが。
「倉庫の水槽からマゴチをゲットしてきました、食べますか? ゲイワーズ」
「あらやだん、ちょうだいアリス」
「まさかあなたが女性化するとは思いもしませんでした、はいマゴチの握り」
「アリスはどうなの? 兆しは来たのかしら」
「それを知りたいという、包括的かつ妥当で誰もが納得する理由をお聞かせ……」
そう言うからには来たのでしょうとゲイワーズは、席を立ちふよふよ浮いてるアリスを抱きしめていた。ゲイワーズは性転換でアリスは聖獣だから、この二人が産卵できるか危ぶまれていたのだ。分かったから離してとアリスが、ゲイワーズのダイナマイトボディを優しくぺちぺち叩く。
「オマタセシマシタ、アオリイカノ握リデス。石黒サマ、高田サマ」
「あ、ありがとう、
「未だに聖獣とは信じられないっすね、石黒さん」
みやびが生み出した聖獣、それは六属性のスライムちゃんを合体させた、人型だったりして。人間で言う心臓の部分に六個の核が集まっており、その姿は虹色の粒をちりばめた半透明だ。
そんな聖獣がチェシャの肉球マーク入りエプロンを身につけ、お寿司を握ってるわけで。こう見えてみやびの影響を多分に受け、お料理の造詣は深いのである。真空の宇宙空間でも活動できて、クバウク菌がへっちゃらな存在。魔力はみやびから供給されるゆえ、はっきり言って無尽蔵だし粒子砲も撃てる。今後は宇宙にお料理を広めていく、伝道師となってくれるだろう。
「結局みやびは、天使の軍団も悪魔の軍団も召喚してないわね、甘いもの」
「お前まで我を甘いものと言うか、
あらごめんなさいと、いなり寿司を頬張るドミニオン、全く悪気は無さそうだが。渋面でカンパチの握りを、むらさきにちょんと付けて頬張るアマイモン。
まあまあと、ソロモン王が二人にお銚子を向ける。宇宙は広く第二第三のクバウク星は現れるだろう、その時みやびはソロモンの指輪を使う時が必ず来ると。
「地球はイン・アンナが眷属と共に、わざと魔力の使い方を教えなかった星だ。結果として産業と料理の文化が発展した、希有な惑星と言えよう。三百六十六番目の宇宙がどうなるか、今から楽しみだ」
「ヤハウェもそれを狙っているのよね、甘いもの」
「うむうむ、美味いものは人の心を掴むからな、ドミニオン」
「それだけではないぞ、二人とも。義理人情というスパイスが込められた、任侠の大精霊だ、面白くなりそうだと思わんか」
いかにもと、酌を受けて熱燗を口に含む魔王と主天使。次は何を注文しとうかと、板場に立つみやびに視線を向ける。気付いた任侠大精霊さまが、タチウオとホタテがお勧めよと、満面の笑みを浮かべていた。
――そしてここは、日本の国会議事堂。
「総理大臣、隆一早苗君」
「ただいまのご質問ですが政治資金規正法には、確かに外国人からの政治献金を禁ずるとあります。しかしながら、宇宙人とは書いておりません」
詭弁だという野次が、野党側のあちこちから上がる。
早苗さんが有志と共に政治結社みやび組へ合流、紀氏田前総理も派閥を率い合流していた。全国の党員も国政選挙で当選を果たし、なんとみやび組は与党第一党に躍進していたのだ。
「宇宙人もダメと法案を提出すれば良いではありませんか、野党の皆さん。私は一向に構わないのですが」
企業と有権者の八割が応援しているし、政治資金には全く困っていないみやび組。たまたまマクシミリアが宇宙で見つけた、ダイヤモンドの原石をみやび組へプレゼントしたに過ぎない。
悔しかったらあんたらも、宇宙人とお友達になったらいいじゃない。そんな顔の早苗さんと防衛大臣になった桑名の旦那、口に出しては言わないが。
早くみやび亭本店に行きたい、と言うか亜空間倉庫の保育園に行って我が子を愛でたいのだ。そんな気持ちで二人はうずうずしてる訳で、さっさと次の質疑に移りたいのである。
もはや支持母体を失った左側政党には、早いとこ店じまいをして欲しい。こいつらのせいでスライムちゃんを、日本全国にばら撒けないのだ。いっそのことスライムちゃんを自然繁殖させても良いという法案を、出してやろうかと紀氏田がにやにやするのだった。
耽美女子学園大学部を卒業した三人と仲間たちの、お料理を世に広める野望は留まるところを知らない。地球の食文化は任侠魂と共に、宇宙の津々浦々まで広まることだろう。
―完―
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2021年のゴールデンウィークより、投稿を開始したリンド物語。最後まで読んで下さった皆様には、感謝の念に堪えません。今後は外伝を投稿するかも知れませんが、本編はこれにて大団円となります。
新たに『辺境伯令嬢フローラ 精霊に愛された女の子』の執筆を始めております。転生でも転移でもゲームでもなく、純粋なハイフャンタジーに取り組みました。良ければ遊びに来て下さい。
重ね重ね、誠にありがとうございました。
2023年12月18日、加藤汐朗。
リンド物語 ~エビデンス城の料理人~ 加藤 汐朗 @anaanakasiko
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