第703話 人工サタン戦(4)
シールドの外では昆虫同士が、ドンパチやってて星空ならぬ虫空。もはや世紀末の様相を呈しており、見ていてちょいと気味悪い。状況はみやびのテイムした虫さんチームが、物理無効で優勢だから任せて大丈夫っぽい。
「生ビール欲しい人は、注文していいわよ」
みやびのこの一言で、乗員はみんな大喜び。
アマテラス号に戻ったみやび達は、融合を一旦解除していた。近衛隊と直系のメイド達がみやび亭の調理台で、肉肉肉カレーとサラダの提供を始めている。ちなみにデザートは全員、クバウク菌2ndを保有するスライムちゃんゼリーである。
アルネ組とカエラ組の代わりにミウラ港チームが入り、カウンターとキッチンの顔ぶれはいつもとあんまり変わらない。産渓新聞の山下が愛妻
「写真は使い物になりそう? 山下さん」
「いやあ……虫だらけのショッキングな画像だから、公開の可否は副総理にお任せって形になるかな、みやびさん」
それよりもと山下は、首から下げたデジタルカメラを操作し、ある画像をみやび達に見せた。無数にある惑星表面の穴ボコからは緑が見え、虫はこの宇宙植物で繁殖してるんでしょうねと。
「昆虫は大精霊の御業で灰になった、魔物の餌だったんじゃないかな、みやびさん」
そう言って山下はコマ送りし、灰化していく魔物の画像を表示していく。翼を持つトカゲとかワニとか、コウモリや怪鳥とかを。そして思うんですけどと、彼はカレーを頬張り生ビールで流し込んだ。
「御業で惑星を三百六十度取り囲み、悪しき精霊信仰はどんどん失われていく。それでも六属性もちであるはずのエデンが、脱出できないのはどうしてだろうって」
「何を言いたいの? 山下さん」
「ラスボスってエデンじゃないのかな、みやびさん」
カウンターとキッチンの誰もがまさかと、手の動きを止めてしまった。
エデンは正しい精霊信仰だから、御業で灰にはならない。けれど融合している悪しき存在が、エデンの中に居座ってる可能性が。あくまでも想像ですがと山下は言うけれど、確かに辻褄は合うのだ。
夢の中でみやびはエデンを救い、精霊天秤を創造へ傾け、惑星制御の主導権を奪わせた事になる。ソロモン王も魔王も天使も、人工サタン戦に関しては助言をくれないが、それとなくヒントをほのめかしていたのかも。
「だったらどうしよう、麻子」
「おいそれと攻撃できないよね、香澄」
これは大問題だと、みんなの視線がみやびに集まる。当の本人は人差し指を顎に当て、虫が飛び交う空を見上げ頭を左右に振っていた。
――そして出直しとなるダンジョン探索へ。
「粉々にしたGの肉片、きれいさっぱり無くなってますね、ラングリーフィン」
「つまり回収して食べてる存在がいるって事よ、ヨハン君」
「妙子さん、大丈夫?」
「あは、あはは、心配しないで香澄さん」
全く大丈夫じゃなさそうな妙子さん。でも本人が覚悟を決め、行くと言ったのだからしゃあない。アマテラス号の祭壇は当初の計画通り、アグネスファミリーに任せていた。光と闇のスライムちゃんを持っているから、武器系統を含む船の操作に問題はない。
GGがいた空間に出ると、でかいシロアリがうじゃうじゃ。粉々にした肉片を咥えて、奥にある通路へ運んでいる。妙子さんがGじゃなくて良かったと、ホッと胸をなで下ろす。
栄養科三人組は何も言わない、余計な事だから言いません。
生物学上シロアリは、アリの仲間ではなくゴキブリから分化した昆虫だ。一般的なアリはハチを先祖に持ち、シロアリとは縁もゆかりもないのである。集団生活を送る社会性昆虫という点で、アリと同じではあるが全くの別物。
「襲ってこないね、麻子」
「来ないねー、香澄」
「Gの肉片を集めるのに夢中なんでしょうね、ラングリーフィン」
「みたいね、ヨハン君。いっそのことテイムしちゃおうかな」
その手があるのねと、手をポンと叩く妙子さん。無知は罪と言うが世の中には、知らない方が良い事もある。麻子と香澄が笑いを堪え、その様子にヨハン君が首を傾げているけど。
目に映るシロアリを女王と王もテイムして、戦闘を回避した任侠大精霊さま。更に先へ進めばジャンボサイズのオケラや、カブトムシの幼虫にミミズなんかも、みんな手なずけて事なきを得た次第。
そしてついにエデンがいるはずの、祭壇に辿り着くみやび達ご一行様。アルミスからは、蜘蛛の巣みたいに張り巡らした糸を、エデンが操作してるって話しだったが。
「ほんと糸だらけですね、ラングリーフィン」
「エデンはどこだろう」
「ここよ」
「ここよ」
「ここよ」
上から聞こえたその声に、みんな目が点になってしまった。エデンが三人もおり、天井近くに浮いていたからだ。しかも若い世代と中年に老婆と、世代の違いが見て取れる。
「どういうこと、アルミス」
「分からない、私がお目通りしたのは少女のエデンだったわ、みやび」
考えてみれば神殿の巫女見習いから、人工サタンの依り代となったのは数百年前。フレイアのようにカプセルで眠らなければ、とっくの昔に寿命を迎えているはず。
『みやび、来てくれたのね、嬉しい』
『これは思念、どこにいるの? エデン』
『祭壇の下に冬眠用の部屋があるの。私はそこから惑星を操作しているわ、あなた達が見ているのは私のクローンよ』
エデン自身は六属性が揃った後、ずっと眠りに就いていたそうな。そして人工サタンを制御してきたのは、代々エデンの髪から生まれたクローンなんだと話す。
罪人と融合を重ねることで彼女らは、精霊天秤が破壊に振り切れている。だから惑星の制御を七割しか奪えないのだと。
『クローンであるせいか三人とも、属性のいくつかが欠けているわ。流れる血が同じだから、融合もできない。そして私は聖職者、自分の分身を殺せない』
『私に葬れってこと? エデン』
『ええ、うつろな魂のあの子たちを眠らせてあげて。大精霊の巫女とその眷属に負けるなら、三人とも本望でしょう』
思念による二人のやりとりは、仲間と直系のみんなも黙って聞いていた。夢の中でみやびが戦った魔王たちは、何かしら欠けており物理無効や反射ができなかった。人工サタン攻略に口出しは出来ないが、戦い方を彼らは夢で教えてくれたのだ。
「みんな聞いたよね、雷撃系と武器固有の万能攻撃で行くよ。くれぐれも祭壇は壊さないように」
言ってる側から魔力弾が雨のように降って来て、全員の虹色魔法盾が発動した。ならばやりましょうと、一斉に
「ここは、どこだろう?」
勝ったと思った瞬間、みやびは川の畔に立っていた。
アケローン川ならカロンお爺ちゃんがいるはずだけど、そもそも桟橋も船も見当たらない。私が死んだなら直系のスオンは、みんなここにいるはずと周囲を見渡す。
すると真後ろにきれいなお姉さんが立っていて、しかもリクルートスーツ姿だからびっくり。いやいや女性に見えるだけで、高位の精霊は両性具有だ。見た目で判断は禁物と、かける言葉を探す間に向こうが口を開いた。
「待っていたわよ、みやび」
「私の名前を知ってるの?」
「もちろんよ、亜空間から色々出せるのでしょ、何か食べさせて」
「さ、さようですか」
ならば出しましょうと、みやび亭のキッチンとカウンターセットを出す任侠大精霊さま。ラフィアのネプチューン号に設置しようと、蓮沼組任侠チームが準備していたものだ。調理器具は一式揃っており、仕込みに時間を要する料理でなければすぐに出せる。
「何かご注文があれば……」
「きんぴらごぼうと、出汁巻き卵に、生ビールで!」
きゃはんってノリの、謎のリクルートスーツ姉さん。それってファフニールとフレイアの好物だし、ささっと作れるので別に構わないのだが。
だがビールサーバーからジョッキに生を注いでいると、金色に輝く光の粒がみやびに降り注いだ。間違いなく祝福で、第七属性もちであることが分かる。
まさかと驚いたせいでジョッキの泡比率が、七対三ではなく六対四になってしまった。今のは何かしらの能力を引き出す、祝福だとみやびは気付いたからだ。
「ひょっとするとひょっとして、宇宙の意思?」
「固有名詞を持たないからそう呼ばれているわ。敢えて名前で呼んでくれるなら、私はヤハウェがお気に入りよ」
現代人でハリーポッターを読んだ人なら、悪い魔法使いのことを頭に思い浮かべるかも知れない。だが旧約聖書の冒頭から天地創造を行ったのが、唯一神のヤハウェである。
「何故にリクルートスーツ?」
「驚かせないよう、みやびの文化に合わせたつもりなんだけど。もしかして、外しちゃったかしら」
「あはは、大丈夫よ許容範囲だから」
面白い人……もとい宇宙の唯一神に、出汁巻き卵をことりと置く任侠大精霊さま。待ってましたとばかりに、手でつまみ頬張るヤハウェ。うんうんと頬に手を当てて、生ビールをくいっと。
エルサレムにある旧ソロモン神殿は、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の聖地であり、ヤハウェを祀る場所であった。モーセが授かりし十戒の石版が納められた、契約の箱を安置した場所でもある。
「みやび、オリジナルのエデンをスオンにしなさい。あなたはもう次元を飛び越えることも、聖獣を生み出すことも、惑星を動かす事もできる。そこでひとつ相談なんだけど」
「なあに? ヤハウェ」
「この場所はね、三百六十六番目の宇宙なの。それをあなた達に任せたいのよ」
「イン・アンナ達が、精霊不足で困ってると言ってたわよ」
「みやびが天命を全うして、真の大精霊になった後の話しよ、待ってるから。それとこれからお食事会には、私も呼んで欲しいな」
リクルート姿できんぴらごぼうを頬張る宇宙の唯一神に、いいわよと笑顔で返すみやび。宇宙の中心を目指しつつ、クバウク菌の根絶を押し進めなきゃいけない。アルマの艦隊を、三百六十四番目の宇宙へ戻す約束もある。あとは地球の世直しと、惑星間鉄道の本格開業だ。
「やりたいことが山ほどあって、生きてる間に全部終わるかな」
ヤハウェの空になったジョッキを取り替えたその瞬間、みやびは我に帰り祭壇に戻っていた。銀白色だった彼女の、十二枚の翼が光り輝く黄金に移り変わる。
麻子も香澄も、妙子さんにヨハン君も、思わず息を呑む。祭壇が僅かに動きそこから顔を出したエデンが、満面の笑みを浮かべていた。
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