第702話 人工サタン戦(3)
覆っていた蛇がいなくなったら、地表は穴ぼこだらけで赤みを帯びる黄色の人工サタン。真戸川センセイが蛇の外殻を分析したところ、材質は黄銅なんだそうな。黄銅は真鍮とも言い、銅と亜鉛の合金で酸化すると黒ずんでくる。蛇が黒く見えたのは、長い年月で表面が腐食したからだろう。惑星表面が新品の五円玉で、蛇は使い古した五円玉ってところか。
――ここはアマテラス号の祭壇。
アルミスからの情報で人工サタンの航路は、戦艦や空母が入れないサイズだと聞き及んでいる。なので駆逐艦よりも一回り小さい、アマテラス号で単艦乗り込むことにしたみやび達。
残った黄金船と各艦隊は主砲を人工サタンに向け、いつでも撃てる状態になっている。エデンを救出したいけど連合艦隊の人命が優先だから、最悪は粒子砲とスペクトラ砲で破壊することも選択肢として残したのだ。
「太陽に対しての公転が三十日で一周か、これは参ったわね、麻子」
「回転速度が遅くて磁場が形成されないから、磁気を利用した計測機能は役に立たないのよね、香澄」
月で方位磁石を使うようなものねと、妙子さんが緑茶をすする。同じく湯飲みを手にする麻子と香澄が、そうそうその通りと頷いた。
地球は一日で一周するが、月は一ヶ月かけて一周するから地磁気が弱いのである。何故こんな話しをしてるかと言えば、地磁気を利用した人工サタンのマッピング機能が使えないからなんだが。
磁気によって生じる磁界のことを地磁気と言い、その分布は様々な要因によって絶えず変化している。短期的な要因では、太陽から放射される電磁波の影響。長期的な要因では惑星内部にある、金属を多く含んだ核の対流によるもの。N極とS極が逆転するポールシフトも、地球では四十六億年の間に何度か起きている。
「それでも地磁気さえあれば東西南北を把握して、宇宙儀におおまかな地図を作れるんだけどね。これはもう、行き当たりばったりになっちゃうな」
ひとり祭壇に手を添えるみやびへ、頼りになるのは貴方ですと、囲炉裏テーブルを囲むみんなの視線が集まっちゃう。この場にいるのは直系スオンと融合した、精霊状態の栄養科三人組と妙子さんだ。蓮沼家と傍系スオン、まだ仮のスオンは、黄金船の指揮を執ってもらうためお留守番と相成った。
六属性が揃っているから思念による会話が可能で、直系のみんながここにいるのと一緒である。融合すれば麻子も香澄も妙子さんもゲートを開けるけど、いっぺんに運べる物量はまだ少ない。そこいくとみやびはゲートも瞬間転移も、艦隊ごと転送出来る規格外だから頼りにされるのだ。
のほほんとしてるように見える祭壇だが、航路に入ったアマテラス号は全ての砲門を開き撃ちまくっていた。人間サイズの昆虫がうじゃうじゃ湧いて、体当たりしてくるからだ。
単純な物理攻撃なんでシールドを破られてはいないが、船から出て白兵戦となればコイツらはうざったい。惑星に
「たまに混じってくる、コウモリや怪鳥は灰になるんだけどな」
「情を持たない昆虫に信仰心は関係ないって事かしら、みやびさん」
「多分ね、妙子さん」
「スライムちゃんが真空環境で活動できるんだから、こいつらも同じかな? 香澄」
「そのようね、麻子」
そんなわけで囲炉裏テーブルを囲む麻子と香澄に妙子さんが、交代で甲板に行き奥義をぶっ放しているのだ。それじゃ行ってくるわと、湯飲みを置いた妙子さんが腰を上げた。
ヨハン君とレベッカが編み出した風と炎の複合技、
「それにしてもこの航路、壁の表面が樹脂みたいだよね、麻子」
「昆虫に分泌させているのでしょうね、香澄。古い映画だけどエイリアンってあったじゃん」
「分かる分かる、松ヤニみたいな樹脂で巣を作るのよね」
お茶請けの漬物を頬張る二人とはうらはらに祭壇の窓から、妙子さんが放つ豪快な炎の竜巻が見えた。昆虫どもが程よく炙り焼きにされてるようで、回収して粉末にしたら家畜の餌になるかしらと、笑っちゃう任侠大精霊さまである。
「アルミス、以前から昆虫はいたの?」
「いいえみやび、壁面も樹脂で覆われてはいなかったわ」
「この分だとボスは昆虫なのかしら、香澄」
「そうなるとサイレント・ゴーストファイア《静かなる鬼火》も使えない可能性大よね、麻子。炎耐性があったら、みや坊ならどうする?」
「二人とも融合してるから雷撃が使えるでしょ、妙子さんも。後は万能の物理攻撃でぶっ叩くだけよ」
やっぱり武器による殴り合いの白兵戦になるのねと、二人は千手観音よろしく腕をいっぱい出した。融合した直系スオンの剣と拳銃が、香澄の場合は弓矢も、それぞれの手に握られている。
こんな事が出来るようになったのは、闘技場で六本腕だった魔王ゴアプが教えてくれたおかげ。戻ってきた妙子さんが、こうして見ると物騒ねと、鈴を鳴らしたようにころころ笑う。
「やはり内部構造が変更されているわ、みやび。船で直接エデンの所へは、行けないかもしれない」
「そこは折り込み済みよ、アルミス。惑星の内部探索どんとこい」
直径からしてそろそろ中心核と思われる地点まで来たら、七色に移り変わる壁が現れた。行き止まりかと思いきや、アルミスは違うと言う。
「中心部へ入るための門で、エデンが制御を奪っていれば開くはず。その向こう側には空気があり重力も働くから、大気圏航行への切り替え準備を」
「開かなかったら? アルミス」
「その時は粒子砲で穴を開け、塞がる前に飛び込むしかないわね、みやび」
開け開けとみんなで念じたら開いてくれました、門の制御はエデンが奪っているらしい。ただしそこからも虫の大群が湧いてきて、結局は全砲門をぶっ放す事になったんだが。
「むむむ、やっぱり行き止まりかぁ。航行した距離から考えると、祭壇まであと少しなんだけど」
「脇に人が入れそうな通路があるわね、みやびさん。船から降りてあそこから……」
そこで妙子さんからチーンという音が、聞こえたような聞こえなかったような。Gである、彼女の大嫌いなゴキブリが通路にわんさか。
「お姉ちゃん、妙子さま再起動に時間がかかりそうです」
「すまないな、みやび。こればっかりはどうにもならない」
「そうでございますにゃあ、ブラドさま。大の苦手ですから」
「あは、あははは」
精霊化すれば六属性が揃い色々と奥義を覚えた、栄養科三人組と妙子さんにヨハン君で、突入する予定だった任侠大精霊さま。計画の変更を余儀なくされたわけだが、どのみち虫どもは何とかしなきゃいけない。
「格納庫のヨハン君、聞こえるかしら」
『聞こえますよ、ラングリーフィン』
「宇宙戦闘機で中心部へは行けない事が分かったわ。妙子さんを虫の討伐で祭壇に残すから、甲板で合流ってことで。赤もじゃ聞こえる?」
『何じゃ、みやび殿』
「祭壇は妙子さんに任せて、戦闘機隊は全員発艦、虫の殲滅に注力して」
『分かった、任せておけ』
甲板に集まった四人は、一斉に弾丸飛行で通路を目指す。寄ってくる昆虫は火炎の魔力弾と、
「ゴキブリもこんなでかいと可愛げがないな、ラメド」
「いえ小さくても可愛くないでしょ、ヘット兄さん」
「おいおい二人とも、屋敷の中では見たくない生き物の筆頭だろう」
「レベッカさまもお嫌いなのですね」
「まあな、武器が汚れるから魔法で処理したいところだ、ラメド」
レベッカに激しく同意と栄養科三人組も、火炎系魔法を連射して通路に辿り着く。だがその先にも黒光りするGがうようよ、こっち来んなと香澄が
「
「
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「絶対零度で凍結させると動かなくなるからね」
絶対零度とは物質の原子と分子が運動を完全に停止した状態を指し、およそマイナス二百七十三度。これが冷却の下限ゆえに、絶対零度と呼ばれる温度だ。
「後は蹴飛ばして粉々にするだけよ」
「いやいや香澄、蹴飛ばすのも嫌だから
「僕も麻子さんに賛成です」
みんな気持ちは一緒なのねと、へにゃりと笑う任侠大精霊さまである。そんなこんなで通路を進むと、ぽっかりと開けた空洞に出た。そこに鎮座していたのは、人間サイズどころか象さんサイズのGだった。
「祭壇がないってことは、ラスボスじゃなくてエリアボスってことかしら、麻子」
「そのようね、香澄。内容物が飛び散る攻撃はさ、みんな止めとこうね」
うんうんと頷くみやびとヨハン君、見たくないし触りたくもないのだ。ならばやっぱり冷却系の技でと、麻子に同意を示す。
「あ、翅を広げましたよラングリーフィン」
「妙子さんが見たら卒倒しそうね、ヨハン君」
パサパサ羽ばたいて浮き上がった
「みんな今よ!」
みやびの合図で三人が同時にコキュートスを発動。そのままみやびは蔦を伸ばし、凍り付いたゴキブリを地面に叩き付け、粉々になって一丁上がり。さあ先に進みましょうって段になって、妙子さんからダイヤモンド通信が入った。
『昆虫が減るどころか増える一方なのよ、みやびさん。宇宙戦闘機も撃墜が追いつかなくて、四苦八苦してるわ』
ありゃまあと顔を見合わせる、突入メンバーの四人。ここは一旦アマテラス号に戻り、出直そうと揃って弾丸飛行。
「でもどうするの? みや坊」
「あれやってみようかな、ファニー」
「何をするつもりなのかしら、みやび」
「んふ、
ああそう言うことかと、思念でみんなが声を合わせた。ミツバチや宇宙クジラの群れを味方にしちゃうくらいだ、みやびならやってしまうだろうと。
通路を出たみやびは視界に映る、昆虫たちにおいでおいでをする。集まってきた昆虫の中には、
「みんな攻撃中止! 戦闘機隊は帰艦して」
『どうして? みやびさん』
「昆虫をテイムして物理無効にしたから、後は任せて同士討ちしてもらうのよ、妙子さん。みんな体を休めて、ゆっくりご飯食べよう」
パラッツォも含め戦闘機隊から、賛成の声が次々聞こえてきた。献立どうしようかと相談を始める麻子と香澄に、トンカツとトリカラをトッピングしたカレーはどうかしらとみやびが提案。肉肉肉いいねと、融合してるみんなが異口同音であった。
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