第701話 人工サタン戦(2)

 みやびはファフニールとフレイアにアリスを抱き寄せ融合し、それじゃ行ってくるわと宇宙戦闘機の格納庫へ瞬間転移。発着艦の誘導をしているメライヤとも融合するためで、みやびは宇宙へ飛び出すつもりなのだ。

 対艦ミサイルとレールガンを撃ち尽くした陽美湖とミーアが帰艦しており、ほれほれ早うと雅会任侠チームによる補充を急かしている。


「よろしくね、メライヤ」

「任せてみやび。鍛錬を重ね宇宙での活動時間は、三十五分に伸びているわよ」


 まるで待っていたかのように微笑む青い人を抱き寄せ、ひとつになる任侠大精霊さま。生身で真空の宇宙へ出られるアメロン星人の特性を拝借し、みやびは格納庫から外へ弾丸飛行。


グレート・スピリチュアル・チユーズ大精霊による選民!」


 七連魔方陣を展開した彼女が行うのは、大精霊の御業による外道の掃討だ。連合艦隊の直上に八花弁の紋章が浮かび上がり、輝く光の粒が寄ってくる蛇どもを灰に変えていく。

 直系と傍系のスオンが増え、パワーアップしたみやびはとどまるところを知らない。瞬間転移を繰り返し群れを取り囲むように、四方八方と上下にグレート・スピリチュアル・チユーズを次々と発動していく。戦況は光の粒から逃げ惑う蛇を、宇宙戦闘機と土偶ちゃんが、おらおらと追いかけ回し引導を渡す展開に。


『みや坊の粒子砲を見てみたいわ、ねえフレイア』

『そうねファフニール、一発撃ってくれないかしら、みやび』

『アリスから聞いたのですが、みやびは粒子砲を広範囲に拡散できるのですよね。後学のために私も見たいわ』

『メライヤもリクエストしてることですし、ここはどーんと派手にいきましょう、お姉ちゃん』


 西シルバニアの防衛戦でしか使ったことがなく、知っているのはアリスとシルバニア方面守備隊くらいなもの。危ないし披露する機会もないから、その存在すら忘れていた任侠大精霊さま。

 六属性が揃ったスオンなら、イメージできればみんな撃てるようになるはず。融合しているファフニールとフレイアが、出し惜しみしないでと火に油を注いじゃう。実際に候国の君主さまは、粒子砲を扱えるようになった。参考にしたいからみやびに、ここで撃って欲しいのだろう。

 

「オッケー、お見せしましょう。秀一さん聞こえる?」

『聞こえてますよ、何かやらかすんですね』

「拡散粒子砲を撃つわよ、連合艦隊から右三十角度の範囲で活動してる、宇宙戦闘機と土偶ちゃんを待避させて」


 真空の宇宙空間だから音は伝わらないが、六連魔方陣がヴウゥンと共鳴する手応えを感じるみやび。船の主砲とは比べものにならないサイズの、虹色光球が魔方陣の先に現れた。広がれ広がれと頭でイメージしつつ、虹色のアースアイが蛇どもを視野に捕らえ狙いを定める。


「いっけー! 拡散粒子砲!!」


 魔方陣を起点にし直線ではなく、円錐状に広がる万能魔力弾が放たれた。まばゆい光と雷をまとうその光弾は空間をホワイトアウトさせ、蛇どもを飲み込んでいき粉々に粉砕し宇宙の塵と変えていく。


『みやびさん、緊急連絡』

「何かあった? 秀一さん」

『レーダーに別の反応が、どうも宇宙魚群のようです』


 おやまあと、顔を綻ばせる任侠大精霊さま。そこかしこにふよふよと散らばっている、蛇の肉片を魚群は食べに来たのだろう。海釣りで魚を寄せる、コマセを撒いたようなもの。彼女は後片付けよろしくねと、宇宙の魚たちに物理無効と魔法無効の祝福を、そーれと与えてあげるのだった。


 ――そして夜のみやび亭、戦艦シュバイツ号ビアガーデン。


 第一種から第二種戦闘配備に切り替わり、交代で食事と入浴が可能になった艦隊の乗員たち。損耗は駆逐艦十八隻に巡洋艦十三隻だったが、錬成マスター組により修復され艦隊に復帰していた。死者は出なかったものの重軽傷あわせて三十六名が、救護班であるラフィアのネプチューン号で治療を受けている。


「人工サタン、内部にも残党がいそうよね、香澄」

「白兵戦は避けられないかな、麻子」

「蛇がクバウク星に手を出さなかったのは、生まれ故郷だったからかしら」

「灯火のように残っていた良心ってやつね。クバウク菌を全宇宙にばら撒こうとした諸悪の根源、ボスに相当する奴が中に絶対いるはずよ」


 そんな二人の会話に、動かしていた手を止めるみやび。戦闘配備中だしビアガーデンだから、お勧めの立て看板は出ていない。だが亜空間倉庫の水槽は生きた魚介類が豊富で、みやびはヒラメとマアジにホタテをチョイスしていた。


「人工サタン、中心部分は残したいのよね」

「エデンを救出しても残すの? みや坊」

「出来ればそうしたいかな、ファニー」


 何でまたと、目を丸くするキッチンスタッフとカウンターの常連たち。

 理由を聞いてもいいかしらと尋ねながら、香澄がホタテ貝柱のバター醤油炒めを、麻子がホタテ貝ひもキムチ和えを、カウンターの面々に並べていった。ホタテのレシピはそれこそ色々あって、入荷すれば麻子も香澄もひゃっほうと腕を振るう。


「天の川銀河とアンドロメダ銀河の間にある暗黒空間、その中継地点として宇宙ステーションに転用したいの。そのためには……」


 みやびは開いたホタテから、黒いウロを取り除いた。リクエストが多い網焼きに回す分で、ボスに相当するこいつをやっつけなきゃと言いながら。 


 ホタテは殻を開くと、蝶つがい側に『ウロ』と呼ばれる黒い中腸線がある。ホタテには貝毒が発生する時期があるけれど、その毒素はウロに蓄積される特性を持つ。そのウロさえ取り除けば全て可食部位で、ホタテ特有の旨みを楽しめるお手軽な二枚貝と言えるだろう。


 希にウロの苦味を好んで食べる人もいるっちゃあいる。鮮魚として出回るのは検査に合格してるから大丈夫なんだけど、産地直送で仕入れる飲食店もあるんでござる。お店によっては処理しないまま提供する場合もあり、基本的には食べない部分と覚えておけばよろし。食べるなら自己責任で、ひとつよろしくって感じ。


 みやびのお祖母ちゃんは、豚肉はしっかり火を通せ、赤ちゃんに蜂蜜は厳禁、幼い子に梅干しの種や銀杏は食べさせるなと、口うるさく言ったものだ。

 現代では何がいけないのか、科学的にちゃんと証明されている。でも悲しいかな、経験則で代々語り継がれたお爺ちゃんお婆ちゃんの知恵が、現代人にはまるで伝わっていない。 


「ホムラのフライドチキン星と、ポリタニアのミックスナッツ星、そこに宇宙ステーションってことね、みやびさん」

「んふ、そういうこと。山の幸と海の幸が集まる宇宙のオアシスってね、妙子さん」


 フライドチキン星は地表が砂漠に覆われ、地下都市を形成している惑星だ。だが自炊によって生み出される魔力を用い、治水と灌漑で農産物は豊富。

 対してミックスナッツ星は数えるほどの島を除き、海に覆われた水の惑星。こちらも自炊による魔力で海流を操作し、海産物は潤沢にある星だ。

 この両惑星と宇宙ステーションを惑星間鉄道で繋ぎ、貨物列車を走らせれば新鮮食材が揃う。艦隊強化のため後手に回っていた宇宙ステーション構想が、一気に前進するわとみやびは瞳を輝かせた。


「そこにもみやび亭を開業するのか?」

「当然よソロモン王、はいホタテの網焼き、パワー能天使にも」


 今夜は魔王ではなく、天使と同伴のソロモン王。闇属性の奥義に、遮光壁があると教えてくれた天使さんだ。醤油をちょろっと垂らして焼き上げたホタテに、二人ともむふうと目を細め生ビールをくいっと。


 ホタテは鮮度が良いほど、網で焼いても貝殻は開かない。開かないからと焼きすぎれば固くなってしまい、せっかくの貝柱や貝ひもが台無しになってしまう。

 それでみやびは網焼きする時、あらかじめ身を殻から外しウロを取り、片側の殻に乗せて焼くわけだ。火の通り具合を見ながら身をひっくり返せる、割烹かわせみで教わった技法である。


「宇宙の意思が新たな次元に、三百六十六番目の宇宙を生み出した」

「この宇宙でも人手……精霊不足って大精霊たちが困ってるのに? ソロモン王」

「だから言ったであろう、みやび。宇宙の意思は人使いが……精霊使いが荒いと。私は新しい宇宙で生命と信仰を育む、試金石として派遣される事になるだろう」


 ブラック企業ねと麻子が、ワンマン社長ねと香澄が、顔を見合わせにへらと笑う。だがそれが良いのだと、ソロモン王はホタテの貝ひもを頬張った。火を通すとコリコリした食感で、噛めば噛むほど味が出るからたまらない。


「無駄に長く生きると、若者の成長に興味を持つようになる。そうは思わんかね? 妙子、チェシャ」

「にゃはは、自らの生涯で出来なかった事を若い生命に託したい。分かるような気がいたしますにゃ、ソロモン王」


 そうねと頷きながらチェシャの好物である、ヒラメのエンガワをことりと置く妙子さん。すかさずそれこっちにもと、ブラドとパラッツォが手を上げた。間もなく終了ですとアグネスが宣言し、常連たちがみんなオーダーしちゃう。


「細胞分裂には上限があるから、生きとし生けるものには必ず寿命があるわ。縁を結んだ若者が何を成し遂げるのか、それを見届けたいから長生きしたくなる。そうでしょ、ソロモン王」


 妙子さんからエンガワを受け取り、その通りとソロモン王は目を細めた。三悪道四悪趣を離れた魂は、自分が自分がではなく、自分とみんなが幸せに、そんな境涯に到達するからだと。


 達観ねとアルネが、私たちもそんな風に歳を重ねたいわねとカエラが、マアジの昆布締めを皿に盛る。そのまま刺身にしても美味しいのだが、昆布締めにしたお味はまた別格。濃い青の器に大葉を敷き、ピッカピカのマアジを乗せてみじん切りのネギをトッピング。おろしショウガの小山を脇に添えて、カウンターの面々にはいどうぞ。


「人工サタンをスライムの消化液で、全てを溶かすって訳にはいかなくなりますね、みやび」

「自分で攻略の難易度を上げちゃった、こんな私を阿呆だと思う? パワー能天使

「損得勘定を度外視して、義理と人情で動く任侠魂。私は阿呆ではなく、偉大な力だと思っています。あなたはソロモンの指輪を手に入れました、私と私の配下を自由に使役できるのですよ」


 お望みとあらば夜伽もと、マアジを頬張るパワー。いえそれは愛妻で間に合ってますと、はにゃんと笑う任侠大精霊さま。

 天使軍の序列に於いて、パワーは下位天使たちを指揮するひとり。あら残念とジョッキを口に運ぶその目は、意外と本気だったりして。

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