第700話 人工サタン戦(1)

 戦の準備が整い人工サタンに向け、移動を開始したみやびの連合艦隊。ところが広域宇宙レーダーの索敵圏内へ入るタイミングで、由々しき事態が発生していた。


 ――ここはアマテラス号の祭壇。


「ソナー衛星十七号機、信号が途絶えたわ! 豊っち」

「十九号機、二十三号機もだ! 彩花」

「秀一、レベルワンの発令を」

「分かってる美櫻。艦隊全艦に告ぐ、総員第一種戦闘配備レベルワン!」


 人工サタン周辺と中継用に配置したソナー衛星から、信号が途絶え始めたのは二分前のこと。当初は故障かとパネルを操作していた秀一チームだが、事ここに至っては敵襲以外に考えられない。


 祭壇という名のCIC戦闘指揮所詰めが決まっているメンバーを、瞬間転移で一気に集めた任侠大精霊さま。顔ぶれはファフニールとフレイアにアリス、麻子組と香澄組、アルネ組とカエラ組、そして岩井組に飯塚組とゲイワーズだ。


「あらやだん、せっかく錬成したソナー衛星が、どんどん壊されちゃってるわ」

「ゲイワーズ、包括的かつ妥当で誰もが納得する状況分析を」

「分かってるわよん、アリス。直前のデータを見るに人工サタンが、ふた回り小さくなっているわ。惑星の外殻を覆っていた蛇が、個別に動き出したってことね」


 広域宇宙レーダーに映り始めた敵を確認し、各艦隊に戦闘陣形を取るよう通達したみやび。虚空にスクリーンが四枚開き、それぞれの司令官が緊張した面持ちで了解と応じた。それはアメロン艦隊のマクシミリア、ルベンス艦隊のアルマ、ガリアン艦隊のジャレル。そして錬成協力により戦艦と空母が配備された、ラカン艦隊のユンカースである。


 なお各艦隊の戦艦と空母は、近代化改修と黄金コーティングが施され、全て連結状態にある。錬成マスターのカルディナとマクシミリアにゲイワーズが、艦艇の横連結を可能とした結果である。つまり今の黄金船は大型艦をセンターに配置し、中小型艦が横に連結された超級戦艦と化しているわけだ。


 話を戻しここで言う陣形とは、みやびが展開する黄金魔法盾の、後ろにすっぽり入る隊列を指す。数が多い巡洋艦と駆逐艦にまでは、さすがに黄金コーティンの手が回らなかったのだ。合同演習を何度も繰り返したので、各艦はグループ毎に分かれスムーズに移動を始めた。


「敵さんもすごい数ね、麻子」

「惑星を覆ってた位だもの、蛇の大群よ香澄。サイズは分かる? ゲイワーズ」

「それが変なのよ、麻子。宇宙クジラを捕獲するのに、地表から衛星軌道まで伸びたのよね? みやび」

「そうよ、少なくとも二百キロメートルはあるはず」

「計測通りなら一番大きいやつでも三百メートルだわ、分裂したのかしらん」


 あんまり嬉しくない情報だが、多分ゲイワーズの言う通りなんだろう。識別信号のない点々が、レーダーをどんどん埋め尽くしていく。いったい何匹いるんだろうと、メンバー達が思わず武者震い。それは各艦隊の司令官も同じで、スクリーンに映る顔はみな強張っていた。


「スライムちゃんと治療薬が揃うまで、私たちはただ待っていたわけじゃないわ」


 そうでしょと、みやびがにっこり微笑む。

 大親分の発するこの一言が、艦隊の乗組員を勇気づけ鼓舞するのだ。そうですねと秀一が全砲門を開き、豊が宇宙魚雷の発射口を解放、彩花と美櫻は対艦ミサイルの準備に入る。スクリーンの司令官たちも肝が据わったようで、それぞれの配下に指示を出し始めた。


 スオンがどんどん誕生し、各艦隊の乗組員はほとんどが魔力持ち。粒子砲とスペクトラ砲をどんなに撃っても、祭壇要員が交代すれば自然回復が勝り魔力切れはまずない。乗員たちによる日々の祈りで、宝石への魔力ストックも充分にあるのだ。


 祭壇に手を添えたアリスが、接敵まであと二十三分ですと告げる。みやびは分かったわと頷き、グループ毎の艦隊に黄金魔法盾を展開した。


「全ての宇宙戦闘機、発艦せよ。土偶ちゃんには各自、レールガンの弾丸を物理無効で指示。被弾した艦は即座に離脱し、ゲートでガリアン星の衛星軌道に待避よ!」


 事前に打ち合わせていた事だが、艦の虹色コーティングも武器弾薬も、全て物理無効にしている連合艦隊。物理反射の対策であり、その辺は抜かりない。


「反重力ドライブを埋め込んだ生命体、その認識でよろしいのですよね、海将補みやび殿」

「そうよ岩井さん。三悪道四悪趣から抜けられず、エデンに制御を奪われ本星から逃げ出したって所かしら」

「ならば反重力ドライブが弱点でしょうね、頭か胴体か尻尾か」

「それを宇宙戦闘機と土偶ちゃんで、見つけて欲しいのよ」


 みやびなら敵をぽいぽい、ブラックホールに放り込むだろう。だが蝗害こうがいに等しい状況では、的を絞れないのが実情。

 蝗害とはバッタの大群が押し寄せ空を埋め尽くし、日中でも暗くなるほどの天災を意味する。日本ではあまり知られていないが、アフリカや中東に南アジアでは農作物の被害が深刻で、世界規模の食糧危機を引き起こすほどだ。


「バッタの群れが蛇に変わったようなものね、麻子」

「そうそう、だから宇宙戦闘機と土偶ちゃんが頼りになるのよ、香澄」


 祭壇の窓から、発艦して隊列を組む宇宙戦闘機が見える。小回りが利くコスモ・ドラゴンと、重装備のコスモ・ドラゴンMkⅡマークツーだ。竜騎士団のメンバーも戦闘機パイロットとして参戦しており、その眺めは壮観である。他の艦隊からも戦闘機が次々と発艦し、黄金船を守るように布陣を始めた。


『こちらは亜空間倉庫、みやびさん聞こえるかしら』

「感度良好よ、妙子さん」 

『メイドを含む非戦闘員は、こちらへの移動が完了したわ。ただ正三さまによれば、陽美湖さまとミーアさまの姿が見えないらしいの。みやびさん何か聞いてるかしら』

「……はい?」


 アルネとカエラがまさかと祭壇のパネルから、出撃した戦闘機パイロットの一覧を開いた。なんと重装備であるコスモ・ドラゴン|MkⅡの、陽美湖が二十七号機、ミーアが二十八号機に乗り込み、発艦しているもよう。


「あの、陽美湖、ミーア、聞こえてる?」

『聞こえておるぞよ、みやび』

『機体は絶好調よ、みやび』

「いやそうじゃなくて」

『コントローラーにある武器のボタンをな、ミーア』

『そうそう、押してみたかったのよね、陽美湖』


 るんるん気分の声にこの二人はと、顔に手を当てる任侠大精霊さま。暇さえあれば飛び回ってたもんねと、顔を見合わせへにゃりと笑う秀一チーム。

 リッタースオンとなり宝石による魔力タンクが不要となった今、思いきりひゃっほう……もとい撃ちまくりたいらしい。もはや何も言うまいと、ブラドにパラッツォ、ヨハン組とカイル組に、気にかけてあげてとお願いするみやびであった。


「敵との距離、間もなく五十宇宙海里。粒子砲の射程に入ります、みやびさん」

「オッケー、秀一さん。接近戦となる前に、撃って撃って撃ちまくるわよ。全艦に次ぐ、主砲発射用意!」


 相手はバッタの群れ、いちいち照準を定める必要は無い。群れに穴を開けて行くだけよと、みやびが口角を上げる。スクリーンの司令官たちも頷き、全ての艦が主砲をランダムに前方へ向けた。秀一が射程までのカウントダウンを始め、開戦の火蓋がいま切って落とされようとしている。


「五、四、三、二、一」

「てえっ!!」


 みやびの号令と共に、全艦が放った幾筋もの光弾が蛇の群れに突き刺さった! それはまるで宇宙の花火。空間を埋め尽くす蛇、それを破壊していく光彩が、打ち上げ花火を連発したように花開く。


「間もなく四十宇宙海里。副砲と宇宙魚雷に対艦ミサイル、射程内に入ります、みやびさん」

「各艦に告ぐ、密集している敵を狙い主砲副砲を斉射、遠慮は要らない破壊せよ。宇宙魚雷と対艦ミサイルも、各自の判断で撃ってよし!」


 射出口から宇宙魚雷が、甲板のVLS垂直発射装置ハッチが開き対艦ミサイルが、敵にめがけて飛んでいく。その光景はまるで、弓隊が一斉に矢を放つが如し。

 もちろん敵さんも黙っちゃいない、粒子砲に相当する万能魔力弾が、横殴りの雨みたいに艦隊へ襲いかかる。

 黄金船はへっちゃらだが、黄金魔法盾のカバーからちょびっと外れちゃった駆逐艦を光弾がかすめ被弾。艦橋から煙を噴き上げ、船体が傾き始めた。


「ガリアン艦隊の駆逐艦、ベヘナ応答せよ!」

「レーダーと居住区が破損しました、みやびさま。しかし武器系統は生きており、まだ戦えます」

「こーのスカポンタンのスットコドッコイ! レーダーが壊れたらどうやって敵に照準を合わせるのよ。さっさと離脱して艦を修復しなさい、仕事はこれから山ほどあるのよ」

「は……はい」


 ゲートが開き、駆逐艦ベヘナは戦線を離脱していった。やっぱりみやびだなと、祭壇のメンバーもスクリーンの司令官たちも、目を細め采配を振るい続ける。

 蛇の大群はレールガンの射程にも入り、いよいよ接近戦だ。ここからは宇宙戦闘機と、土偶ちゃんの出番である。


 その頃ここは、アマテラス号のレールガン区画。


「さすがオレイカルコス製の砲身だな、高田」

「いくら撃っても砲身が焼けない、うちらのアドバンテージですよね、石黒さん」

「それにしても、本当に真っ黒な蛇だな」

「弱点の反重力ドライブはどこでしょう」

「取りあえず撃ちまくろうや、そのうち答えは出るだろうさ」


 物理無効の弾丸をどんどん供給する高田と、狙いを定め引き金を引く石黒。口を大きく開け迫る蛇どもに、レールガンの弾丸が突き刺さって行く。

 外殻は金属だがその下は血肉、宇宙空間に有機物を撒き散らし、蛇どもが悶え苦しみながら沈黙していく。 


『巫女ちゃん、敵の反重力ドライブは頭にあるね』


 みやびの土偶ちゃんスーパーから一報が入り、待ってましたでかしたと沸き立つ祭壇の面々。それは全艦放送で、石黒と高田の耳にも入った。


「頭ね、なら狙いやすい」

「石黒さん、そろそろ交代して下さいよ」

「あと百発撃ったらな、高田」


 それでも眼前には、バッタの大群が如き蛇の群れ。取り囲まれ黄金魔法盾に隠れていた、巡洋艦と駆逐艦から被弾する艦が出始めた。

 取り付いている蛇をブラックホールへ放り込むみやびと、全砲門で応戦する連合艦隊。その死闘はきっと、アンドロメダ銀河の歴史に残るであろう。


『宇宙空間で撃墜という表現は正しいのじゃろうか、ミーアよ』

『重力がありませんからね、陽美湖。普通に撃破でよろしいのでは』

『ふむふむ、撃墜王ではなく撃破王になるのかや? ところであそこにでかい奴がおる、ぶっ叩きに行こうではないか』

『賛成ですわ陽美湖、兵装のボタンを全部押せるなんて、ワクワクしちゃいます』


 この二人なんとかしてと、思ったのは祭壇メンバーだけじゃない。お守り役を仰せつかったブラドとパラッツォ、ヨハン君とレベッカ、カイル君とフランツィスカが、敵の万能魔力弾を掻い潜りつつ、やれやれという顔をしていた。

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